儀式は見ていて面白いものではない。
昨日はこう書いたが、面白くなければ、だいじな式典でもいい加減にやっておけばよいということではない。
テープカットで結び目のついたリボンとハサミのやり場に困っても、そこでは悠然としていなければいけない。
かりにも臨席された賓客に失礼な態度をとってはならない。
しかし、不幸にもしつけの悪い育ち方をした人は、無礼千万な所業に及ぶこともある。
議会開設120年記念式典で、両陛下を起立してお待ちになっていた秋篠宮ご夫妻に、M党の衆院予算委員長の役にあったN代議士が、「早く座れよ。こっちも座れないじゃないか」と非礼な発言をしたという。
K首相は、そのことに何も関心も示さなかったそうである。
もうひとつの欠礼例、天皇陛下御在位20年記念式典の最中に、当時、副総理兼財務相だったKは、何度もこっくりこっくりを繰り返し、居眠りをしていたこともあるという。
儀式と議会の区別がつかなければ、議会の中で行われる儀式の部分での態度と、儀式でない部分の言動との区別がつけられない。
こういうことには、幼少の時分からのしつけが現れる。
学校での式典の際、教員が生徒に見せる態度は、卒業の何十年後かに品格となって現れる。
気ままな教育は、けじめのつかない人間を作り上げてしまうのである。
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多湖 輝 | |
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