話したことが後にたびたび引用されると、その内容が誤っていても、事実であるかのような錯覚を多くの人に与える。
それが利用されたり悪用されたりするときには、XX談話という名前まで付く。
名前が付けられ使われた結果が、多数の人に迷惑を及ぼしたり、外交上不利な条件になったりすれば、最初の発言者は、通常の神経の持ち主であれば、おそらく罪の重さにさいなまれるであろう。
気付かぬはずのない発言の過ちの取り消しを阻むものは、発言時の立場を考えた沽券か、取り消しへの反応を恐れる意気地の無さか、あるいはすでに判断力を失った生理的障害だろう。
発言者本人が悩んでいるとすれば、その悩みの解消に、近親、周辺にある人が誘導する努力を惜しんでいることになる。
事なかれのつもりが事を大きくしているのだ。
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