ミーハーだけど、JINに夢中になり、最終回を迎えた昨晩。「最後どうなるか教えましょうか?」なんてコミックの内容をしゃべろうとするバネ中学生に、言うでない!とどんな授業の時より力を込めてまでして迎えた最終回。ドラマは残り30分で核心に急降下していく。そして最後に南方先生が手紙を読むシーンで、ふわりと着地。多少ん?を残しながらも画面は無情にもエンディング。わかったようなわからないような。娘は「わからないの?」って言うけど、わかるんだけど、なんかしっくりこない。しかし時間が経つと、ジワジワといろんなモノが見えてきて、そうだよなー、そうか、そうだったんだといろいろなモノがはっきりしてきて、今はすっきり。
絵は線をあえて見せない。見える物をはっきり見せないで、そこにあるものを見る人の想像に任せる。だから写実的な作品は一見してモノがわかるだけに、すぐ飽きてしまうと言われるのですがね。
1晩たってドラマの内容を反芻して見えてきた。しかしこの場合問題なのは、ドラマを録画したわけじゃないから、1度限りの視聴の記憶をたどるのみ。大事なシーンにトイレ行っていたかもしれないし、電話がかかってきて欠落している部分があるかもしれない。何よりもっとも懸念するのは、前編からの内容を全て記憶できているわけではないだろうってこと。最近は忘却のタイミングが速くなってきている。買った服忘れて、同じようなの買ってしまうくらいだから、自分は作者が仕掛けた部分の数割にしか気づいていないような気がする。また記憶を呼び起こすのに少々時間がかかるから、娘みたいにエンディング時に「あー、そうだったのかー」とはならないのですよ。
絵は線をあえて見せない。見える物をはっきり見せないで、そこにあるものを見る人の想像に任せる。だから写実的な作品は一見してモノがわかるだけに、すぐ飽きてしまうと言われるのですがね。
1晩たってドラマの内容を反芻して見えてきた。しかしこの場合問題なのは、ドラマを録画したわけじゃないから、1度限りの視聴の記憶をたどるのみ。大事なシーンにトイレ行っていたかもしれないし、電話がかかってきて欠落している部分があるかもしれない。何よりもっとも懸念するのは、前編からの内容を全て記憶できているわけではないだろうってこと。最近は忘却のタイミングが速くなってきている。買った服忘れて、同じようなの買ってしまうくらいだから、自分は作者が仕掛けた部分の数割にしか気づいていないような気がする。また記憶を呼び起こすのに少々時間がかかるから、娘みたいにエンディング時に「あー、そうだったのかー」とはならないのですよ。