バネの風

千葉県野田市の「学習教室BANETバネ」の授業内容や、川上犬、ギャラリー輝の事、おもしろい日常を綴ります。

バネ、新入生を迎える

2016-03-26 12:26:57 | バネ
明日からの春期講習を前に三者面談をやった。
三者って、生徒、保護者、先生ではなく、保護者2名と私。

この子は小1からバネに通っている。
バネ生の甥っ子にあたるので、2代目バネ生。

以前バネには小学1年生がたくさんいたが、一学年に生徒が固まったのでクラス駒割上その前後の学年が募集できなかった。そうして小学生の募集制限しているうちに、学年があき、ここしばらくは低学年のクラスは作らないでいた。
低学年を引き受けていないのに、1年生の入塾希望。「どうしてもお願いしたい」と言われたので、お互い無理だったらいつでもやめましょうと言いながら始め、結局3年間続いた。

3年前、脱ゆとりで1年生なのに入学1週間後には午後まで授業があり、それなのに週2回バネに通う。この子にとってはとてもハードだったことでしょう。最初は居眠りしたり、ぐずったり。そんなときは「寝たければ寝ていいよ」と言い、その寝姿や「イーッダ」って口を広げた顔をスケッチした。その子が今は自学できるようになっている。特に3年生の後半になって思考力が高まり、学習が落ち着いてきた。ここまで成長したので、これからは徹底的にご家庭で褒めてほしいと伝えたくて面談した。スケッチを見せながら。



面談を終え少しほっとしていると、新6年生のお母さんから入塾問い合わせがあった。
「曜日はいつですか?」
回数も時間も、曜日も決まっていません。クラスや生徒の状況で決めるのです。
電話口から「??」の様子が伝わってくる。
部活や習い事の関係で小学生の時間に中学生が来たり、時間をずらしたり。そんな生徒さん個々の状況に応じて駒を埋めていく。

そういえば、去年卒業した子の弟君、入りたいって言ってたな。こちらの駒割りも早いうちに相談しておきたい。

新しい子が来る新学期は緊張すると同時にワクワクする。どんな子なのか、どんな授業になるのか。
先日から加わった新人君はバドミントンでよく知っている子。でも、案の定、体育館にいる時とと教室の時で様子は異なる。友達が多い体育館の時と、先生と個々に対面する教室との顔の違い。その違いがおもしろいしこっちが素なんだろうなと思う。

自分が小学生の時、塾はなく唯一近所にそろばん教室があったのみ。だからみんなこぞってそのそろばん教室に通った。放課後のたまり場のように。そこに行くと学年ごちゃ混ぜになるから学校とはまた違う人間関係ができ、それはそれで楽しかった。検定を目指すというそれなりの教育モチベーションもキープできて良かった。
日頃はおしゃべりするけれど、検定前になると教室内緊張感が走った。子どもの多い時代だったからか、室内はいつも混雑していた。
今、あの時の先生役を自分がやっているんだな。

形に残さないと認められない

2016-03-26 11:25:52 | NPO法人アルファバドミントンネットワーク
変則的な3月授業を終え、明日から春期講習がスタートする。
明日って、それは日曜日。日曜に授業を組むのは初めてだけど、曜日に関係なく日数詰め込んだ結果、それが日曜だったという感じ。

春期講習前にやり終えることがある。
NPOのニューズレター発送や、新年度のイベント準備。
そしてなにより、締め切りが迫っている子ども夢基金活動報告書作成。アルファクラブ1年間の活動報告書を仕上げ、電子申請と必要資料を簡易書留にて発送すること。

この報告書を初めて仕上げる時は四苦八苦だった。何度も担当者に電話で確認しながら提出しても、その後のチェックで訂正、再提出を重ねた。しかし2年度目の今年度はいずれの活動も終了から1週間以内に報告書が提出でき、どれもノーミスで通すことができた。
とはいえ、今年度最終に提出するのは1年間38回に及ぶ活動の報告書。チョロッと1日や2日間のイベントについて報告するっていうわけにはいかない。

前日朝から始め、文字通り飲まず食わずで書類と格闘。外が暗くなった頃、選抜で山形に行っているチャーから「何してる?」って電話があり、そこで初めて夜になっていることに気づき、この日はこれにて終了。
そして翌日となる昨日はバンの点滴やり終え、さて作業に。

昼過ぎには完了し、まあまあのできかな。
こういうことってその場で、毎回活動終了後にすぐにやっておけば最後に苦労しないのに。電子申請画面にその都度入力しておく。これだけで相当作業が軽減できる。次年度こそは絶対そうする!

NPOは人に対する活動なのに、パソコンに向かう時間が多い。
何でも紙ベースで形に残さないと結果を残したことにならないから、何をやっても最後はパソコン作業となる。
先日終了した「モルディブ共和国バドミントン協会女子ジュニア選手支援育成事業」では、活動終了後に記録書を作成した。この記録書はイベントの後始末のつもりで作り始めた。何かを形に残さないと感動も思い出も薄れてしまうし、祭りが終わった後の寂しさを皆で味わい次にスタートする弾みにしたいと。そんな「思い」を形にするのは、パソコン。ずーっと座りっぱなしの作業。
絵や彫刻で形に残す、そんな仕事に没頭したいのに。

明日からは春期講習だ。
パソコンから離れ人と対面する時間が増えるぞ。

犬の気持ち

2016-03-25 12:44:56 | 川上犬
世代なのか、介護が急速に身近になってきた。
そんな中16歳を迎えたばかりのバンが急速に弱ってきて、こちらも介護に突入。
ものが食べられない。正確には食べるけど腸に降りていかない。食べても全く消化しない状態で吐き戻すことの繰り返し。
こうやって1ヶ月半が過ぎ、ついに今日から自宅で点滴をすることになった。

検査しても原因がわからないから対処方法は延命の点滴のみ。
春が来れば元気になるかもしれない、一縷の望みをかける日々。

毎日同じ時間に行くと、同じ人が同じように点滴に通っている。うちは15歳でもう1年通っているという猫を抱いた女性。その方曰く、最近はものが食べられるようになってきたとのこと。先生に「家で点滴やってみる?」と言われたけど、怖くてできないから毎日通っていると。ふー、そうなんだ。これは長丁場になるかもしれないな。

バンが具合悪くて介護状態だというと、実はうちもそうだったと高齢ペット介護経験飼い主が周りに多いこと、多いこと。身に降りかかってわかることって多いね。

犬の点滴は人間のように血管に入れるのではなく、肩甲骨の間の皮膚をつまみ皮下に流し込む。200ミリリットルが5分程度で入り、前足の付け根あたりに水の袋ができる。

「家で点滴やってみない?」と言われ、ついにこの日がきたかと思いながら、その日の先生の点滴のやり方をつぶさに見て覚えた。そして翌日は、針を刺す部分の毛をバリカンで剃ってもらい、実際に自分でやってみて、これならいけそうだということで点滴パックを受け取って帰ってきた。

さて、やるぞ。
まずバンを玄関前に出す。
点滴パックを電子レンジで人肌に温める。
点滴をクリスマスリースや正月飾りを吊す玄関フックにかける。
お医者さんが用意してくれたアルコール綿で、バリカンはげ部分を拭く、
針カバーを抜く。
針を刺す。(大丈夫、痛がらない)
バンが動かないように押さえて5分待つ。

とここまでは医者でいつも見ている一連流れであり、昨日医者で練習したとおり。
しかし、この後が違った。
バンがもぞもぞする。
ブルブルしそうになる。
手を離すとどこかに行きそうになる。
あと100ミリリットル、あと50、がんばれ!と声かけながらバンを押さえ、180くらい落ちたあたりでバンの落ち着かない感じにこれ以上は無理と思い、針を抜きバンを離すと。

一歩、一歩ふらつきながらしか歩けないはずのバンが、すたすたと小走りに庭の奥に行き、一気に吐き戻した。ここ3日分胃袋にあったものを、ドバーッと。
そして吐ききるとバタンと力尽きるように倒れた。

犬の気持ち。
今ここで吐いてはいけない、などと気を遣ったのですね。

砂丘を登る

2016-03-20 13:49:15 | 旅行
先日バネの床を張り替えた。
鳥取から夕刻帰宅し、病院に預けていたバンを引き取りに行き、荷物を広げ、家にたまったゴミを片付け、など慌ただしくこなした翌朝、卒業生のTさん率いる職人さんと大工さんがドーッとやってきた。
まず今の絨毯をはがず。この作業が大変。布部分のラバー下敷きがボンドで床板にベッタリついている。それを皆でコシコシと削り、新しいコンパネを乗せ、絨毯を張る。荷物どかしながら教室半分ずつやるので、同じ作業を2セット繰り返した。繰り返したって、最初は自分もコシコシ手伝ったけど、途中からは完全にお任せ。

これまで明るいグレーだった絨毯を、せっかく張り替えるのだから色を変えようということで、サンドベージュにした。すると。なんだかコルク床に見える。そして先日登ってきた鳥取砂丘に見える。

砂丘を登る。
市街地から砂丘を目指した。
最初の小さな駐車場に車を置き、はやる気持ちを抑えながらフェンスの向こう側まで砂に足をとられながら歩いて行くと。確かにそこは砂浜だけど、これと言って何もない。誰もいない。遙か遠くにドライブインやら、ごまのように点々と黒い粒が付いた砂の丘面が見える。前を歩いていた山陰なまりの2人組は、なにやら「残念な景色だ」とか言いながら引き返すから、自分も残念に思いながら車に戻り駐車場の案内板を見ると、この先に見えたドライブインのあたりが観光ポイントであるということがわかった。

砂丘観光地帯に踏み込むと、そこにはラクダがいた。観光撮影用と乗車(ラクダ)用。勝手にラクダの写真を撮ると怒られると聞いていたし、なにより先ほど遙か彼方に見えた砂丘面の黒い点々は黙々と登る観光客達だったことがリアルに確認でき、気がそぞろになりラクダ撮影はスルー。点々と人が這いつくばる砂丘面とラクダをバックに自撮りして、ラクダの一件はよしということで。
さて、ここまで来たら登るでしょう。靴がそれ用じゃなかろうが、寒風吹きすさぼうが、登るでしょう。砂に足を取られながら、前の人が踏み固めた部分を探しながらザクザク進む。こうやって登る人の中に紛れると、自分も点々になっているのだなと思い、それはそれで楽しい気分になってきた。点々で驚いたのは、杖を付く高齢者も家族に引っ張ってもらいながら登っていたこと。みなあちらこちらで口々に「がんばれ」などと家族や仲間と励まし合いながら登るけど、こちらは一人なのでとにかく黙々、グイグイ登るからどんどん他の人を追い越し砂丘頂点に、登りはじめの印象より楽に到達。
こうして到着したてっぺん、そこに何があるのか。そこから向こうに何が見えるのか。
頂上から見下ろすのは普通の砂浜で、冷たそうな日本海の白波が浜に打ち付けている光景が続いているだけ。
「ありがたや」なんて手を合わせる人がいるわけじゃないし、一人だし何もやることも、しゃべることもないから、もう一度今登ってきた砂面をバックに自撮りして、登った労をあっさり捨てるように砂丘を降りた。どうやらグループで来ている人もほぼ同じ行動をとっているようで、頂上まで行って砂丘の向こう側を確認して、多少おしゃべりはするものの、まるできびすを返すように降りてくる。老いも若きも黙々と砂丘を登り降りてくる。ただそれだけのことなのに何とも言えぬ満足感に満たされるのでした。

教室の床張り替えで本棚を動かしたので本を整理していると、娘が幼児の頃何度も読み聞かせした絵本「こんとあき」が出てきた。ぱらぱらめくると。
そこに広がるのは、あの砂丘の景色。登った斜面の形、頂上から見える海岸、まさにあの景色。なにかじゅわーっとした思いがこみ上げる。


ボランティアとは

2016-03-15 19:34:38 | NPO法人アルファバドミントンネットワーク
あ、そうだ、久しぶりにブログ更新しようと思うが、これだけ空けるとまずログインに手間取る。あーでもない、こーでもないとやっているうちに、リビングに置いてきたバンが心配だからまた今度にしようと思う。が、なんとかログインできたのでモルディブの滞在記を、今更ほじくり出すように続きを書きます。

どんなことも準備が大変で、楽しい。
ナビ、ナバがこうすれば喜ぶかもしれないとみんなで打ち合わせした日々。
ムスリムの彼女たちを歓待するための食事学習会を開いたり、生活習慣への対応について話し合う際、最初は「郷に入れば郷に従えでいいんじゃないの?」という意見は少なからず出た。日本に来るんだから日本に合わせれば良いでしょ、と。しかし、親元を離れ寒い日本にやって来る彼女たちのことを思いながら準備するうちに、誰もが「彼女たちのためにできるだけのことをしてあげたい」と考え始めるのでした。そんな空気に包まれるから、みんなまさに「喜んで」(avec plaisir =volontiers )の思いになっていったのでしょう。
そうして彼女たちの衣服を用意しているとき、保護者会のOさんが、彼女達が成田空港ですぐに使えるようにとマフラーともこもこソックスと手袋を用意した。双子だからと同じ柄の色違いで。さらには寄付で集まった滞在中の衣服を二人分より分け、これも柄をそろえ、色分けするという気配り。

東京マラソンの沿道ボランティアしかり。

この企画を立ち上げた時に、どのようにホームステイ先確保の方法を関係機関に相談した。その専門機関の担当者から、1泊ならなんとかなるけど、2週間もそれも2人一緒にステイできる家を探すのは無理だと断言されていた。もしそんなところが「おたく達団体で見つかるならすごいことですよ」と言われていただけに、今回のホームステイの実現は「すごい!」ことなんです。

さらに、
ホストファミリーの一人が見送りの空港でこうつぶやいたのが印象的。
「もっと何かできたかもしれない」

人の気持ちについてしみじみしたところで、子ども達の顔を思い浮かべながら明日のアルファクラブ最終回準備にとりかかります。