バネの風

千葉県野田市の「学習教室BANETバネ」の授業内容や、川上犬、ギャラリー輝の事、おもしろい日常を綴ります。

共感しユトリストとなれ

2023-08-16 18:46:58 | 感動
鳥取に住む娘夫婦がその娘を伴って野田に里帰りし、その翌日は長野の私の実家に行った。
遠路はるばる赤ちゃん連れで移動するその第一目的は、ひいばあちゃんに会うため。
コロナで会えないを体験した我々は、「今できることを今やろう」と思うし、ゆとり世代と言われる娘の世代は、より人のつながりを大切にする感がある。
そんなわけで今年のお盆は家族、親族が集い日本の正しい「お盆」を過ごし、さておいとまする時間となった。

折しも近畿地方に台風7号が上陸しコースが逸れて山陰に向かっているが、東京方面までは台風の影響なく戻ることができそうなので、予定を変更せず帰路、まず上田駅を目指す。

玄関先まで母が見送りに出る。「またね」と皆で手を振り合う我々一行を、道ゆく主婦が微笑ましそうに見ていた。
こういうシーンはお盆の風物詩で夕方のニュースで出会いや別れのシーンが映し出されるが、その当事者になった。

別所温泉駅には上田行きの電車が既に停車していた。先に乗車していた親子連れを見送るおじいさんがホームに立っていた。母、娘、そして孫。それを真似するかのように我々を見送ろうとおじいさんの隣に立つ兄。
おじいさんは満面の笑みで、美しい均等の笑顔で臆することなく電車の戸口でずっと手を振る。それにつられたように兄も真横で手を振る。そして車内の我々二組が姿が見えなくなるまで手を振り返す。あー、こういうシーンってこれまであっただろうか。ここまで純粋に手を振り合うって周りの目や、あまりにもスタンダードな振る舞いに照れてこれまでやってこなかった。私の父に言わせると芸術家は子煩悩ではいけないそうで、またそう思われたくないらしく、人前でこんな風に別れを惜しむことはしていないと思う。30年前に娘を連れて帰省した時、父とこんな風に手を振り合っていない気がする。

電車はガタンゴトンと坂を下り田園風景を走る。別所温泉駅から上田まで車で行けば20分とかからないが、実家の車にはチャイルドシートがないので電車で帰ることにした。電車は車道とは違い中塩田から東塩田地区を迂回するから時間がかかる。下之郷駅から大学前駅にに向かう時電車は、田んぼの中を大きくカーブする。車窓には山々と田園のパノラマが繰り広げられる。進行方向に背を向けて景色を眺める。別所温泉の象徴岳の山を起点に田園を貼り付けた山並みがグルリと回る。もし私が車掌なら、もし私にマイクを渡してくれたなら、このパノラマを紹介するのにといつも残念に思う。スマホを見るのを少しやめて顔上げて見て! とこの景色を教えたい。しかし皆が同様にふるさとへの郷愁を共有するわけではないと思い直し、ギリギリ余計なお世話をしないで済んでいる。今のところ。
岳の山に別れを告げ電車が街に近づく頃、郷愁は霧散ししばらく留守にしている自宅が気になるのが常であるから。
それからしばらくすると少しずつ上田の街が近づき、終点上田駅まであと2駅というところ三好町駅で向かいの親子が声を上げた。

「えー、うっそー」
それは三好町駅から見下ろす脇道に先ほどのおじいさんが立ち、電車に向かって手を振っていた。あの満面の笑みで。
その姿に思わず我々一行も加わり皆で手を振り返した。車窓からはおじいさんの姿が小さくなっていった。
もしかしたらあのおじいさんは途中の神畑駅あたりでも先回りして同様に電車に向かって手を振り続けていたかも知れない。そこならホーム近くまで来られる絶好の手振りポイントだ。おしゃべりしていた娘さん達はおじいさんに気づかず、それで4駅先の三好町駅、次の手振りポイントを目指したのだ!と読んだ。このシーンは人目をはばからず笑っていい。事情を知る我々も一緒に大笑いした。
娘さんが「上田駅にもいたりして」と言っていたが、次は上田駅というとところで千曲川を渡る。その先に上田橋が見える。
橋で信号待ちしているおじいさんの車があったらしい。

三人連れは我々より1本先の新幹線だった。
上田駅改札でおじいさんが手を振っていた。
待合室のポスターのすき間からさっきと同じ満面の笑みが見えた。見送った後のおじいさんの顔を確認することができなかったが。

お盆の帰省列車に乗ったのはこれが人生初だったと思う。いつもはタイミングずらすか車だった。こうしてTHE OBONの帰省列車をスタンダードに体験した。
上田駅では長野駅からの混み具合をアナウンスしていた。自由席前寄り1.2号車が比較的空いていると長野駅からの情報だと伝えていた。こういうアナウンスは人の情にタッチしていいね。「見送りの方はドアの外側でお待ちください!」って。そうか、入場券買ってギリギリまで見送るおじいさん、おばあさんっていう景色もあったんだ。そうか!!さっきのおじいさん、改札駅で手を振っていた後姿見えなかったから結局ホームまで行ったのかな?
「鳥取空港でもこうやってギリギリ見えるところに移動して手を振る人がいるよ」って娘が言う。

うーん、共感オンパレード。

大宮で娘一家と別れ一人降り、正確にはケージに入れた犬と降り、ずっしり重いケージを転がして帰路につく。最寄り駅からタクシーに乗っても良かったが、調度バスが来たから乗り込んだ。
バスのタラップが思いのほか高く、犬ケージをやっと持ち上げて乗った。前方の席は埋まっていて、後方席は更にもう一段上がらないといけないし、すぐ降りるから前方に立つことにした。「おつかまりください。出発します」って、立っているの私だけだから私に言ったのでしょう。オレンジの太いバーに捕まると、脇のおじさんが席を譲ろうとしてくれた。さっきの犬ケージ持ち上げで苦戦したからか、なんだか皆私に気をつかっている感じがする。
席を立ちかけたおじさんに「大丈夫です」というと、斜め後ろの青年が後方の席に移った。犬ケージをズリズリ引きずってその開けてもらった席に着くと「ありがとうございます」と運転手さんがマイクを通して言った。
やはりそのバスでは最初に降りる客となり、大きなケージは出口を通らず乗り口を開けてもらいヨタヨタして降りた。「大丈夫かな、あの人」という、車内灯が目立ち始める薄暗くなった車道に降り立つ私に、車内の視線が寄せられている感じがした。

バス停から自宅までゴロゴロ犬ケージを引きずりようやく家の前につくと、時間指定したいつもの宅急便のお兄さんが荷物持って待ったいた。

甥っ子の結婚式

2016-05-31 10:18:26 | 感動
甥っ子の結婚式があった。
会場はホテルグランドヒル市ヶ谷。

身内の、特に甥姪の式に参列するってこういうことかってしみじみと感じ入った。
身内だからこその感慨ひとしおだったけど,それ以外にもいろいろ思うことの多い結婚式、披露宴だった。
あるものがない。ないものがある。

親族の方は前に詰めて下さいと案内された教会の席。先日長崎で隠れキリシタンゆかりの教会を訪ね,遠藤周作の「女の一生」を読んだということもあり、これまでよりは教会についてちょっと知っていること増えてるぞ!感をもって入場。
さて椅子に座る。
先日の結婚式では椅子の上に小さな座布団が点々と置いてあった。これに座るのか。おしりはみ出るじゃん。バランスとって座っていると,途中賛美歌を斉唱する場面で皆さんが手にした「歌詞カード」は、そのおしりの下の座布団だった!(これやっちゃったのは知っている範囲でもう一人いましたよ、念のため)
そんな苦い失敗から着席時は椅子に何かおいていないかと気をつけるが、何もない。
うーん、このまま「ミナサン、デハ○○ヲウタイマショウ」って言われたらどうすんだ。口パクでやり過ごして、アーメンの部分だけ声揃える?
すごく愛想のいい,感じのいい、イケメン神父さんの話を聞きながら,歌う時のこと考えていると・・・。さっき司会を務めていたお姉さん、新婦のベールを直したお姉さんやドアを開け閉めしたお兄さん達が、本物のオペラ歌手?だったのでした。参列者が歌うのではなく,目の前の四重唱。ずっしりお腹に響く歌声にすっかり腰砕け。

披露宴会場へ移動すると。
名入りの箸箱に名入り箸が入っていて。
これでいただく創作会席料理の数々。料理長からイラストを使いながらのお料理説明漫談(?)があり、一層目の前のお料理が輝きを増していくのでした。「全て召し上がっていただくと1キロになります」と。
これでもか、これでもかと続くおもてなし料理の数々。







まず目で楽しんで,箸を伸ばし、つい写真を撮り忘れ、メニューで食材を確認しながら,これまで味わったことのないような気配りと繊細な味付けに舌鼓を打っていると。
あれ、そういえば、余興ないね。お友達のスピーチとかいつやるの?隣の席の若者、ちっともそわそわしていないし。

そんななか飛び入りで,新郎のおじいちゃん(この場合夫の父)が「高砂」を斉唱し、よかったなーって思っていると、続いて新婦のお姉さんがフラダンスを披露し、思わず会場が涙するシーンとなりました。

お決まりの余興はなく、二人の紹介や友人からのお祝いメッセージがDVDで流れ、手も口も休めることなく次々続くお料理を楽しんでいると、最後にテーブルに置かれたケーキに添えられたマカロンには、参列者の名前のイニシャルが書かれているというさりげない「気」に包まれるのでした。
ご両親へのお礼の言葉は手紙では語り尽くせないと言うことで、これまたDVDで思い出の写真が流れ、そしてお開きに。

最後に参列者に配られたのは、二人で行った旅の思い出が詰まった小豆島のドリップバッグコーヒー。

今朝このコーヒーを味わいながら、いい披露宴だったなーといろいろ思い出してしまうのです。


おもてなしとは

2014-06-18 12:14:24 | 感動
 先日西武台のバドミントン部に訪れるお客さんを駅まで迎えに行き、そのまま一緒に体育館に行った。
 客人は道中差し入れのスポーツドリンク3箱買われたので、ついでに私も「ガリガリ君」を買い込んだ。40本あれば足りるかなと。
 この重い荷物を運びに女子部員に階段下まで来てもらいみんなでワイワイ言いながら体育館に入ると、残りの1年生達がワーッと押し寄せてきた。ドア開ける人、スリッパ差し出す人。「こんにちは」の連呼に応答しているうちに気づくと手に下げていたアイスの袋は誰かによって冷凍庫に運ばれていた。
 ここからは「どうぞ、どうぞ」の連発。一人の客人に対して大勢で何かを「どうぞ」しようと押し寄せている感じ。
 冷たいドリンクを持参したので客人にお茶を出すという一つの「どうぞ」の機会を失った女子部員達は、それでも何か「どうぞ」を見つけるぞとばかりに何となく周囲でわさわさしている。気がつくとテーブルに置いたペットボトルの下に木製コースターが敷かれている。「気が利くね」と声を掛けると、次は別の子がすかさず「うちわどうぞ」と来た。

 子どものやることだから少々滑稽な場面もあるけど、こういう子達の一生懸命が気持ちいいね。
 

もう風も吹かないを観る

2014-02-10 10:28:40 | 感動
 大雪の翌日、飛び起きて雪かきする。バネ生があと1時間でやってくるから、とりあえず通路だけはなんとかしないと。今回の雪は雪かきにはバッチリ。適度な湿り気。適度な重み。ザクザク進む心地よさ。しかし制限時間があるから楽しむ余裕はなく、心残りな状態で雪かきをきりあげた。
 午前バネを終え,午後は富士見市に向かった。
 それは青年団講演「もう風も吹かない」を観るため。
 道中家回りを雪かきしている光景をあちらこちらで見かけた。家族総出でやっている。いいなーと思う。
 新雪を一番乗りで雪かきするのが好きなんだけど、自分がどうしてこんなに雪かきが好きなのかがわかった気がした。
 子どもの頃、前の晩に雪が積もった翌朝、家族総出で雪かきした。休日は朝から絵を描きに出かけてしまう父も一緒だった。犬も大はしゃぎで雪の中をトンネル作りながら進んだりし、途中雪合戦になったりした。この時のことを後に国語の時間で作文に書いたり,図画の時間で絵にしたのだから、楽しかったのだろう。犬のはしゃぎ様と本格的なフォームでびしびし雪玉を投げて来た父の姿は今でもはっきり目に浮かぶ。

 富士見市民文化会館に到着。昨日あまり寝ていないから、たぶん寝ちゃうだろうなと思いながら会場に入る。
 平田オリザさん作、演出の,架空の青年海外協力隊訓練所が舞台の演劇。
 整理番号に従い,前から数列目を確保して着席する。ステージではすでに役者が何か作業していて,人がどんどん着席している最中に役者なのかスタッフなのかわからない人がふざけ合っている。しきりにノートとっている青年にちょっかい出すちょっとうざい青年。そんなやりとりから始まって、「ん?」と思っているうちにそれはいつの間にか始まっていた。
 演劇喋りではなく,全く普通の会話。複数の人が同時にしゃべったり、要するに普通のおしゃべりが続く。
 脚本は原稿用紙1枚は1分が目安というけれど,同時にしゃべるからこの場合2倍3倍の原稿用紙になるんだろうなと思いながら鑑賞する。がそうこうするうち、いつのまにか観客というより自分はおしゃべりの輪の中の一人になっていた。おもわずつっこみの声を出しそうになる。手拍子一緒にしそうになる。
 結局寝るどころか,前の人の頭で見えないからずーっと背中伸ばしてイスにもたれることなく気をつけの姿勢で見続けた。
 わかるこの感じ,そうだよねー,キツいよね、とうなづきながら話しは進み、そして皆の心が寄り添い、希望の光を見いだし,心が立ち上がり、いっしょになって「これならいける!」と思ったとその時、ストンとその劇は終わった。

 無言で席を立つ。何とも言われぬ疲労感。
 それはイスにもたれないで観ていたからだけではないと思う。

 帰路久しぶりに頭痛に襲われた。最近頭痛くならなかったから、バッグに痛み止め入ってない。
 今日は早く寝よ。

成人の日

2014-01-17 08:30:02 | 感動
 先日娘の成人式があった。
 野田市は1500人が新成人になったそうだけど,当日式に出席したのは何人だったのだろうか。
 高校3年生の冬から毎日のように着物のDMが届く。そのうち電話がかかってくる。ジャンジャン届くDMを開くことなく捨てる。電話は話しを聞くこと無く断る。しかしこれでもかこれでもかとやって来る,あの手この手。こう攻め込まれると,成人式セールスに乗っかることは,ひっかかるような気がしていやになる。そもそも子ども本人だって晴れ着着るつもりでいるか、式に出るのかもわからないしさ。
 自分のときは,晴れ着は却下。式も出ない。何も特別なことをしないでその日は終わった。「皆がこうする」からって当たり前のようにのっかるのが嫌だった。多分,儀式にからんだ商戦にのっかりたくなかったのだろう。
 
 今の子たちは違うらしい。
 友達とのつながりはとても大切だから,成人式は懐かしい人たちに再会する有意義な日なのだそうだ。そのための衣装が,晴れ着。皆同じような着物で,同じフワフワまとって、同じような髪型して。
 成り行きでディズニーランドの行列に並び、その並んでいる姿を知り合いに見られた時くらいの気まずさなんて全くないらしい。

 しかし有意義な一日だった。
 朝6時に家を出て着付け会場に向かう。8時半頃に着付け終わっただろうか。それから式典までの時間にこれまでお世話になった方々を訪ねた。子どもの頃面倒見てもらった方々。子育てに奮闘していた当時手を差し伸べて下さった方々。そして式典終了後も訪問を重ねた。
 皆一様に、ここまで大きくなったのかと感動し、それぞれに当時の想い出話をし。そうして感動と想い出を一緒になぞりながら、無事成人の日を迎えたことの価値を改めて噛み締めた。
 成人式は親にとって一区切りの日だった。



いつもの景色

2014-01-10 08:52:03 | 感動
 流山に向かう道。田園地帯を通り抜ける道。
 ここを通るたび、自然の色に魅せられる。
 冬は特に美しい。長い陽射しが作る陰影。運転しながら頭の中で絵の具を置く。

 久しぶりに前の晩に雨が降った昨日は、その光景にハッとした。
 雨に洗われた枯れ草に東の日があたり,イエローオーカーの中からクリムソンレーキーが現れていた。まさに表面が流され、本来の色が出現したという感じ。心にしっくり来る景色に包まれている。
 山を見ると落ち着く。山に囲まれるとこの景色良いなと思う。360度山に囲まれて育ったから、当時は遠く見渡せる平原に憧れていた。だから初めて江戸川の土手に立った時感動した。まっすぐ伸びる道。吹き抜ける風。しかしその感動はたちまち薄らいでしまった。地平線に青く霞む雲を山と錯覚していることに気づいた時、景色に山がない不自然さを知ったのだった。どこまでも続く田園は単調な景色に思えた。
 しかし最近は変わってきた。山並みに入ると、山に囲まれる安堵感よりも、ここは土砂崩れしそうだなとか鉄砲水危なそうだな、湿気多そうだななどと冷めた目を持つ。そして、広がる田園地帯に安らぎを感じる自分がいる。
 
 





窓のバッタ

2013-09-29 23:31:04 | 感動
 大学のリーグ戦を応援しに、市川へ行く。
 道中は土手道。気温は25度。カラリとしていて気持ちがいい。空気が透明で、土手の緑が鮮やかに見えるなと思い窓を見ると、いつからそこにいるのか、バッタがはりついていた。
 家を出る時からそこに居たのだろうか。今ここで風に飛ばされたり、ヒョイッと飛び降りたらそこは見知らぬ街。もう家族とも友達とも永遠の別れになってしまうではないですか。
 しばらく走りふと見るとまだそこに居る。まったく飛び降りる気配はない。どこまでも、どこまでもそうやって車に張り付いている。
 で、観察を続けると、ヤツはただ張り付いているのではない。飛ばされないように、必死になっている。前足、後ろ足、4本足をしっかり広げ、関節をくの字に曲げ、力を込めている。時折風に流されそうになり数センチずり落ちると、元の位置に戻ろうとする。触覚は風に飛ばされ続けているから、頭頂部毛が2本のハゲオヤジみたいにフリフリしている。大事な触覚、飛ばされそう。その触覚の先は枝毛状に別れている。風が吹き付けているうちに、触覚の先乾燥して割れちゃった? いや、ずーっと見ていると、それは4本あるように見える。一つの毛穴から2本ずつ生えているかのよう。触覚って本当は4本?
 途中左の手で顔を数回拭う。汗? その間3本足で体を支える。続いて右後ろ足を窓から外し、ブラブラさせている。足つった?
 土手沿いの道はずーっと信号ないから飛び降りるチャンスがない。車のスピードも落ちないから、休む事もできない。
 ようやく最初の信号で止まる。ほら、飛び降りるなら今だ、と言えど、ヤツは大きなため息ついている。あー、生きた心地しなかったといわんばかり。
 車はまた走り出す。慌てて四肢に力を入れる。
 土手沿いの道は終わり、往来の激しい道に出た。車の速度は落ちた。しかし今ここで飛び降りてはいけないよ。トンネルに入る。すると動きが活発になった。たたんでいた体の大きさくらいある巨大なあと2本の足を伸ばし、そのとっておきの足でガラスをグイッと蹴り、いきなり移動。まずーい、ここで降りちゃ。と思うがトンネルを抜けたら,カッチャンと巨大足を元の位置にたたみ、また4本足でガラスに張り付く図に戻った。さっきとは違う右手で顔を拭う。

 こんな1時間のドライブの後、目的地駐車場に着いた。また大きなため息をついた。やれやれか?
 もうここで降りた方がいいと思うが、放心状態なのか動こうとしないので、前足をツンと触る。なにすんの、と足を除ける。もう一度ツンとすると。グッタリしているその姿からは想像できない元気な跳躍を見せ、ピーンと1メートル程跳ねた。しかし駐車場のアスファルトに飛び降りたまま動かない。もう一度ツン、更にもう一度ツンとすると、草むらに飛び込んだ。
 ほんと、やれやれ。

 

携帯を忘れた日

2013-07-01 10:19:59 | 感動
 大学の試合を応援に、日体大まで行く。
 東武線直通で乗り換え無しでいけるとか、2時間乗ったままだから疲れるなどいろいろ行き方説明を受け電車で行く。
 2時間乗ったままということは読みかけの本読破できるかもと楽しみを抱えて電車に乗り込む。春日部で一度乗り換えればあとは2時間乗ったまま。春日部乗り換えで読書中断されるよりは、通して2時間読もうとあえて春日部まで本は開かず、満を持して急行中央林間行きに乗り込む。
 車内は混んでいた。手提げ荷物が重く、吊革につかまりながら本読める状況ではなく、席が空くのを待つ。が、北千住まで座れず。ようやく席に着き、あそういえば携帯マナーモードにしていないとバックの中を探り、愕然。
 携帯がない。
 今日は出先で待ち合わせがある。こんな時電池切れしたら最悪!ということでバッチリ充電した。が出がけに長電話を受けたので、家出る直前まで追充電しておこうと思った。
 家の駐車場出るときに、こんな日携帯忘れたら最悪だよねと、また思った。
 なのに、ない。
 あたふたとバックの中を探る。ない。この仕切りが全くないトートバックはつかいにくい。前回でかけたときもそうだった。たびたびスイカが行方不明になるし、重い携帯はバックの底に転がるしで不便だったことを思い出した。だから今回はスイカが行方不明にならないように駅のベンチでバックの中身を整理した。そして飲み物を買い、入れるスペースを作るために一旦バックの中身を出した。まさかあの時ベンチに置き忘れたのではないか。いやいや、それはないでしょう、などと考えながら諦めきれず二度、三度とバックの中身を探っていると、立っている人の視線を感じた。あの人次の降りると勘違いされているよう。
 そんなわけで何となく集中できず、楽しいはずの読書に没頭できず、ずーっと座りっぱなしのおしりが痛くなってきたことに気づきはじめた頃ようやく青葉台駅に着いた。遠い。確かに、ここは遠い。
 日体大までの行き方は押さえてあるからスマホに頼らなくても問題なく到着。
 問題は、帰り道にどこでどうやって落ち合うか。会場を出るときに携帯を借りて先方に連絡を取る。待ち合わせ駅だけを指定して会場をでる。

 以前、もう30年近く前だけどこんな事があった。
 渋谷駅ハチ公前で待ち合わせた。お互い1時間待った。ハチ公の表と裏で。遅いなとお互い動く。立ち止まる。そんなこと1時間やった挙げ句、どちらか一人が逆回りしてようやく巡り会った。
 今回全くお互い土地勘のない雑踏で点と点がぶつかることができるのか。しかも先方は車。
 この駅なら何とかなりそうと適当に指定した駅に到着した。そこは川間駅なんて規模じゃ全然なく、春日部駅でもなく、大宮駅並み。ここで適当に落ち合うという発想に無理があることがわかるがど、それでもなんとなるかもしれないと心に余裕がある。それはまだ外が明るいから。車から見つかりやすい場所で車止めやすそうな場所を物色し、何とかなるんじゃんという気持ちで駅ロータリー入り口に立つ。
 「君の名は」みたいに運命のすれ違いは今の時代は絶対ないなと思う。そうなる前に気楽に電話で連絡とりあえるから。今は時間も場所もアバウトなまま待ち合わせたって大丈夫なんだよね。などと思いながら交差点で車を待っていると、向かいの交差点にいた中年女性が何か大声で叫んだ。ロータリーに車を止めた人に向かって電話で連絡して「こっち、こっち!」と手を振っていた。目と鼻の先のすれ違いだったんだ。

 そうやってしばらくすると、すーっと目の前を車が通り、結局の所は落ち合うことができた。

 携帯を持たないないことで味わう非日常。旅気分。

母の日

2013-05-13 12:59:40 | 感動
 近所の花屋の店頭がいつになく華やか。そうか、母の日だからだ。
 若いお父さんが男の子と女の子を連れて花を選んでいる。いい光景ですね。お母さんに内緒で買うんだね。信号待ちの間車内からそんな親子の様子を見る。
 花を選ぶ子どもたちの表情やお父さんの仕草。鉢植え持ち上げている店員さん。こんなことよくやった。母の日、父の日、誕生日。記念日に何かを用意する。当人には内緒で。そんなときの娘の表情が蘇る。
 何かいいものを見ると誰かに言いたくなる。この光景を言いたい。でもこれを言ったら母の日を強要してプレゼントを要求するみたいになるから言わない。絶対言わない,娘には。
 
 大学の入れ替え戦を見に行く。勝ちたいより勝たねばならないという緊迫感も、勝った喜びも共有できて、それだけでいい一日だったなとホクホクした気持ちで帰る時、運転席のチャーは運転しながらこちらの顔を覗き込んできた。「なに笑ってるの?」別に笑っているわけじゃないけど,いろいろ思い出していただけ。

 帰宅すると不在通知がポストに入っていた。もしかしたらこれは。そう娘からの母の日のプレゼントでした。
 ガーベラとバラをあしらったピンク系のブーケ。
 今日会った時何も言っていなかったじゃん。黙っていたんだ
 
 するとその時実家から電話がかかってきた。
 「プレゼントありがとう。素敵な色の服だね。」
 私も贈っておいて良かった。


田の水張り

2013-04-26 11:42:19 | 感動
 先週の土曜日、だから4月20日のこと。朝6時からバンの散歩でちょっと遠出した。国道を越え,里山を抜け,利根川の土手を目指す。土曜の早朝なので人気はないけど、農道を歩いていると前方に立ち話しているおじいさんが二人。そこに近づく頃に、話しを終えたおじいさんの一人は自転車にまたがりこちらに向かってきて脇で自転車を止めた。そし畦に降りて田んぼの水出しをした。ポンプの栓を開けたのだった。
 一面乾いた土が広がるここが、水をたたえた田園風景に変わる,その瞬間に遭遇したわけ。そしてあたりを見渡すと、あちこちで乾いた土の一部が水を吸い、濃い茶色に変わり始めている。身を乗り出してポンブを覗くと、水はドボドボと勢いよく吹き出している。土に吸われながらも少しずつ水の領域を広げている。下から地上に向かって噴き出す水の塊はまるで生き物のようで、水が泳いでいるように見える。噴き出す水の音に興味を持ったのか,それとも喉が渇いて水の臭いに引かれたのか、バンも一緒になって畦を覗き込み、更には田んぼに降り立ち噴き出す水に顔を突っ込んだ。踊るような水を捕まえようと水にむかって口をパクパクする。
 
 田んぼに水を入れる瞬間に出くわしたのは初めてのこと。ここ一面が水田となったその風景を知っている。田んぼは季節が進むとその風景を変え、いずれもその美しさを知っている。しかしこれまで水を張るという営みに思いを馳せたことはなかった。
 流山から野田に向かう道で、田んぼの奥に西の空が広がるその風景が好き。冬枯れの景色は特に好き。4月に入り茶色かった田んぼに緑が見え始め、冬枯れが去り行くのを惜しい気持ちでいたけど、昨日は一面水が張られさざ波をたて、キラキラ輝いていた。ここでも人の手によって水を出す営みがあったのですね。

ほしあい眼科で学んだこと

2013-03-16 09:50:15 | 感動
 病院はかなり環境よくなって,患者ならぬお客様の痒いところに手が届くようなサービスを提供するのが普通化してきている。患者であるこちらも、こんなに快適で良いのかと最初は感動していたけど、その待遇に慣れるとそれが当たり前になり、いまやこちらもお客様になっている。
 と、最近通っている眼科に行くたびそう思う。

 9時10分に到着し,ギリギリ1台分空いている駐車場に車を入れ、今日はいつもより混んでいるかもしれないと思いながら診察券を出すと、「今日は混んでいますから、1時間以上待ちますがよろしいですか?」と受付嬢に聞かれた。病院で1時間待つなんてことは当たり前。次の人には「1時間半待つけど」と時間が増えていたから,待つのは1時間~1時間半あたりなんだなと理解。こういうことを事前に言っておかないとなかには怒り出す人がいるのかもしれないね。これは病院側の危機回避なんだろうなと思う。
 待合室にはテレビが二つあり、別のチャンネルに合わせている。「お好きな方をご覧になってお待ち下さい。」ということ。先日のアルファカップの活動報告書を作りながら順番を待ち1時間ほどが過ぎた頃、背中合わせのソファのおじいさんに受付嬢が何か説明にやってきた。それは受付側の手違いで,待ち時間が延びてしまったとの説明と詫び。それを聞き、受付嬢が去ったあとおじいさんは急激に不機嫌になり、「もう5時間も待たされている」と付き添いのおばあちゃんに当たり散らし始めた。背中にいるから顔はみえないけど、射程距離に不機嫌な人がいるというのは嫌ですね。不快オーラに待合室が包まれ始めた。5時間待つなんて、おじいさんいったい何時にここ来たんや?と心で突っ込み入れる、恐らく皆が。
 先日行って全く相手にされなかった大学病院はとてもきれいだった。患者は番号で管理され、今何番の人を診察中で,自分はあと何人待てば良いのかが電光掲示板に表示されるのでわかる。そして診察室にいる先生がマイクで番号を使って患者を呼び出す。よくできたシステム。しかしこの眼科は、これだけ新しい工夫がちりばめられているのに、そういう掲示板はなく放送で患者を呼び出すこともない。患者を呼ぶ方法は原始的で、診察室のドアをあけピンクの白衣の看護士が名前を呼びに立つ。こういうところは古いやりかたのまま。
 患者が診察室に入退室する時、すなわち診察室のドアを開け閉めする時,先生や看護士の声がよく聞こえる。「○○さん、こんにちは。お待たせしてごめんなさいね。」と先生は明るく,元気よく声をかける。そして患者が診察室を出るときはきまって「がんばってね。」と言う。
 ようやく先のおじいさんの名前が呼ばれた。おじいさんはガンガンと床を踏み鳴らしながら診察室に向かう。ブツブツ何か言っている。その後先生とどんなやりとりしたのかはわからないけど,診察を終えそこから出てきたおじいさんは普通の人だった。不快オーラ張本人のくせに、自分が振りまいた不快空間に戻りながら何事もなかったかのように振る舞う。診察室を出るおじいさんのその背中に,先生も看護士も再度「お待たせしてごめんなさいね」と付け加えていた。
 2時間が過ぎただろうか。ピンクの看護士が診察の患者の名前を呼ぶと,待合室にはいない。すると先生が出てきた。「○○さーん。僕は顔がわかるから」と言いながら待合室を見渡す。そのまま先生が次の人の名を呼ぶ。どうしたものかその人もいない。そして次は自分だった。立て続けに3人の名前呼んだから直前にカルテ見ているとは思えないのに、先生は私の顔を見ると「痛み大丈夫だった?」といいながらそそくさと席に戻る。
 これだな、と思う。
 
 患者をお客様と言いながら体よく消費者として扱うのではなく、ここでは「人」と「人」の関係なんだな。
 ドアの向こうの待合室の不快オーラを感じた先生は自ら患者の名前を呼びに来てその場を和ます。しかもそれはテクニックでもなんでもなく、気持ちでとった行動なんでしょ。
 つくづくこの先生はすごい人だな、そして仕事楽しんでいるのだなと思った。

 先の大学病院のシステムは病院側のためにある。いかに合理的に患者を管理し効率良く診察をこなすか。あげくの果てには「この程度なら近所の医者に行って」と言ってろくに診察しないで患者を追い返す始末。大学病院で手術するようにと町医者に言われて行ったのに相手にしない大学病院。

 「近所のお医者さん正しかったね。手術してよかったよ。先生に手紙書いておくから持って行って」
 ここまでピタリと寄り添う。もうノックアウト。


記憶のひきだしを開く

2013-01-10 07:21:46 | 感動
 正月は双方の実家をはしごする。
 高齢者となった父母と生活をともにするひと時となるが、考えさせられること多々ある。そこから何を感じるか。

 正月のプチツアーとして義父を東京見物に誘った。これはチャーのかねてからの希望で、生家のあった街を父に見せてあげたい、そして自分も見たいということ。都内を車でサクサク移動するには正月はもってこい。
 父は以前住んでいた街を見ることにさほど関心がないようだった。しかし、「いやー、そんなとこ行ったって」と言いながら、老いては子に従えなのか,単純に出かけることが楽しみなのか、足取り軽く車に乗り込んだ。
 高速より下の道の方が空いている。父は車を運転しない。自転車で動き回る。高齢となった今は出歩く距離は限られ、車でほんの10分ほどの街並を懐かしそうにする。
 車はいよいよチャーの生家のあった下町に入る。工場用地だったところに大学が建ち全く知らない街に見えたのか、後部座席から父の様子を確認するが特段の反応はない。車は更に商店街や路地に入る。チャーは古そうな建物を見つけると、「あのクリーニングあった?」とか「この魚屋知ってる?」としきりに父の記憶を促そうとする。車がやっと1台通れる路地を回ると、生家があった場所に出た。そこは駐車場になっていた。すると父は、「ここに長屋があったんだよ。」と説明してくれた。
 路地から商店街を抜け表通りに出た時、正面に隅田川の堤防が見え、父の頭に地図が描けたのだろうか、先程通った大学前の道は以前からよく知る道であることがわかった様子だった。
 その後新橋に向かった。車を駐車場に入れ駅前を歩く。
 駅ロータリーに出たその時、「あの機関車、そのままだ」と父は強い言葉で言った。ゆっくり歩きながら新橋烏森口前にさしかかると、急に饒舌になった。サラリーマン時代の話しが吹き出してきた。会社帰りの一杯風の店に入りたかったけど,正月で開いているのは地下の小洒落た店しかなかった。そこで焼き鳥や酎ハイを注文する。
 食事しながら父は田舎での生活、上京してからのこと、サラリーマン時代のこと、そして母のこと。戦前戦後の激動を生きたドラマ。いろいろ語ってくれた。チャーすら初めて聞く話が多かった。
 店を出て、父の希望から烏森口と機関車前で記念撮影をする。

 人の記憶が蘇る瞬間。面影なくした街に、当時のままを残すものがたった一つあった。そこから開いた。ジワジワと。

 人が喜ぶ姿を見ると嬉しい。来てよかったという気持ちに満たされての帰路となった。

 それから数日後、別の視点を知ることとなった。
 娘は父のドラマから何かを得た。19歳が人生の示唆を得たのかもしれない。

 同じ時を共有し、何に心動くか。



幕が上がる

2012-12-24 22:30:30 | 感動
 連休は長野へ。
 朝家出る時、「これ先読んでいいよ」とチャーがホイッと渡してくれた本は、平田オリザさんの「幕が上がる」。演劇にかける高校生の青春小説。
 行きの東武線でパラパラめくる。スイングガールみたいな乗りかと読み始めるが、グイグイとその世界に引き込まれる。土曜の朝早い電車だから空いていたけど、本読んでいるうちに、気づいたらいつの間にか席はほぼ埋まっていた。そして途中の駅で、かろうじて一人座れる程度の空間に、無理矢理女性が座ってきた。本から目を外さないで、左に少し詰めて空間を作った。その女性は席に着くとすぐに、バッグから英語の本を出して読み始めた。英語かと認知したところで、再び自分の本の世界に入る。
 大宮で新幹線に乗り換え続きを読む。
 演劇部に没頭する高校生の話し。自分の高校時代が蘇る。今の高校生に思いを馳せる。こんな小説書いてみたいと思う。そうやって今と昔を行ったり来たりしながら読むこと1時間。上田に到着。
 夜温泉に入り、ジンワリと体の芯まで温まったので早々に布団に入った。湯冷めを避けるためでもあったけど、早く布団に入りたい理由があったから。
 布団で眠りに落ちるまで本を読む。これが至福の時間。本はなんでもいい。読みたいものが手元にないんだったら、JAF MATEや通販カタログでもいい。とにかく枕元で紙をめくる。眠くて、何度も同じ行をダブり読みしてしまうその時まで活字を追い、スタンド消す意識も薄れながら寝るその瞬間。これが最高!
 今、温泉で温まった体にその先を読みたい本が手元にある。布団読書の条件がこれほどまでに揃っているんだから、布団に一刻も早く潜り込みたい。
 ヘー、演劇部ってこうなんだとリアルな描写が続く。ストーリーに引き込まれながらも、こういうこと知らなきゃ書けないと思う「今」が相変わらず交錯する。
 しかし、布団読書は思いのほか長く続かなかった。長野は寒い。布団は電気敷布でぬくぬくだけど、室内の暖房用意しなかったので、手や肩が凍るように冷える。先を読み続けたい気持ちはあるものの、本を持つ手がコチコチになってしまい、続行を断念。外は暴風吹き荒れている。明日は雪だな。

 さて、帰路新幹線。えきネットで前日予約したチケットで通路側席を希望しておいた。とれたのはC席。3人がけの通路側。目指す席に行くと、窓側と中央には先客あり。若いカップル。B席の先客はそれまで空席に置いていた洋書を慌てて拾い上げた。
 上田駅で買ったジャスミンティーを一口飲み、アーモンドチョコボールを数個食べ、本の続きを読むことにした。周りは空席だらけなのに、狭い空間のここだけ3人ギッチリ座っている感じだなと思いながら本を読む。途中で空席に移動しようかなと思うけど、軽井沢で大勢乗ってきてそれなりに席が埋まった。そして車内販売がやってくると、隣の男性は「チョコ買おうかな」とポツリと独り言。
「アーモンドチョコボールと、トッポがあります。」「じゃ、トッポ下さい」
 車内販売の女性とのやりとりが丁寧で、感じがいい。その後トッポ食べながら洋書を読んでいた。
 
 この頃からストーリーは佳境に。
 こういう風に本読むときは、終わりが気になる。後どれだけあるのか。後どれだけ楽しめるのか。残り少なくなると、できるだけゆっくり読もうと思う。終わりの量が気になり始めた頃、大宮に到着。
 残りは今日の布団読書にとっておこうと思ったけど、東武線で座ることができたので、誘惑に勝てず続きを読むことになった。

 ストーリーはハプニングにさしかかる。そして思いがけない展開に。熱いものがこみ上げる。
 高校生の失望感が胸を一杯にする。そしてなぜか、バネ生に思いが馳せる。いまだに勉強を苦痛にしている子。明日からの冬期講習であの子のことなんとかしなければと思い、心がジンワリした時、電車は藤の牛島到着を告げる。あ、もうここなんだと本から目を離し顔を上げると、目の前に座っていたおじさんと目があった。そのおじさんはあわてて目をそらすその瞬間、ほんの一瞬だけど、こちらの目を覗き込んだ。
 あの時と同じ。

 小学3年生のとき、クラスの皆で図書館に行き好きな本を1冊借りて読むという時間。フランダースの犬を借りた。最後のシーンを読み終えた瞬間チャイムが鳴った。そして大きなため息をつきながら本をパタンと閉じると、目の前にいたマサシ君が「悲しいお話だったの?悲しそうな目している」と言った。
 
 今、目の前のおじさんが、同じこと言った、と感じた。
 

日本の技、東京駅!

2012-06-09 09:37:43 | 感動
 東京駅改修工事、5年の歳月を経ていよいよ完成とのニュースを見た。
 ただ当時を復元するというノスタルジーではなく、ここにはいろいろな価値が詰まっていることを知った。
 細部へのこだわり。そこに職人芸が生きる。日本の技が生きる。職人の経験が生きる。
 単なる駅舎改築ではなく、日本の良いものがギュッとつまってるんだなと感慨。昨晩の番組では,時計台の下のリポンの銅板への取り組みが紹介された。その道50年のベテランである職人さんの技だった。職人さんの高揚する表情を見て、いいなーと思った。
 そして思い出した。
 うちは一人の大工さんが建てた。家ってみんなでワーッとやってきて、ガンガン作るものだと思っていたから,棟上げ後は大工さんが一人で仕事していることを知り、とてもビックリした。お茶を用意しに訪れると、いつも無言で仕事していた。毎日足を運ぶうちに、少しずつ喋ってくれる様になってきた。そしてその作業について質問すると、細部へのこだわり部分の説明をしてくれたことがあった。
 この家,大事にしようと改めて思う。



日食を見る

2012-05-21 12:44:46 | 感動
 断水に続き、本日は金環日食、そして明日はスカイツリー開業と何かとネタ続きです。
 断水のその後とか昨日の大相撲千秋楽の話なんかも触れておきたい。でも今日は日食のみで。

 金環日食、見ました。
 欠け初めからテラスにコーヒーと本置いて、時々メガネで確認しながら。
 そしてあと10分程度でリング完成というその時、近隣の小中学生は登校しているし。メガネ手に持っている様子なく、普通に登校。なんで?学校で何も言われないの?ちょっと残念な光景。

 テレビの孫悟空で夏目雅子さん演じる三蔵法師が妖怪におそわれ最大ピンチとなったその時、太陽を消す呪文を唱えあたりは暗くなりみんなびっくりというシーンがあった。源平の合戦で、金環日食について知らなかった源氏はうろたえたという景色の変わりよう、このあたりを体感しておきたかった。

 確かにあたりは少し薄暗くなった。が、太陽見ること優先で、あたりを客観的に見ることはあまりできず。晴れてたけどちょっと雲出てきたねっていうくらいの変化だったと認識する。それも急に暗くなるというわけではないから、妖怪や源氏をびっくりさせるなんて、ないよね。そして小鳥が鳴きやむどころか、バンのえさ狙うスズメが屋根でビービー鳴いたあげく、テラスに人がいるのに気づき甲高い声上げて逃げていった。肝心のバンは、足下まとわりつく程度でまったく普通。さっき通り過ぎていった小中学生と同じ。
 近所の人見ていないの?って風なんだけど、世紀の瞬間には頭上のあちらこちらから「キャー」「ヒャー」って声が上がる。みんな二階で見ているんだ。うちのテレビで見ればいいのに、わざわざどこかに集まってみんなでテレビ見ながらサッカーの応援する時みたいに、共有する人がいれば感動は増幅するよねってことで、近くで見ていた人がいるという事実に気を良くして、即フェイスブックに書き込み。写真はうまく撮れなかったから、載せられず。

 じわりじわりと太陽が欠け、満ちていくのが肉眼でわかる。地球の動きを確認できて感動。

 そんなゆったりした時を過ごしていると、バンの悲鳴が。
 お腹痛いみたい。
 ちょっと重たい気持ち。