★☆ 愛しき時間(とき) ☆★

2007年に乳がんと肺がんを克復しました。
現在 ACTH単独欠損症(特定疾患)、糖尿病の闘病中です☆

** 乳癌 ** (その1・乳癌の告知 )

2005年12月10日 | 乳がん

☆★1997年の日記から・・・★☆

これから何回かにかけて、
当時の日記をブログに書き綴っていこうと思います。

【1997年4月23日・水】
3、4日前から右乳病のしこりが気になり、
今日は近くのクリニックで診てもらった。(エコー検査)

専門の乳腺外科で再検査をするようにと、紹介状を書いてもらう。

紹介状の病名は
「右乳腺腫瘤」(2、2×1、6×0、8cm)
「内部エコー不整、血栓クリア、可動性あり」
・・・と、書いてあった。

大きさのことは理解できるが、後のことはわからない。
25日に再検査に行く予定。 
すごくドキドキしてきた。

【1997年4月25日・金】
今日は、予定どおり紹介状をもって、N乳腺外科に行った。
そこで再び、エコーとマンモグラフィの検査をして、
10分くらい待たされた後、
「貴方が心配していたように、やはり乳癌ですね・・・」と、

いとも簡単に、私は乳癌の告知をうけた。

「エーッ、本当ですか?」と、私は先生に何回もたずねた。

「今のはまちがいですよ」と先生に言ってほしかった。
でも、そんなことを言ってもらえるはずがない。

私が茫然としていたら、先生が、

「待合室で何分も泣いて帰られる方も多いですから、
ゆっくり休んで帰ってくださいね」
と。

私にとって、そんな言葉は耳に入らなかった。

どうでもいいことだから・・・。

どんな言葉より、「乳癌」という言葉を取り消してほしかった。

「手術の必要がありますが、
大きな病院のどこにされますか?紹介状を書きますから・・・」 

○○病院、○○病院、○○病院と、選択肢を言ってくださった。

「兄が医者なので相談して、お電話します・・・」そういい残して、
クリニックを出た。

クリニックを出て、まず家族に電話をした。
妹が電話の向こうで泣いている・・・。
私は、「残された時間を、大切に生きるから大丈夫よ」と、慰めた。

先生の前でも泣かなかった私が、
そう言いながら、
崩れるように泣いた。

「乳房がなくなるの?」
「癌なの?」
「ほんとに癌なの?」


頭の中が真っ白になった状態で、
どのように家にたどりついたのかわからない・・・。

気がついたら、
家のソファーに座り込んで、泣いていた・・・

これからどうすればいいのだろう?
どのように乗り越えればいいのだろう?


☆★ー☆★ー☆★ー☆★ー☆★ー☆★


この日から、私の「癌」との闘いが始まりました。

8年前の日記を読み返しながら、
今、またあの日のことが鮮明によみがえってきます。

私は、一人で病院に行き、一人で告知を受けました。

これ以上つらいことはないと思うので、
     それ以来、私は少しだけ強くなったかな?


そして、たくさんの人に支えていただきながら、
8年間生きることができました・・・

今、癌で苦しんでいる方も、
希望をもって頑張ってほしいと思います・・・

 



Comments (8)
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