コトバヲツグムモノ

「口を噤む」のか「言葉を紡ぐ」のか…さてどちらの転がっていくのか、リスタートしてみましょう。

地域若者サポーター養成講座 第5回 -2

2008-11-18 00:05:10 | コミュニケーションワーク

今回の講義には二つの柱があり、ひとつは前回話題にしたアンケートを基にした、実際の来談者がどのような状態で来るのかの実態。
もうひとつが「援助の手法」としての「カウンセリング」の話

私自身、数年にわたってカウンセリングに触れてきているが、その多くはミニカンやエンカウンターに参加しての実践と、ロジャース氏の論文を通じての専門用語よりの学習で、分かりやすい言葉でカウンセリングで体感していることを伝えるのは難しいと感じていた。
それを今回の講義では、とても分かりやすくまとめてくださり、その”大事”な部分を伝えてくださった。
もちろん、その後の実践を通じて参加者はその言葉の意味を体験していくのだが。

まずはタイトルとして「カウンセリング(傾聴)の基礎」として、そのサブタイトルに「その方の言い分を聴くこと」としてある。
「その方」というのはもちろん来談者であるし、何かを施したり対策したりではなく「言い分を聴く」ということが「来談者中心主義」を現してくれている。

ついで「カウンセリングとは」ということで、巷にあふれている「カウンセリング」(対面販売、聞き取り調査)という言葉と、これからここで進められる「カウンセリング」の違いを教えていただき、本題に入っていく。

まずは話しての状態について

 話しているときは、自分の想いを表す言葉を探しながら話している。
 話しているときは、自分の声を聞きながら、言い過ぎかな、などと吟味しながら話している。
 話しているとき、聞いてくれている人の反応を見ながら、聞いてくれそうな表現を探しながら、話している。
 話しているとき、言うのをやめようかな…とも思っている。

これは私もミニカンの実践などで徐々に感じるようになってきたところで、言葉にでているものの裏にある思いは当然あるし、そういうものは行間というか、沈黙の時に”動いている”ものとして出て来るように思う。
もちろん、表に出ないところで動いているので、それを探る必要もないし、無理に引き出すのも当然良くない。
ただ、表の言葉だけでなく、こういう動きがあるよってことを知っているのと知らないのではずいぶん違うと思う。

さらに続けて

 カウンセリングでは理解することに力点が置かれます。
 基本にして、最強の援助法はよく「聴く」ことです。そしてこれを実現するには、「聴いてもらっている」と話し手に判るように示す事が必要です。

と教えてくださいます。
今でこそ、私も当たり前のように思っていますが、私自身以前は「理解」よりも「対策」が必要だと思っていましたし、何かアドバイスすることが援助だと思っていましたから。
ただ、この「聴いてもらっている」と話し手に判るというのはとても難しいことです。

そこで、「傾聴スキル」に話が移ります。

 うなづき
 あいづち
 同じ言葉の繰り返し(感情を表す言葉・直前に発せられた言葉)

このことは、私は実践の中で相手の方の態度や様子を真似することから覚えていきました。
それを改めて「スキル」ということでまとめていただくと、「やっぱりそうだよなぁ」とうなづけます。

このあと、3人組で実践するのですが、やはりなれない方には難しいものがあるようですね。
「話し手を大事にして、聞き手は言葉を挟まない」ということだけでも、何度も実践しないとね。
この実践の話はまた別の項にしましょうか。


最近ではカウンセリングの流れもいろいろあるようですし、支持的・操作的なものも必要な場合があるようです。
しかし、私の周りではとにかく「聴く」ということを実践して見せてくださる先達がいっぱい居られますし、その大事さを教えてくださいます。
それが、今回違う場所でも同じように教えてもらったことで、とても私の中にある芯を太くしてもらった気がします。

今回の養成講座の流れの中で、時間的制約やゴールを目指すことが重視されるのだったら、その活動と私の目指すものにちょっと違和感が残るかと思っていたのですが、実際に現場のカウンセラーさんが大事にされているところは私の思いと離れたものではないことが判り、ホッとした感じがあります。

足元の再確認をさせてもらえましたね。
今週は、真カ研の勉強会もあるので、ちょっといい感じの気持ちで臨めそうです。