コトバヲツグムモノ

「口を噤む」のか「言葉を紡ぐ」のか…さてどちらの転がっていくのか、リスタートしてみましょう。

真カ研 月例会 4月 (関わりの振り返り)

2009-04-16 23:51:45 | 真宗カウンセリング

昨晩は真カ研の月例会でした。
4月は総会、じつは総会は初めての参加です。

例によって後れていった私、ちょうど最後の方がチェックインをしていたので、その方が終わるといきなり自分。
あまり気持ちが落ち着かないまま、その日の出来事を通して感じているところと、真宗カウンセリングとのご縁を話しました。
初めてお会いする方も居られたので、「どういういきさつで」という話になったんだと思います。

総会自体は、昨年度のプログラムを追いながらの報告と今年度の予定の確認となっていきます。
ただの連絡会ではなく、ところどころで世話役の方の思いや、それに触発されての様々な話になっていくところが良く、ひとつのエンカウンターとして入り込んでいく感じがあります。


チェックインのときに話をしながら、私の真宗カウンセリングとの関わりを思い返すことがありました。
もしかしたら、今までいろんなところに書いたり、話したりしてきたことと変わらないかもしれませんが、昨晩の時点の「今の私」が感じていたことです。

私は、具体的に真宗に触れたのが華光会に参加してからですが、華光会の法座にはすでに「カウンセリング」を学ばれ、実践されている先生方が居られました。
いや、単に学ばれていただけではなく、「真宗カウンセリング」を立ち上げ、研鑽していかれた先生方なのですから、当たり前のように参加していた法座が「真宗カウンセリング」に触れさせてもらっていたことになります。
ただ、その時点ではカウンセリングということに関心もなく(自分のことで精一杯でしたし)自分では一線を画していたつもりです。

その後、法座の中にカウンセリングのワークを取り入れた物に何度か触れることもありましたが、感覚的に体感しただけです。
逆にカウンセリングのイベントにも参加しましたが、それはワークではなくあくまでイベントでしかありません。

次第に、私の周りの若者たちが積極的にカウンセリングを学びだすに至って、出遅れた感を持ち出し、逆に「自分は法座の立ち位置」と思い込み、カウンセリングと相反しているように思っていた時期もあります。

しかし、そういう意識とは裏腹に、先生方や先達方の背中を見ているうちに、カウンセリングと深く関わってきていることになっていました。
本人は全然気づいていませんが。

やがて、西光先生が逝去され、松岡先生が会長に就任されたのを機に、一歩踏み込んでみようという気持ちが出てきました。
そしてまずは研究会会員になることからはじめ、ミニカンやエンカウンターグループの研修会に参加することで、意識的にカウンセリングのことを考え、また体感的にカウンセリングを味わっていくことになります。
そこにいたって初めて、いままでずっと育てられていたということが判りだしました。

しっかりと体感し、経験していくにつれて、その奥深さが知れることになりますし、月例会で学習(一番苦手な分野です)することで、自分が育てられていたものの正体に触れていくことになります。

そして、昨年のワークショップの世話役に続き、今年のワークショップや研修会の世話役、事務局の手伝いと、気がつけばどっぷりと浸かっています。

何かを目標に積極的に関わっているのかというと、そうではない感じです。
”流れに乗っている”というのが一番近い感じですね。
今までも、知らず知らずに育ててもらい、これからも流れに任せて出来ることをしていく。
とても私らしいと思います。

思い返せば、いくつものターニングポイントとなる出逢いがありました。
強く勧めてくれる人もいましたし、反発することで逆に関心を持たせてくれた人もいました。
それらすべてが関わりとなって、作られた流れの中にいます。

年々、体調などの不安要素が増えてきますが、まぁ、いけるところまで。
まずは、5月からミニカンの連続研修会が始まります。
平日夜、10週連続なんで、会場の京都近郊の方でないと難しいかもしれませんが、ぜひご参加ください。

ミニカン研修会案内

その後、7月の京都のワークショップ、8月の金沢のワークショップと続きます。

自分の力では、とてもこんなムーブメントは起こせませんね。
ほんと、乗っけてもらって大きな得をしています。