・・・・・・あわぞうの覗き穴・・・・・・

気が向いたときに、覗いてご覧ください。
何が見えるかは、覗く方々のお眼め次第です。

でんぐりがえし裏返し:13 お行儀の取り決め

2018年06月30日 | つぶやきの壺焼

前半が0-0で終わったところで、翌日の体調と興味の濃さを比べて、すぐ寝るほうを選んだ結果は0-1で負け。
引き分け以上ならば決勝戦に出られると聞いていたので、やはりだめかと思ったら、出場が決まったとの報。
反則の数が少なかったご褒美と知って、小学生低学年の頃のことを思い出しました。

やんちゃいたずらなしだったら連れて行ってやると言われ、叔父についていった先が、どこであったか、何があったか、肝心なことはまったく覚えていません。
行けることになった嬉しさ、そのことだけが、なぜか頭に残っていたのです。

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でんぐりがえし裏返し:12 裏炙りの報らせ方

2018年06月29日 | つぶやきの壺焼

切り取り方によって、いろいろな話を生み出せる、一枚の絵があります。
この絵から、描いた画家がまったく意図してなかった話を作ることもできます。

絵ではなく、人の話も、切り取り見出し付けという巧妙な技法で、変造プロの手にかかれば、どんな筋書きにも変わってしまいます。

たとえ話も、元の話の主の思いとは違ったものにすり替えられ、全く逆の方向に話の流れを変えることもできます。
こんな裏炙り製紙法が、近頃目立つようになりました。
先行きのあやしくなった旧弊情報会社で、これまた先行きのあやしくなった旧老編集人の号令によって、いずれ屑にされる何百万枚もの紙に印刷され、作り話が表づらの顔をして一面に載ります。
それがご趣味半分なのか、苦し紛れなのかはわかりません。

新聞と名のつくものを、読んでも読まなくても、毎日受け取ることが一日百円程度の楽しみという人もいるでしょう。
それが亡国売国の手助けになっているとしても、あなたはまだそのお楽しみを続けるでしょうか。

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でんぐりがえし裏返し:11 川の流れ

2018年06月28日 | つぶやきの壺焼

川での逆流と言えば、通常考えられるのは、その川が注ぎ込んでいる海の満潮のとき、水の流れが逆になることを想像します。
その場合、水の流れが変わっても、川筋が変わることはありません。
日本では、川は山から海に向かって流れるものと、だれもが思っています。

広大な大陸では、川が海に向かわずに、はるかかなたの山に向かうこともあります。
水は低いほうに向かって流れるのを、自然の流れで変えることはできませんから、向かう方向に山があっても、そちらが低ければ山に向かって流れます。

山に行きついて流れを阻まれたところからは、さらに低いほうを求めて川の向きを変えなければなりません。
その先にまた山があれば、南から北に向かって流れていた川が、北から南に向かって流れるようになることもあります。

実際にそうなった黄河の話を交えて、中国の歴史をごくわかりやすく説いた講座を見つけました。

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でんぐりがえし裏返し:10 標準製法

2018年06月27日 | つぶやきの壺焼

雨が弱まるまでと、街道で見つけてやれやれと飛び込んだラーメン店、同じ名前の店で美味かった何年か前を思い出しながら"注文の品のお揃い"を待ちました。

出てきたのが、上がりまでには30秒手前のようなゴワツキ麺、なぜこういうものができるのでしょうか。
チェーン店のラーメンが適当に不味いわけは、たぶんマニュアルクッキングがそうさせるのでしょう。
気温、湿度などにもお構いなしに均一なら、口当たりや味のほうが、毎日変わってしまいます。

仕事の良し悪しは、標準製法への合否だけというバイト気分のコックさんでは、どんぶりの底のほうを向いている麺の裏側までには気が回らないのでしょう。

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でんぐりがえし裏返し:9 無看板の入口

2018年06月26日 | つぶやきの壺焼

考え落ちという落語の形があります。

その逆を考えたのが下の地図です。

この地図がどういうものか、地域の色合いから、いろいろ想像ができそうです。
話の終わりに考えるのでなく、はじめにこれは何かと考えていただこうというものですから、いきなりジャンプに行かないほうがおもしろいと思います。

色の濃い県の議員さんには、とくに何か考えて手を打ってくださるよう願いたい地図です。

(注)もし、ジャンプが成功しなかったら、「政府広報オンライン」の検索窓で「全国に約66万区域」と入れてみてください。

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でんぐりがえし裏返し:8 自分の背中

2018年06月25日 | つぶやきの壺焼

自分の身の回りを少し広げて眺めると、これまで気づかなかったことが見えてきます。

興味のない話に、少しだけ注意を傾けて聞いてみると、また何かが見えてくることがあります。

そこで見えてくるのは、話の裏側ではなく、これまで意識にのぼっていなかった自分の裏側だったということもあります。
自分の背中は、大型の合わせ鏡でなければよく見えません。

N町のあの場所にも、大きな合わせ鏡を置くとよさそうです。

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でんぐりがえし裏返し:7 公共放送

2018年06月24日 | つぶやきの壺焼

家人からTVの調子がおかしいと声がかかり、行ってみると、リモコンボタンの押し違いだったようで、[地上][1]を押せばNHK総合チャンネルに切り替わることが確かめられました。

ところが、これまで見たこともなかった(朝イチ)の赤丸マーク、時刻、天気予報が画面左上の目立つところに居座り、右端にはCMまがいの帯がべったり貼り付いて、あちこち目ざわりな部品だらけになっています。

取説には消し方が書いてないので回線供給会社のサポートに電話でたずねました。

回答は「その表示はこちらで追加したものではないので消すことはできません」
その番組の名前など見続けなくてもよい、時計や天気予報は見たいときだけ見ればよいではないか、NHKの放送に擬似CMを入れてよいのか、と立て続けに疑問噴出、こんなことに年間何万円もの料金支払いを強制されていたのかと、疑問の皮が厚くなりました。

公共放送というのは、いったいどういう放送につけられる名前なのでしょうか。

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でんぐりがえし裏返し:6 チェックリスト

2018年06月23日 | つぶやきの壺焼

安心のできない安全点検があります。
安全証明のための安全点検がそれです。

おまかせで作らせてしまったものが、安全ではなさそうと言われたとき、出来上がったものが安全であるという証明がほしくなります。
安全を証明するには安全点検が必要になりますが、いちばんの危険が、安全点検の方法に潜んでいます。
安全点検にはチェックリストが用いられますが、困ったことにこのチェックリストに頼ることがいちばん危険なのです。

チェックリストには、通常これを見ておけば安全であるという項目が羅列されます。
目で見てわからない危険は、チェックリストには載りません。

チェックリストの効用は、それを残しておけば、これだけ手を尽くしたという証明ができるということです。
危険のないことを、よく確かめたかどうかとは、あまりかかわりのないものです。

チェックリストは、もちろん危険物ではありません。
点検対象の実際の状況に、危険が潜んでいないかどうかを考えることもなく、項目との照合だけで終わってしまっても、点検を実施した当事者以外にはわからない、それがいちばん危ないということなのです。

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でんぐりがえし裏返し:5 善悪交錯

2018年06月22日 | つぶやきの壺焼

善人が善行のつもりでやたらに動き回り、悪人が善行を装って悪事を働くと、他人にも社会にも迷惑千万なことになります。
している当人は、そのときは自分のことしか考えずにいますから、人の迷惑を問題にしていません。

N町でしばしば行われる大会議にも、近頃これが目立つようになりました。
あそこに集まる方々のなかには、大きな勘違いに気づいていない人が、相当数おられるようです。

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でんぐりがえし裏返し:4 有言無行

2018年06月21日 | つぶやきの壺焼

道徳という言葉は、アラビア語、ヘブライ語、ペルシャ語には見つかりません。
言葉がないのは、生活にそういう概念が要らないということでしょう。

逆に、言葉はあっても、人びとの行動の多くが道徳とは無縁な国もあります。
その国では、生活習慣にも教育にも道徳に沿ったことがらがなく、文字と声にだけは存在するという、不思議な状態になっています。

言葉と行動とは、両方揃って当たり前のことであるのに、行動がまったく見られない理由には、その行動をされることが不都合な権力者がいて、それを禁じてしまっているということが考えられます。
人間として普通の行いを、しばりによって禁じられるという無法な状態が続けば、普通でないことどもが生活習慣として根づいてしまいます。

道徳が命令の体系ではなく禁止の体系であるという説もあるようですが、生活習慣は繰り返し教え込まれて身についていくもので、二つの体系のどちらか一方に属するようなことではありません。

道徳を縛り方に見立てた是非論争は、あって当たり前の普通のことを、暫定的に禁じてしまった法律を、裏をかいくぐりながら何十年もの間持ち続けてきている"あのこと"と、一本のつながった縄か、あるいは目には見えないエアロープによる自縄自縛なのだと言えないでしょうか。

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でんぐりがえし裏返し:3 古寺受難

2018年06月20日 | つぶやきの壺焼

ニュースの画像をそのままお借りしています。

地震で大きな被害を受けられた方に、お悔やみお見舞いを申し上げます。

ここであれこれ書くことはできませんが、むかし、家族の留守中、数日間お世話になったおばあさんの口癖を思い出します。

古いもの 弱い年 いそがしいそがし

建物も思想も、あまりに古いものは、やがてひっくり返ります。

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でんぐりがえし裏返し:2 ムラの珍重さ

2018年06月19日 | つぶやきの壺焼

麦茶は、煎りムラで味に深みが出るからと、わざわざムラのある煎り方で作っている粉屋さんがあります。
均等が、どんなことにもどんな場合にも"よいこと"とは限らない実例です。

違っていて当たり前のことにも格差カクサと大騒ぎ、数字ならしに夢中になると、ことの本質が忘れ去られます。
選挙区の切り貼り操作も、数字ならしです。
一票の格差是正というお題目を掲げて、選挙区を千切って別のところに貼り付けてみても、グラフの見栄えがよくなるだけということもあります。

改革を進めているように見せながら、N町で、まじめぶった風態で見当違いのことが行われてはいないでしょうか。

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でんぐりがえし裏返し:1 外憂内患

2018年06月18日 | つぶやきの壺焼

内憂外患という言葉があります。

国内の心配ごとと外国との間のわずらわしいことと読めますが、この文字の組み合わせは、私たちの住んでいる日本の、いまの実情と逆ではないかという気がします。

心配ごとは外国との間のことに多く、国内にはわずらわしいことが盛りだくさんにあって、むしろ外憂内患でしょう。

外憂は相手があってのことですから、望みどおりにかき消すことはできません。
しかし、自分のことである内患が、ずるずるつきまとうのを、うち祓おうとしないのはなぜでしょう。

自分の居場所が日本の国であるということを、すっかり忘れてしまって、国が邪魔もの、国が仇のように思い込まされている人が多すぎるのではないかと思います。
そんな人の集まりができやすい場所がN町にあります。
国が敵であると叫びながら、国から生活費以上のカネや権利をもらい、あろうことかそれが天職であるかのように、自分をだましながら生きている人たちが集まっています。
情けないことに、この「患」をはやしたてる人もいて、それが社是であるかのように振舞っている会社さえあります。

内患はせめて内憂ぐらいに、わざわざ裏返さずに普通の言葉が使えるようにしたいものです。
どうすればよいかって、「患」をぶら下げたままの人は会場に入れないよう、まずN町大会堂の入堂検疫の方法から考えてください。

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古歌顧裏:31 ブルガリア民謡

2018年06月17日 | つぶやきの壺焼

歌というより、響となって聞こえてきます。

ブルガリア民謡とはそういう音で成り立っているのか、あるいはそう歌わせているのか、いや、そんな追究よりも、まずしずかに聞いてみましょう。

ブルガリア コスミック・ヴォイセズ合唱団

このシリーズもしずかに幕をおろします。
 

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古歌顧裏:30 ルーマニア民謡

2018年06月16日 | つぶやきの壺焼

東の隣国モルドバとの国境全体が一本の川というルーマニア、そこの民謡と呼ばれる歌は、川の向こうの歌とはまったく違って聞こえます。

はるだよ、ふえふけ

民謡というより、これは聖歌のようです。

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