金素雲は,自伝『天の涯に生くるとも』以外にたくさんの随筆を発表したようですが,今はどれも入手が難しい。
幸い,鄭大均『日本(イルボン)のイメージ』(中公新書,1998)の中に,相当部分が引用紹介されているので,そこからいくつかを再引用します。
私の生まれた牧の島(絶影島)と釜山の市街とは,いまは開閉式の鉄橋になっているが当時は八トンのポンポン蒸気が往復しながら人を運んでいた。
ある日,その渡船の中で,私の前に腰掛けていた朝鮮の青年が一人(島でも指折りの知識人であるが――),靴履きのまま片脚を膝へのせたという理由で,同じ牧の島の米常商店という米屋の十八,九になる日本人の小僧から,
「キタナイじゃないか,バカヤロー!」
といいざま,下駄履きの足で蹴りつけられるという侮辱を受けた。
瞬間,真っ白なツルマキ(周衣)を着たその青年が,米常の小僧をつまみ上げて海に投げ込むものとばかり思ったが,それは物心づかぬ,まだ七つ八つの子供の計算で,当の青年はもとより,渡船に乗り合わせた朝鮮人の誰一人,この無法者を制裁する者がない。当人は憤りに顔を真っ赤にほてらしながらも黙ってうつむき,同船の白衣族は顔をそむけてあらぬ方へ目をやっている。面をまっすぐに向けているのは,乗り合わせた四,五人の日本人だけである。
米常の小僧を私は憎んだが,それにもまして私は同族のその不甲斐なさ,意気地なさを憎んだ。
「大きくなったら,真っ先に憤る者になろう」
――その日,小さい胸に刻まれたこの誓いは五十を目の前にした今日只今まで少しも変わるところがない。殺人強盗はゆるせても傲慢無礼はゆるせない――生きてゆく上に厄介千万な私のこの性格,損な気質は,根をたずねれば四十年前のある日,米常商店の小僧君から授かったものだ。
(金素雲『こころの壁』サイマル出版会1981年/鄭大均『日本(イルボン)のイメージ』より再引用)
〈関連記事〉
金素雲①~タイカンミンコク
金素雲②~種痘としての親日派
金素雲③~鉄甚平『三韓昔がたり』
祖国(くに)ことばもてあらわせぬ
辞書の話~高麗書林『現代韓日辞典』
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寸借詐欺
無銭飲食
結婚詐欺
・・・・
私の記憶には芳しからぬものばかりであります。
このての【生活!破綻者】は、世の中には結構いるものですが。
当人の才能は別にして、家族・親戚・友人には迷惑千万な奴であり、係りたくない存在でありましょう。
当人は己惚れだけは人一倍強いが、勤労意欲皆無で従って生活能力零。
只管、己の困窮の原因を、他者に転嫁するのが常套手段であり、あとは、幼児同様に泣き喚くのみ。
なにやら、【両班の境涯】とはこんなものだったのでしょうか。
犬鍋さん引用の『渡船』の件は、素雲特有のスリカエ・マヤカシでしょう、作り話の臭いもあります。
件のインテリ朝鮮人は、公共の乗り物に乗る時の最低限の作法・マナーを知らなかったのか(だとすれば全く社会的訓練零の単なる銀流しの野蛮人、まさにバカヤロー)、知っていても己は許されて当然思ったのか(だとすれば、傲岸不遜の礼儀知らずの大バカヤロー)なのでしょう。
【反日抵抗詩人】誕生秘話は欺瞞?
全文諺文の『朝鮮民謡選』を蒐集した異常な才能は、朝鮮人にとっては、敬すべきものがあるのかも知れませんが、詐欺師特有の巧妙な作り話の名手という側面も併せもっていたのではないでしょうか。鵜呑みには出来ません。
戦後、無銭飲食で逮捕した日本の警察官が、金素雲に『名を惜しめ』と言ったといいます。
日本の文化勲章授章要件に照らせば、不適です。
芸術家にありがちな放縦さがあったのかもしれません。
何で読んだか,金素雲の別の息子が殺人を犯した(ただし,素雲の死後)そうです。
死後にして,人生いろいろです。