バネの風

千葉県野田市の「学習教室BANETバネ」の授業内容や、川上犬、ギャラリー輝の事、おもしろい日常を綴ります。

二つ目の扉を開ける

2017-03-26 15:57:56 | ライフスタイル
 汚れさんの聖地、換気扇の開かずの扉を開け奥に足を踏み入れ(実際は手だけど),格闘し,ある程度制覇できたと豪語する。この勢いのまま、わたしはもう一つの開かずの扉に手をかけた。

 それは、床下。

 シロアリ検査っていうのは何かと怪しいという情報ばかりが先行し、実のところ一度も受けていなかった。
 築20年の我が家。
 いろいろネットで調べると,新築5年目に点検受けて,予防手当して、その後5年ごとに検査、予防していくのが普通(真偽はわからないが)だとのこと。
 うーん。まずい。もう20年経つのに,何もしていない。

 まずいと思い始めると,全ての現象がシロアリ被害に結びついてしまう。最近床鳴るんだよねとか、庭の木枯れたんだよねとか、引き戸に少し隙間できたんだよね、など。
 とりあえずキッチンの床下収納庫から床下覗く。目に見える範囲にアリの被害は見当たらない。さりとて這いつくばって床下に潜り込むほどの気概はない。どうしたもんかと懐中電灯で見える範囲を照らし凝視すると、なにやら下地の立ち上がり部分に砂の盛り上がりに見える箇所がいくつかある。
 蟻塚?!

 すぐに無料点検業者に連絡する。今は点検が混み合っているとかで、点検予約取れたのは2週間先。

 この2週間は長い。ただじっと待つ間にシロアリが活発に動き出し,柱に入り込み……と床下世界の映像がどんどん頭に流し込まれてくる。
 待ってらんない。
 被害にはできるだけ早く対応したい。こうしているうちにもアリ共が柱を食べているかもしれない。もし何も被害がないというのなら(そうあってほしいんだけど)、そういう安心情報を一刻も早く得たい。
 というわけで別の業者探すと2日後に来てくれることになった。

 業者到着を今や遅しと玄関先で待ち受けると、車から降りてきた職人さんは
「こちら、前にも来たことありますか?」
「いいえ、始めてお願いしましたよ」
 デジャビュなんじゃね? それとも元バネ生か? 体験授業来たとか,検定だけ受けに来たとか? そう言われて職人さんの顔をのぞき込むと,どこかで見たことある様な気がしてきた。

 早速点検開始。
 
 医者に検査結果聞くときに、なんでもないんでしょって安易な気持ちで医者の前に座ったときに限って、「実は……」と後頭部打ちのめされるような話をされるのだから、こういう時は最悪の事態まで想定しておいた方がいいのですよ。
 その最悪事態を事前にネットで調べ,そのための対応策を吟味し、万が一の場合の必要額を算段し、調べるほどに費用の許容高がどんどん頭の中で上昇し……。
 でも,希望的観測によると何もないって可能性がなきにしもあらず。

 医者は検査結果を「うーん」としかめっ面で眺めた上でもったいぶったように「何もないですよ。全く健康です」ということが多い。何もないなら何もないで、診察室の扉開けて入った瞬間に,検査結果の紙ヒラヒラさせて「だいじょうぶだよー」とか明るく言ってくれればいいのに、といつも思う。
 この職人さんは違う。心配度200%くらいのわたしの気持ちにより添ったのか,床下から這い上がる前に大きな声で伝えてきた。

「奥さーん、シロアリ大丈夫ですよー。被害ありませんよ」

 これが人の気だと思う。

 今回は見積もりまで。
 職人さんが「この家の図面ありますか?」って聞いてきた。
 久しぶりに家関係の書類引っ張り出すと、設計士さんと打ち合わせするために方眼紙に書き込んだ,手書きのイラストチックな図案がたくさん出てきた。
 犬が自由に走れる土間作りたい。玄関いらない。庭のどこからでも土間を使って自由に家に入れるようにしたいって言ったら、「そんな家は寒くてだめだ」と設計士さんに却下されたっけ。こんな家にしたいと線を引いた後がたくさん出てきた。

 家、大事にしよう。

職人さんとハイタッチ

2017-03-25 18:21:49 | ライフスタイル
チアフル鳥取チームが筑波での練習会宿舎として、うちにやって来た。
 ひと呼んでこれぞ、「チアフル野田合宿」

 二階に下宿人いた時代のベッドがあるから寝泊まりはなんとかなる。
 でもって、各ベッドサイドにスマホ充電用のコンセントあった方がいいよねって、コンセント確認するためにゴミ箱とその後ろのタンスをどかしてみると。

 焦げてる!!

 これだったんだ!

 いつもチャーが二階でパソコンカチャカチャやっていると、なんか変な臭いがしていた。どんな臭いかというと、強いているなら「さきイカ臭」。いつでもするわけじゃない。すごく臭う日もあれば、まったく臭わない日もある。臭う日の相関関係は足下のヒーターのような気がする。ヒーター付けると臭う。でもヒーターから臭うわけではない。
 鼻クンクンさせて臭いの元を探ると、ゴミ箱の辺りが怪しい。しかし中確認してもそれらしき物はない。
 なんなんだろ、これ、ってずーっと思ってきた。

 それがこれだったんだ!

 危なく発火するところだった。

 ヒーター付けると臭いって、本来コンセント確認すべきだよね。
 でもどうしたわけか全くそういう発想にならず、別のところから偶然発見に至るんだから。

 すぐに電気屋さん呼んでコンセント直してもらい事なきを得た。

「他にどこか調子悪いところありますか?」
 せっかく電気屋さんに来てもらったんだから、この際だから昨年あたりから点灯しなくなったキッチン換気扇ライトについて相談すると、

 換気扇電気パネルを外し確認。原因発見できず更にその先のパネル外し懐中電灯で照らした。
 おじさんが外したそこは開けてはいけない扉だった。だってこれまで一度も外したことも,もちろん洗ったこともない,うちの汚れの最深部なんだから。

 相当の汚れのはずなのに、そんな汚れに言及することなく,電気屋さんは
「あー、ソケットだ」
 ソケットが原因だとのこと。
「ソケットがだめなんだよ。大変だな。どうするかな。」
 独り言なのか、こちらへの説明なのかソケットを繰り返すから、
「ソケットですか……」と応答しながら即座にスマホで「ソケット」を調べる。
ソケットってここの部分か。

 電気屋さんが「大変だ」と言った時点で「新しいのか買うからいいです」って引き下がったのに、電気屋さんは引き下がらない。
「うーん、うーん」と言いながら,ここで終わりにしたくないらしい。
「ブレーカーどこ?」
電気屋さんはブレーカーを何の躊躇なくバチッとあげたから、パソコン,Wi-Fiともに電源落ちた。確かバネにつながるWi-Fiって、一旦電源落ちると正しい順でつなげるの面倒なんだよね。つなげる手順があったんだよね……とつらつら考えていると、
「奥さん、これ洗っといて」と最後に外したパネルをシンクに入れた。

 このまま新品にしちゃえ!と思わせる要因の一つが、この汚れさんの聖地である換気扇パネル。それが今や目の前に、今すぐ洗うべし!と横たわっている。

 おじさんがソケットを直している間に洗うっていうこと!
 もう汚いとか,気持ち悪いというそんな弱気はどこかに吹っ飛び、とにかくすぐ洗うべし!という使命感で洗面所にダーッと走った。
 通販で購入した最強洗剤原液を取り出し、惜しげもなくバシャバシャ掛けた。表面の油がドロリとは流れた。しかしこれを全て流したら今度は配水管に問題出そうだ。まずは油を紙で拭き取ることにした。拭き取り、薬をかける。また拭き取り、かける、を繰り返す。

「たいへんだなー」
 ブレーカーを上げたり,下げたりしながらソケット調整している電気屋さんが人ごとのように言う。そうか、確かに人ごとだ。
 ふと時間が気になった。
 コンセント直すだけで来た職人さんが、一緒になって換気扇掃除つきあっているわけだから。
「このあと行くところあるから,あんまり時間ないんだよね」

 やっぱり。
「もういいです。別にここの電気点かなくても他で代用できるから、もういいです」
って譲歩するのに、職人さんってすごいね。「うーん」って言いながら何か方法はないかとあの手この手をやるんだから。

 そして、ソケットは直った。
 電気屋さんは自分の仕事は完了したとばかりに余裕ある口調で、「だいぶきれいになったね」とシンクで掃除中のパネルを見ながら言うが、まだ80%だ。

「あれ、これどうやって組み立てたっけ?」
 え?まじ?洗う手のスピードは落とさないまま,換気扇を組み立てるおじさんのつぶやきを拾い、おじさんが付け戻すネジで迷っている手に、「最後に外したのはこっちです」と手がふさがっているから顎で正しい方のネジを指す。
「うーん、どうやって戻すんだ。パズルだな」
 外した部品を元に戻すのに迷っているらしい。やっぱり、ここで買い換えに切り替えるべきか?

 おじさんはネガティブ発言つぶやき派とみた。
 結局は何度か部品をあてがって、最後今洗っているパネルを戻して終了と言うところまで来たらしい。そんなこんなで時間切れとなったおじさんの焦りが見えてきたので、
「あとはいいです,自分でやりますから」
と言うと、
「そう? じゃそのパネルはこの隙間に斜めに刺して最後このネジでここを留めればいいから」
とパズルを解いたおじさんが,完成までの解き方を教えてくれた。

どうする,自分。残りの20%を完成させ自分でパズルを解くか。それとも……。

「もうこのままでいいので,パネル付けちゃって下さい」

「だよね」とほほえむおじさん。

 おじさんとわたし。
 得も言われぬ達成感。
 
 今日から久しぶりにコンロの手元ライトが付く。



鳥の楽園

2017-01-17 12:50:20 | ライフスタイル
バンいなくなってから庭ほとんど行かない。
行かないだけでなく、見ることもない。

久しぶりに障子開け庭確認すると、なにやら穴を掘った後がある。
近所の野良猫かな?

その先は、モグラがトンネル移動した跡がある。



以前庭にモグラがころんと落ちていたことがあった。
寸胴体型で黄色い手をちょこんと胸の前に揃えて、仰向けになって死んでいた。
バンがやったんだな。
バンはモグラの穴掘りが好きだった。穴をフガフガいいながら掘り続けめでたく獲物ゲット!でも死んじゃったら興味なくなって、庭に放置ってことだね。
そんな話をバネで子ども達にすると、
「モグラ見たい!」と庭に飛び出し、バンに吠えられ、「おっかねー」って教室に舞い戻っていたね。

おい、もぐら。
今は楽園でしょう。

先日、教室の入り口に立っていると、セキレイが舞い降りてきて目の前をツンツン歩いて行った。こうして人が立っている前を警戒もせず、庭に落ちているものをチョンチョンついばみながら、バン小屋の前を通り過ぎ遠路の先までツンツン進んで、いつもバンが穴掘りに興じていた花壇でなにやらついばんでいる。
思わず「バン!」と二回声かけると、
なんとセキレイは振り向き、ツツーッとこちらに向かってきた。まるで、庭にいる私を発見して「ワーイ」って駆け寄ってきた時のバンみたいに。
セキレイの動きには意志と感情があった、ように感じる。
手が届くほど近くまでツッツーと駆け寄って来たけど、目の前まで来るとふと我に返ったように全身に「ヤベッ!」感をみなぎらせ、チッチと高い声を上げて教室の屋根を飛び越えて行ってしまった。

だから庭にピーナツをまいておきますよ。

うちの年賀状

2017-01-12 14:05:55 | ライフスタイル
ブログ書くことから遠ざかっていた。
これを書こうと頭に描くものの、いつもちょっと淋しいエンディングになりそうだから、書こうかな、やっぱり今日はやめておこう。こんなことを繰り返していた。

何か書こうとすると、どうしても話はバンにいってしまう。
口を開くとバンの話になってしまい、子ども達には「また、バンー!?」と言われたけど、最近はバンはねって話し始めても皆スルーするようになってきたから、淋しいエンディングにならないように気をつけ今日はバンネタで『バネの風』復活です。

年賀状どうするか。
娘が1歳の時にその成長を鉛筆デッサンで書き留め年賀状にした。これが我が家のデッサン年賀状のスタートだった。
これは自分で言うのもなんだけど、皆さんに好評で、年賀状楽しみにしてますと声をかけられることたびたび。ではしばらく続けようと、娘が鉛筆持って字を書くようになった、三輪車乗れるようになった、小学校に入学したなど、成長の節目を絵で切り取ってきた。

子どもが小さい頃はいい。
娘が小学高学年になる頃には「恥ずかしいからやめてくれ」とか「バンの絵にしてくれ」などとささやかな抵抗にあうようになった。
そりゃそうだよね。その気持ち分かる、分かる。自分だってもしこんな風に父親にやられ、見ず知らずの人に「あー、あの年賀状の子ですか?」なんて言われたら、自分が子どもの頃だったらそれはとっても嫌だ。

そんな本人の抵抗を交わしながら、娘が成人を迎える年までは続けようと決め、成人式の絵でめでたく終了!と思っていたものの、「ここでやめてはだめだろう」とか、いっそのこと孫が生まれるまで描いて、その後は孫の絵にしたら? などいろいろなご意見いただき、ずるずると大学生時代を描き続けた。
そして娘が社会人となり遠方にいる2016年の年の瀬、何描く?
ここから方針転換で、ドーンと自分が描いた油絵にするという方法もあった。超インパクト大でしょう。油絵の裸婦像。しかし一般には裸婦は抵抗あるだろうと家族から却下。
ではこうしよう。
今一番心を占め、溢れそうになるのに外に出さないように押さえ続けているものを、この際出してしまおう。このハガキサイズの紙にアウトプットすれば、少しは容れ物にゆとりができるかもしれない。

バンの絵を描く。
これが苦行の始まりだった。

まずいつのバンを描くか。
若く溌剌とした時を描きたいと思うけど、そんな時があったはずなのにその姿が全く思い出せない。つらつらと過去を振り返っても、いつも哲学者のような目でこちらを見ていたバンの姿しか浮かんでこない。
それでも元気いっぱいの時の写真を引っ張り出し、当時を振り返りながら描き始めた。

写真をじーっと見て、イメージを抜き取り、目の奥で一旦絵にして、そして紙に落としていく。
大抵こうやって描けば渾身の1枚ができるのに、描き上がったバンはイメージ通りでななかった。
一緒に庭を走った日々を思い返しているのに、バンの顔が悲しそう。
何がだめなんだろうと目を直し、口を直し。
描いたものをぐしゃぐしゃにして、もう一度最初から描き直して。
冬期講習を終えた深夜、教室で何度も描き直したけど、結局時間切れで、納得の一枚にならないまま印刷。

毎年書き上げた年賀状を、「いい絵だな」と振り返り自画自賛している。
それは絵の出来がよいというのではなく、娘の成長のシーンを想い出しながら心を膨らませて描いているときの満足感が蘇るから。
この絵は後に、「いい絵だな」と手にとって見るようになるだろうか。そう思いながら何度も描き直したけど、元旦に届くように印刷して投函するにはタイムリミットの夜だった。

正月は実家で迎え、自分が実家宛に出したバンの絵の年賀状を実家で見た。
母はすかさず
「バン、悲しそうな顔している。」

帰宅すると郵便受けにどっさり入っていた年賀状の束の中に、宛先不明で戻ってきたバンの絵が数通。このバンもじっとこちらを見つめている。

こうやってアウトプットして、時間の経過に助けられ少しずつ収めていくしかないのだろうか。

それから数日後、バンの生家、川上村のHさんからの年賀状が届いた。
16年前の4月、川上犬が生まれたから引き取りに来て下さいと連絡があって向かったお宅。
数匹いた子犬の中で最後までじゃれついてきた子がバンだった。
そのHさんの年賀状に「バンちゃん愛おしい目をしていますね」と書き添えられていた。

Hさんの年賀状を見て、あの日のことが鮮やかに蘇った。
まだ雪残る川上村に子犬を迎えに行き、バンと初めて対面したこと。
親や兄弟から離されたことに気づいたバンが、川上村から最初の峠を越えるまで遠吠えしたこと。
帰りの車の中で名前をつけたこと。
うちに戻り車から降ろすと、初めて見るアリを追いかけ、庭の月見草に埋もれ、芝生でゴロゴロしたこと。
この日から始まったバンとの16年8ヶ月。
いろいろ浮かんできた。

そうだね、じっと見ると、愛らしい顔だね。


時のうつろい

2016-11-21 14:38:47 | ライフスタイル
しばらく空き家になっていた隣家に、新しい方が入居した。
ご挨拶に来られた奥さんはとても若い。娘くらいな世代。

うーん、そういえば。
自分も今の家を建ててここに住み始めた時はあれくらいだったかもしれない。
庭に芝生を張り、ハナミズキやヒメシャラを植え。雑木林風の庭造りを目指した。

幼稚園に迎えに行くと、そのまま友達が何人か遊びに来て、いつも延長保育所みたいだった。

娘が小学生になり、バンを迎え。

下宿人がいた3年間もあった。

樹が大きくなり数回強剪定し。

娘が大学の寮生活を始め、そして今遠方で働き。

バンが旅立ち。

時間は止まらない。





スイカ、大事にしてね。

2015-09-08 13:25:16 | ライフスタイル
「俺のスイカ知らない?」
「知らないよ」

 あーあ、またやっちまったかな。
 
 良く確認しないで洗濯して、洗濯槽の底に発見することたびたび。
 洗濯槽をのぞき込むけど、ない。
 じゃもしかしたら。この間、コインランドリーに乾燥に行ったから、その時洗濯物と一緒に乾燥しゃちゃって、乾燥機の中に落としてきたか?

 残金確認すると、「2000円くらいかも?」

 それから数日後、まさかあるわけないけどと思いながらコインランドリーに立ち寄ると、
忘れ物かごに、洗濯ばさみで留めた「スイカ」が!!
 間違いない。よく見ると記名式のスイカで、夫の名がカタカナで記されていた。
 良くまぁ、何日間もこうやってここにあったことよと感心。

 現物はこうして手に戻ったけど、洗濯のみならず乾燥30分間の仕打ちを受け、もう使い物にならないだろう、とその辺に転がしておいたスイカちゃん。

 今日ヨネックスオープン観戦行くから、久しぶりにスイカ持って出かけた夫。
「だいじょうぶだったよ!」

 なくならなかったこともすごいけど、今も使えるってこともすごいね。

 

いよいよ介護世代

2015-08-16 19:06:25 | ライフスタイル
夏期講習第3クールに入る。

今年の夏期講習は例年とスケジュールが異なる。
いつもなら折り返し地点を迎えているが、今年は7月に日程を全く入れられなかった。

6月末に母は突然手術宣告を受けた。
しばらくの間は消沈したものの、潔く状況を受け止め、「先生、早く切って」なんて医者に詰め寄るほど気丈だった。そうは言うものの80歳を越えた年齢で受ける大手術なので、医者もこちらも最悪の事態を覚悟し、それなりの心構えで手術の日に向かった。

母の術前検査に付き添い、医者からの説明を聞き、場合によっては柏あたりに転院し手術できないかと相談し、その場合の自宅療養を段取りし。
長野と野田を何度も往復する。朝家を出て、夕方の授業時間までに戻る。そしてまた朝行く。

こういう事態は、自分は親の介護世代に突入したことを実感させる。
いつかこんな日が来る。
こんな日が来たらどうやって介護する。
今の仕事は。家は。
漠然とした不安がある日突然やってきたという感じ。

そして1ヶ月が経った。
手術は無事成功し、さすがにこれまでの様に何でもバクバクたべるわけではないので、10㎏程度減量し一回り顔が小さくなった母は、「悪いところとったから前より調子が良くなった」などと言ってのけている。

そしてちょっと心をざわつかせるのは「お前も癌検診受けておいた方がいいよ」の一言。

検診って、それなりに時間ないとできないんだよね。

ブルーグラデーション

2015-07-26 09:50:28 | ライフスタイル
 真っ平らな関東平野。
 利根川土手に出ると、遙か彼方まで見渡せる田園地帯。
 これはこれでいい。
 というより、10代の頃この土手に立った時どこまでも平らな景色に感動した。

 でもしばらくこの地で生活するうち、やっぱり周囲に山があった方がいいと思うようになった。突き当たりに山を感じさせる雲のブルーがある時、一瞬得も言われぬ安堵感があるのだから。


 お中元、お歳暮に添えるイラストには野田のお気に入りの景色を切り取ってきた。でも今年は長野で過ごすことが多いので、上田塩田平の景色を添えた。
 突き当たりに実際に山がある。いつも描くのは山を思わせる雲を添えていたけど、今日はそこに本当の山をある。感じる程度の山でなく、ドーンと実際の山がある。描く。グリーン、ブルー、グレイ、そして空へとつながる薄紫色。たまらないね、この色。


気になる椅子

2015-05-15 13:57:02 | ライフスタイル
 これを見たとき一瞬「?」ってなり、そうか、そうだよねとジワリジワリときた。
 雨ざらしだから拭いてから座るんでしょう。
 家で使っていない椅子を、家族の誰かが運んでくれたのかな。

 まだ一度も乗車体験できていないんだけど、野田市内を走るコミュニティバス「まめバス」のバス停。野田市の名産品「枝豆」モチーフにしたもので、グイグイと農村地帯やら市街地やらを走り、高齢者にとっては貴重な(?)移動手段となっている。ここで?を付けたのは、自分としては車があるから野田市内の移動に不便を感じたことはないけど、免許持たない人にとっては、特に高齢者にとっては必要な足なんだろうなと想像されるから。
 いすは最初は一つだった。それが二つになり、今は三つになっている。少し遅れてこの先のバス停にも一つ、二つと並び始めた。
 野田あたりに住んで免許ないと不便でしょ。今は女性もほとんど運転するけど、今の高齢者あたりだと女性で免許持っている人少なかったよね。だからバスは必要なんだよね。と思っていたけど。
 ある程度年齢がいくと視力や判断力の衰えの問題で運転免許更新できないことがあると知った。ということは、まめバス活用は他人事ではないと言うことですね。
 この椅子の風景はそんないろんなことをしみじみ考えさせてくれる。

 

破壊するとは

2015-01-31 18:51:41 | ライフスタイル
近所で家の取り壊しが行われている。
もうかれこれ1週間続いているかな。バリバリと壁を引き剥がす音、木材をトラックに放り投げる音。これらが響くたび、心がざわざわする。家をつくる音なら気にならないかもしれない。何かを破壊する音だから、不穏で人の心をかき乱すのでしょう。
今日は、土台のコンクリートを打ち砕いているから、1日中地響きで、家まで揺れる始末。
人でこんな調子なんだから、音に敏感なバンなんかもう右往左往しっぱなし。

日が落ち作業員引き上げ、ようやく心落ち着いたとのか、バンはテレビの前で爆睡中。




一生に飼える犬の数

2014-12-22 18:49:19 | ライフスタイル
 エリが亡くなった時「バンちゃんいるから、ペットロスにならなくていいよね」って近所の人に言われた。
 確かに大丈夫だった。一歩庭に出れば「あそぼ、あそぼ」ってバンが腰振って来たし、いつも足下にまとわりついていたから、ネコがいなくなった寂しさを感じることはなかったかもしれない。
 そんなバンが急激に年老いて、寝ていることや家の中で過ごす時間が長くなってきた。徐々に老いが迫っている。老いとは、できていたことができなくなること。人間は、「あー、俺も年取ったなー」って頭で理解し老いを受け入れることができるけど、犬にはそれができないでしょ。
 膝が痛かったり首が凝るから整体やマッサージ通ったけど一向に改善しない。先生は毎週通わないとだめだと言うけど、何度か行くうちにこれは関節が固くなってきたせいだということに気づき、マッサージに通うのをやめた。整体院では「これは老化ですね」なんてことは言わないけど、自分でそうわかってしまったから、これは自分で対処できると思う。
 人間はこんな風に、多少遠回りしても老いに気づき受け入れることができる。じゃバンは?

 バンが起き上がる時、「キャーン、キャーン」と叫んだ。一体何事かとビックリして医者に駆け込むと、処方されたのはグルコサミンやコンドロイチンが入ったジャーキーだった。薬嫌いなバンに、医者から出されたジャーキーをだましだまし食べさせ数日したら鳴かなくなった。ジャーキーのおかげでスッとなめらかに起き上がれるというわけではないけど、泣き叫ぶほど痛くないみたいだ。このジャーキーを出しながら先生は、「これは気休めですけどね」って言っていたから、これを数日食べたから改善したとも思えない。強いて言うならバンが痛みに慣れたということかもしれない。ヤツなりに老いを受け入れたのかも。多少痛いけど、こんなもんでしょって。いつもなら楽にヒョイって飛び乗る縁台に、前足かけて躊躇している姿はバンの悟りを物語る。

 こうやってバンとの日々を過ごし、人が一生の間に飼うことのできるペットは案外少ないってことに今更ながらに気づいた。
 ネコだって犬だって一期一会。

続ける理由

2014-12-21 10:53:41 | ライフスタイル
 そろそろ年賀状準備始めないといけない。
 冬期講習が始まるまでのここ数日でなんとかやっつけたい。

 子どもの写真を年賀状に使うことには賛否両論だけど、それはそれとして自分的には安易に写真を使いたくなかった。
 じゃどうする?と準備進まない年の瀬のある晩、ストーブの前にちょこんと座りスプーンをわしづかみしてカップアイスを食べている娘を見た。「あ、自分で食べてる!」という驚きと喜び。大慌てでその姿をデッサンして、それが年賀状になった。
 それ以来娘の成長のトピックスを鉛筆画にしている。
 三輪車に乗った、文字を書いた、小学校に入学した、等々。何年か繰り返すと「いつまで続けるの?」と聞かれること度々。最近は「バンにしたら」とか「子ども産むまで続ければ」などいろいろご意見をいただいている。
 椎名誠さんが「岳物語」で息子さんのことを書いたけど、娘さんからは「自分ことは書かないでほしい」と言われたとかで、確かに椎名さんのエッセイに娘さんは一切登場していなかった。そしてある日娘さんから「もう書いて良い」との許可がおりたとのこと(そのように記憶している)アメリカに娘さんが旅立つ日に成田空港に見送りに行った時の様子を初披露した。 これと同じで、本人からは年賀状に描かれるなんて「恥ずかしいからもうやめてほしい」と言われていた。しかしうちの場合は椎名さんのように我慢強い親ではなく、そうは言ってもねと描き続けてきた。娘が大学に入学しても相変わらず続けたけど、以前から成人式を一つの区切りにしようと思っていた。
 鉛筆画年賀状を始めた頃、娘が成人するなんて遠い先のことだと思っていた。しかしいざ成人の日を迎え、その日が過ぎても、何も変わらない日常があり、娘はいつまでも娘で、相変わらずすねをかじられ続ける親はいつまでも親のままで。

 何をして区切りとするのか。

 
 

みわたすかぎり茶色

2014-12-16 16:51:36 | ライフスタイル


お世話になったあの方に。
 冬は野田の和田さんちの卵を送っている。
 黄身がオレンジ色で、箸を刺しても簡単に崩れない卵。
 この卵でケーキ焼いたら、オレンジ色のスポンジケーキになる。

 夏は枝豆、冬は卵。
 スケッチして同封することもここ数年の定番になっている。

 去年の卵界隈スケッチは10月末に描いたから、景色に緑がまだたくさん残っていた。
 今年は12月中旬のだから、冬枯れの景色。木も田んぼも、長く伸びる影も茶色。そしてバンも。絵が茶色だらけ。ちょっと物足りない色合いだけど、これが里山の冬ってことですね。

マンガ道を入り口から覗いてみたら

2014-08-31 16:09:17 | ライフスタイル
 バネでイラストを使って説明することがある。
 例えば、国語読解問題の情景が浮かばない子にイラストで説明する。算数文章問題を擬人化したバンのイラストを添えて図示する。四字熟語をバンで表現する。
 絵にすると子ども達食いつきいいのは、ビジュアルにズバリわかるからですね。自分だってそうですよ。まずは絵や写真をざっと眺め、それからゆっくり文字を読みますね。
 そんなわけで、少しでもイラスト力を上げ仕事にプラスになればいいなというちょっとした欲と、大いなる好奇心で、野田市郷土博物館主催の夏休みマンガ講座に参加した。
 会場は市民会館。そうですあの茂木家です。そしてその部屋は名人戦が開催されたり、CMでも使われる元客間です。
 なんと贅沢な夏休みのひととき。

 1回2時間、3回コース。
 マンガってなんぞやとか、講師の先生のマンガ道について説明を聞き、さておもむろに描くこととなった。
 1回目はアイデア練り。2回目は下書き。3回目は仕上げ。合計6時間かけて一つの4コママンガを描き上げることとあいなりました。

 マンガとイラストの違いは。
 それは「笑い」があるかどうか。

 そうか「笑い」なら日常にたくさん転がってるぞ。バネの出来事なんか笑いの連続だし。家庭のことだっていくらもネタはあるぞ。でもなんたってネタの宝庫は、おまぬけなバン君でしょ。

 と言うことでバンをネタに4コマ目にオチをつけて表現しようと思った。

 アイデアが固まったから下書き用紙にザッザッと描いてみた。
 一つの座卓に皆が肩寄せ合ってカリカリ描くので、ここでは集中できそうにないと隣のテーブルに移動し描いた。そうやって1時間が経ち、周りの受講生の作品を見ると・・・。
 全然違う。唖然。
 みんなのはマンガじゃん。自分のこれはマンガじゃない。絵じゃないですか。
 リアルすぎる。顔恐いし。
 もっとデフォルメしないといけないんだ。

 そもそもコマの割方が違う。そこから違う。
 バンネタに悦に入って自己流で紙を4分割して描いてみたけど、なんと皆さんは縦に4コマの枠を作りそこで表現していたのでした。
 バネ内で一人違うこと黙々と気づかずやっている子いるけど、あれと同じじゃないですか、今の私。
 こんな風に1回目を終え、2回目は技法についてやんわりと教えていただきました。

 背景をどこまで入れるか、台詞や擬音をどう表現するか。
 線の濃さ、太さ、筆記具の工夫やこだわり。
 4コマに表現を凝縮し、さらに笑いを呼ぶ。
 なんて奥が深いんだ、マンガって。

 3回目は、丸ペンとインクを使って、プロになった気分でカリカリと清書した。

 あー、おもしろかった。

変化を受け入れる理由

2014-08-30 12:09:27 | ライフスタイル
 本当に久しぶりの更新。
 しばらく休むと「どこか具合悪いのですか?」などとメールがきたりと皆さんにご心配かけるので、サボってはいけない。
 これだけ更新しなかった理由の一つは、夏休み中は夏期講習をはじめとして生活時間が通常と異なりバタバタしていたから。
 そしてもう一つの理由は、たぶん、新しく引っ越ししたこちらにどうもなじめないからということじゃないかな。こういう心理的な問題は、実のところ正解かどうかはわからないけど。
 何となく足が遠のく。何となく後回しにしてしまう。
 もし「変化」が心理に影響及ぼしているのなら、これは「退化」の兆しかも?と思うので、昨日ながーい夏期講習が終わったので、いろいろたまってしまった雑務処理をしつつ、ブログ更新にもう一つ重い腰をあげてみたというわけ。

 高校生の信州夏季合宿は今年28回目を迎えた。
 28年前、実家のある信州別所温泉で合宿をやりたいということになり、当初は旅館探しから始まった。高級旅館ばかりの温泉街に学生の合宿を受け入れてくれるところは当初はなかなか見つからず、父の口添えで齋藤旅館にお世話になることになり、そのまま28年間齋藤旅館が定宿となっている。
 2回目からは合宿期間中に山登りとバーベキューをやることになった。
 夏季合宿は新チームのスタートでもあるので、練習だけでなく自然の中での子ども達の「体験」を重視している。だから短い合宿期間であるにもかかわらず、丸一日使ってのレク日である。
 地元の有料バーベキュー施設を利用した年もあったが、その年以外はずーっと、山間の公園にある広場でバーベキューをやってきた。
 そこは東屋と水道があるだけの草っ原。
 バーベキューをやりたいというと、父は地元の自治会長やら組合長やらに掛け合って準備してくれた。コンロにするために知り合いからU字溝を譲り受け軽トラで運んだ。前日に草刈りし、管理者から水道の蛇口を借りた。(通常は自由に使われないように蛇口を外してある。)
 U字溝は翌年用にとそのまま置いていった。
 25年ほどそうやって使ったU字溝はいつか朽ち果て、撤去された。
 東屋の脇の木は生長し、いつしか東屋を覆うほどになっていた。

 無料の広場とはいえ勝手に使うわけではない。
 毎年事前に自治会長や消防に使用届を出す。そして使用後は徹底的に掃除する。


 そうやって28年目の今年も広場の下見に行くと、雨が続いた後で足下がぬかるんでいる。山の斜面は木を切り出したあとなのかそれとも小さな土砂崩れがあったのか。なんとなく雑然としている。
 例年通り自治会長に使用許可をもらいに行くと、
 「今年からあすこで火を使うのは禁止になったでね」

 有料施設の別所森林公園を急遽予約と思ったら、その日は定休日とのこと。
 バーベキューの日を2日後に控えて、会場が確保できない。
 こんな時リーダーは常に正しい判断を速攻で下さないといけない。
 どう出るかと半ば期待して言葉を待つと、「他の会場すぐ捜して」との指令。

 バーベキューは準備がとても大変。材料買い込んでも雨じゃできないし。そんなマイナス要因があって、「中止にしようか」という声をすこーしばかり期待していたけど、我がリーダーにそういう選択肢は全くないのでした。

 スマホにお尋ねし、PON!と出たのは別所の裏側の斜面。とりあえず電話すると予約できた。
 でも地図で確認するとあまりにも山奥なので不安がよぎり下見に行ってみた。すると・・・。
 
 山の斜面を垂直に登る道が続く。途中から舗装はなくなり、いきなりぬかるんで暗い林道になってしまった。車一台がやっと通れる道だから引き返すこともできず、アクセル一杯に踏んでも10㎞しかでず。右足つりながら、斜面崩れそうな山道を車体すりながらやっとの思いで登った。なんなんだここはー。背中が薄ら寒い。
 現場からその旨リーダーに「ここは無理」と進言。「じゃ、中止だな」という言葉を期待しながら、いかに無理なのか恐怖の走行についてバーッと説明すると、「じゃ、他捜して」ときた。
 逃げるように山を下り村役場へ駆け込むと、「いいところがありますよ。予約しましょう。」と村営の施設を紹介してくれた。
 
 村の突き当たりから更に山道を3.5㎞ほど登ったところにキャンプ場はあった。さっき下見に行って来た施設までの道がいかに恐かったかを語ると、「ここまでの道は舗装されて開けていますから大丈夫ですよ。」と役場の方が穏やかに話してくれた。杉材をふんだんに使った役場の木の香りとおもに、すこしずつ恐怖感が体から抜けていった。

 その足で即下見に行くと、確かにそこまでは舗装された山道が続き、炊事場やトイレがあった。炊事場とトイレと木の椅子とテーブルの他は何もない草原だけど、これまでの場所に比べたら縄文から一気に昭和になったくらいの便利さがあった。

 今年夏合宿初参加の子達にとっては、バーベキューと山登りは「こんなもん」でしょう。調理台があり、コンロがある。車でここまでやって来れる。

 リーダーいわく、「来年からここにしよう。」
 ということなので、いつもの東屋に行くことはもうないでしょう。
 
 東屋での26年ほどの思い出は、当時の現役生の顔と一緒にたくさん刻まれている。
 少しのわびしさと、幾ばくからの利用料を払っての便利さの享受に少しばかり抵抗を感ずるが、そんなことはすぐに平気になるのでしょう。

 続けるためにチェンジを受け入れる。
 続けたいものを守る為に、変化を許容する、ということです。