ちょっと我が身の周辺で揉め事が起こった。
その出来事の内容を書くつもりはないし、ヒントになるようなことも書かないが、その出来事をめぐる周辺の動きでいろいろ感じることがある。
揉め事はひとりでは出来ないので、最低1対の当事者がいる。
最初からその場面に遭遇していれば事実を知ることも出来るだろうが、たいていは後から話を聞くことになる。
それもどちらか一方の視点の話だ。
そこに嘘や誤解も含まれることが多いとは思うが、発信者は嘘をつこうとも間違った情報を流そうとも思っていないんだろう(そういう場合もないとはいえないが)
だれでも、自分の考えを最初から”否定される”ために発信することはない。
話し相手に味方になってほしいから話するのだと思う。
そうするとそこに”自分に有利”言い回しになる。
さらには思い込みや願望も加わる。
それが今度は回りまわって相手の耳に入ると、その思い込みや願望が”嘘”をついていると映る。
「むこうは嘘をついている」ということが発信されると、今度は最初の事実まで”嘘”と第三者に伝わってしまう。
これでは話はこじれるだけで、”相手が悪い”という感情論が先頭に立って、最初の出来事どころじゃなくなってくる。
ネットなんかで”炎上”といわれるのもこういう流れだろう。
また、その周辺の出来事というのは、当事者がいないところでも起こる。
いわゆる”噂話”だ。
もちろん、何もないところに噂は生まれないので、なんらかの”タネ”があるのはある。
しかし、そのことの中身を”想像”し”創造”し、第三者が発信する。
それを聴いた別の人は、その”想像・創造”が事実だと思い、さらに”感想”を交えて別の人に伝わっていく。
しまいにはその”感想”も事実憎みこまれてしまう。
噂の攻撃対象になる人には、少なくともひとりにはそう誤解されるだけの普段の言動があるのかも知れない。
しかし、その対象の人が今回はまったく被害者であっても「普段ああだから、こっちの人が原因じゃないの」と噂されてしまう。
事情により、当事者が口をつぐんでいるときほど、周りの噂は”事実”にされてしまう。
タイミングを逃すと、本来の弁明であっても「本当かしら」といぶかしむ目で見られてしまう。
こうやって、気楽な第三者が「傷つけている」ことがあることを忘れないでほしい。
セカンドレイプってのは、結構身の回りでおこっているのだ。
想像・思い込みは、してしまうのだから仕方ない。
それを責めようとは思わない。
だからせめて、「これは私が想像してるんだけど」と話の責任を自分で負ってほしい。
問題解決は、ちゃんと当事者がするのだから、回りのものが想像で判決を下す必要はない。
以前も似たようなことを書いてるのでよければこちらも…