【突発性難聴☆闘病記録】(76)
★2008年6月30日(月)★
<治療中止6日目>
今日も微熱があり、
すっきりしない体調だった。
日中は、37度足らずだったが、
夕方から変だな・・・と思って検温したら、
また、37.5度まで上がっていた。
熱は個人差があり、
その人の平熱によっても感じ方が変わってくる。
昨日、救急外来でH病院を受診したとき、
私が『肺炎』を心配したら、
当直の若い医師は、
「一日の間で、30分おきに検温すると、
健康な人でも、36度~37度位の誤差はあります。
臨床学的には、~37.5度までを微熱とし、
37.5度~38.5度が中程度の発熱で、
38.5度以上が高熱となります。
貴女の場合、今、37.6度なので、
今のところ『肺炎』の心配はありませんよ。
肺炎は、高熱が出ますから・・・」
そう説明をされた。
その時は、「肺炎」の可能性がないことが余程嬉しかったのか、
すごく安心した。
その反面、「体がだるい」って訴えているのだから、
体温だけで判断するのはおかしいのでは?とも思った。
個人差があるのだから、
杓子定規に言えないものがあると思う。
私は、今まで、いろいろな病気で入退院を繰り返し、
通院もしているけれど、
「熱」のことをここまで具体的に話してくださる医師はいなかった。
・・・というか、自分で知っておかねばならない常識的なことなのに、
開業医の娘でありながら、その認識がなかった。
(今まで、私は38度以上を高熱だと思っていた)
そのことが、昨日からずっと気になっていて、
半信半疑で、今、Wikipediaで確認をしてみた。
Wikipediaには、
その若い医師が話された内容と同じことが書いてあり、
さすが、きちんと覚えておられるなーと感心した。
【Wikipedia:「発熱」】↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E7%86%B1#.E7.99.BA.E7.86.B1.E3.81.AE.E7.A8.AE.E9.A1.9E
耳鳴りは相変わらず続いている。
昨日、いいかな?と思っていた左耳もやはり今日は耳鳴りがしている。
右耳よりは音が静かだけど・・・
右耳は「ジーンジーン」と大きく鳴りっぱなし・・・。
あまり気にしない方がいいのかなー。
【突発性難聴☆闘病記録】(75日)
★2008年6月29日(日)★
<治療中止5日目>
昨夜、体がだるくて、
検温したら、熱が37、5度あった。
一応「PL顆粒」を飲んで就寝したが、
今朝も熱が下がらなくて、38度近くまで上がった。
今日は日曜日だし近所の内科は休診。
夫も心配して・・・
一緒に、H病院【救急外来】に行ってきた。
H病院は、乳癌、肺癌でかかり、
今は、ACTH単独欠損症を診てもらっているので、
カルテも存在しているため、
若い当直の医師が、丁寧に診てくださった。
風邪の症状もなく、
原因がはっきりしなくて・・・
耳の病気との関連も聞いたけれど、
それは関係ないと言われた。
医師は、「風邪のひき始めでしょう」と言われたが(?)、
今は、倦怠感と食欲不振で、
その他の症状は出ていない。
処方された薬を飲んで大分楽になった。
今日、夫と行く予定にしていた「講演会・演奏会」は、
結局行けなかった。
すごく楽しみにしていたので、ホントに残念!
耳鳴りは、相変わらずしている。
今日は、「発熱」の方に気を取られ、
耳鳴りのことを忘れている時間があった。
今、右耳は、「ジーンジーン」と激しく耳鳴りがしているが、
左耳の耳鳴りは、少し小さくなった気がする。
この前から始まった左耳の耳鳴り・・・
治療もしていないのに、
治ることがあるのだろうか?
ないだろうな・・・
今日は早めに休まなくては・・・
★2008年6月28日(土)★
<治療中止4日目>
今日は午後から雨になった。
お部屋も暗いし・・・
私のココロも暗い。
夫は留守だし、
ひとり、何をする元気もなくて、
横になって寝ていた。
テレビを消して、静かにしていると、
左耳からもはっきり耳鳴りが聞こえてくる。
「あー、やっぱり、左耳も悪いんだ」
気分が滅入る。
どのくらいの“聴力レベル”から“耳鳴り”が起きるのだろう?
20dB(デシベル)以上かな。
右耳のときを振り返ってみた。
4月3日に突然耳鳴りがして、12日に耳鼻科に行った。
その時(初診)の聴力は正常範囲だと言われたが、
電話の声が右耳で聞こえなかったり、
右側から声をかけられると聞こえにくかったので、
今の左耳よりはるかに悪い。
午後、妹から電話があった。
私の耳鳴りと難聴をすごく心配してくれている。
いつも明るい妹の声が今日は暗かった。
26日、A病院の診察を終えたあと、
すぐに妹に報告をしているので、
A医師の診察に誠意がないことを一緒に憤慨している。
A医師が大病院独特の傲慢な態度であることを踏まえた上で、
「A病院までわざわざ行っているのだから、
canon(私のこと)も、A医師に対して聞きたいことは聞いて、
腑に落ちない点は、何でも質問したほうがいいんじゃない?
そうしないと、A病院に行く意味がないと思う・・・」
「そうなの・・・・
私もそう思うのだけど・・・なかなか聞けなくて・・・
嫌な顔をされるのが怖くて・・・」
「遠慮することないじゃない。
嫌な顔をされたって、納得いく説明を受けた方がいいわよ。
耳の病気は早く治療を始めないと手遅れになって・・・
左耳まで、右耳と同じように難聴になるのが心配だから・・・・・・・・・・」
妹は、そう言いながら・・・電話の向こうで泣き出した。
私も泣いた。
ずっと我慢していたことが崩れていきそうだ。
右耳の“耳鳴りと難聴”を発症して87日目。
一向に改善の兆しがみえない。
左耳まで聴力が低下し、耳鳴りもしてきた。
A医師はお薬まで中止された。
なんのために中止されたのか・・・?
妹は、そういうことも含め、
疑問に思っていることを全部医師に聞けばいいのに・・・って言う。
私もそれはわかっているんだけど・・・
あの雰囲気だと聞きにくくて、
「心配ないでしょう」と言われたら、
それ以上は、ま、いいかって、諦めてしまう。
勇気がないなー。
それと・・・、2ヶ月半、耳鼻科に通院してみて、
耳鼻科の病気がいかに厄介で、治りにくいかがわかってきて、
いろいろな質問をしても、
医師は、恐らく、
「わからない」とか「不明」とかしか答えてくれない、と、想定できるので、
尋ねることさえ煩わしくなっているのかもしれない。
嫌な顔をされてまで聞きたくない、と思うところもある。
今まで4人の耳鼻科の専門医に診てもらったが、
なにか質問をした時、
ほとんどの医師は、
「今の段階ではわかりません」、
「それはわかりません」
「原因不明です」
そう言われる。
そう言っておけば、間違いないからだろうと思いつつ、
耳鼻科の病気はホントに不明な点が多いのかなとも思う。
妹は、こんなことも言っていた。
“患者の質問に対して、医師は答える義務がある”
ほんと、妹の言うとおりで、
私もこのことはよくわかっている。
来週(7月3日)の診察の時には、
疑問点があれば、勇気を出して聞きたい。
妹は東京在住。
広島とちがい、東京では、
患者が疑問に思うことは、遠慮なく医師に尋ね、
医師はそれにきちんと答えてくださると言っていた。
広島は田舎だから、まだそこまで開けていないのかな。
患者が医師に対して気を遣い過ぎているのかもしれない。
医師と患者、それぞれの性格もあるだろう。
妹と1時間近く話した。
私のこの病気を、
私以上に一生懸命心配してくれて・・・
本当にありがとう☆
【突発性難聴☆闘病記録】(73)
★2008年6月27日(金)★
<治療中止3日目>
今日は一日中良いお天気だった。
主婦にとっては梅雨の貴重な晴れ間で、
久しぶりに、シーツを洗ったりお布団を干したりした。
家事をしながらも、耳鳴りが気になり、
何度も昨日の診察の光景を思い出した。
わざわざA病院まで行って、
あんな診察でよかったのかと・・・。
A医師が嫌な顔をされても、
私が尋ねたいことがあれば、
気がねをしないで質問すればよかったのでは?と自問自答した。
患者が不明な点を医師に質問するのは当然の権利だと思うし、
私自身が納得して、診察を終えるのでないと、
わざわざA病院まで行った意味がなくなる。
そして、ストレスが溜まるばかりである。
昨夜、夫が帰宅して、開口一番に、
「今日はどうだった?」って聞いた。
「うーん、『心配ない』って言われた」
「よかったね・・・」
でも、この後すぐに、
「『心配ない』って?・・・耳鳴りはしてるんでしょ?」
「うーん、右の耳鳴りはいつもと同じで・・・
左耳も耳鳴りがし始めたことを伝えたんだけど、
心配ないって・・・」
「え? 耳鳴りがしているのに、何故『心配ない』の?」
「そうだよね。 左耳はまだ軽いからではないの?」
まるで他人事のように返事をしたけれど、
私もよくわからなくなった。
「心配ない」っていっても、まだまだ不安は残っている。
右耳は依然として難聴と激しい耳鳴りが改善されていないのだから。
私自身が、A医師にきちんと確認をしていないから、
曖昧な返事になってしまった。
今回、A病院に行くことになったきっかけは、
6月20日、森山耳鼻科(仮名)での聴力検査で、
左耳の聞こえが少し低下したからだった。(それまでは右耳だけが悪かった)
森山医師から私への説明は、
「左耳の聴力が少し低下したので、一度大きな病院で詳しく検査してください。
進行性難聴ということもありますので・・・」
という内容だった。
紹介状にどんなことを書かれたかわからないけれど、
恐らく、左耳の聴力が低下したことと、右耳の難聴が改善されないこと(その経過)を書かれ、
A医師の診断を仰がれたのだと思う。
だから、A医師は、それらすべてを考慮して診療をしておられるはず・・・。
(聴力検査以外の検査もあるのかと思っていたが・・・)
昨日の聴力が何dBかはわからないけれど、
A医師は、データを見て、
左耳について「心配ないでしょう」と言われたのだと思う。
そして、今まで服用していたお薬を中止されたということは、
A医師の方針として、
しばらく薬を止めて、右耳の聴力の経過を見ようとされたのかもしれない。
(私の想像であって、説明がないので真意はわからない)
「それで、今日の聴力の結果はどうだった?」
「うーん、だから・・『心配ないでしょう』って言われただけで・・・
何デシベルかは教えてくださらないの」
「聞かなかったの?」
「だって、聞きにくいもん・・・」
「データがないと、前回と比較ができないね」
「前回(23日)受診した時も、
先生の方からデータを教えてくださらないので、
私から、森山耳鼻科(仮名)ではいつも聴力の平均を教えてくださるので、
比較したいから教えていただけますか?って、頼んだの」
「難しいんだね・・・」
「そう・・・前回それを話しているのだから、
今日は黙っていても教えてくださると思ったのに」
あ~ぁ、ほんとに難しい。
A医師は、23日に今まで飲んでいた薬まで中止された。
それって、もう、右耳の治療を中止されたということになるのだろうか?
これ以上薬を続けても無駄ですよ、と言われたような気がしてならない。
その辺のモヤモヤした気持ちが、
昨日の、診察後の涙になったのかもしれない。
「残っている薬は飲んでください」ということだったので、
森山耳鼻科でいただいた薬を24日まで服用し、
25日から中止したことになる。
森山耳鼻科(仮名)では、
ステロイドとかメニエールの薬は必要に応じて処方されたが、
メチコバール(ビタミン12)とアデホスコーワ(血流の流れをよくする)は、
4月12日の初診からずーっと続けられた。
最近では、メリスロン(めまいの薬だけど、耳鳴りにも効く)を処方され、
それが私には良く効いているようで、
少しずつ耳鳴りが良くなっているように感じていた。
ネットで検索すると、
メチコバールやアデホスコーワは長い期間服用している人が多い。
私も、もし、完治が難しくて、このままの状態が続くとすれば、
2年位は服用する覚悟だった。
薬を飲んでいると、
いつかは効果が出てきて、
改善するのではないかと、希望がもてるから。
薬を止めて、3日目。
今日、特に、耳鳴りがひどいような気がする。
お風呂で、水道水がチリチリ響き、
キッチンで、換気扇がジリジリ響いた。
左耳の耳鳴りは、「ジージー」という音で、
右耳に比べて、音もシンプルで、静か。
でも、日に日に音が大きくなるので不安・・・
今のように何も治療をしないより、
飲んでも害にならないのだったら、
ビタミン12や血流を良くする薬を処方してくださってもいいのでは・・・と思う。
何故、中止されるのか、その説明もなかった。
今回、A病院との繋がりができて、
A医師との出会いが、良い結果になればいいけれど・・・
いろいろ不安が尽きない。
【突発性難聴☆闘病記録】(72)
★2008年6月26日(木)★
<治療中止2日目>
今日はH病院に行ってきた。
6月23日(月)が初診で、今日は2回目の診察。
初診の日の様子は、
23日と24日のブログに書いているとおりで、
その不安や疑問を抱えたまま、今日の診察となった。
午前10時15分に病院に到着。
1階の再診受付機に診察券を通した後、
耳鼻科の外来受付に行った。
受付の方が、
「診察前に検査がありますので、ご案内します・・・」と、言われ、
ドキドキしながら付いていった。
何か、耳鼻科の特別な検査でもあるのかと思った。・・・が、
案内されたところは、先日(23日)も行った聴覚検査室だった。
なあ~んだ!(ホッとしたような、これでいいのかなという不安があった)
長いすには、4~5人が検査の順番を待っておられた。
20分位待って、防音室に呼ばれ、私の検査が始まった。
いつも近所の耳鼻科でされるのと同じ、標準純音聴力検査(気導・骨導)で、
ヘッドホンをつけて、音が聴こえたらボタンを押す。
23日の時と同じ検査技師さんだった。
検査が終わって、診察室の前の椅子で順番がくるのを待った。
数分待って、私の番がきた。
診察室に入り、挨拶をしたとき、
A医師はパソコンの画面で、私のデータを見ておられた。
画面にオージオグラム(聞こえの程度を表すグラフ)が表示されている。
「今日の結果は、青の線です」
「・・・・・・・・・・・・」(そう言われても見えないよ・・)
患者用の椅子に座って、
私の位置から、パソコンのオージオグラムが見えにくくて・・
だから返事ができない。
プリントして見せてくれればいいのに不親切。
耳鼻科に通い始めて気がついたけれど、
耳鼻科の患者用の椅子って、固定されている。
椅子の周りには、いろいろな診察機器があり、
そこに座ったまま、耳鏡で耳の穴を見たり、
多少の治療もできるようになっている。
パソコンに近づくこともできないし、
半分、諦め状態の私だった。
結果がどうであれ、質問もできないし、
どっちみち、もう、治ることはないのだから。なんて。
A医師は、前回もそうだったけれど、
今日も、パソコンの画面(データ)を見て、
文字を打ちながら私と話をされる。
最近は、病院もペーパレスになっているので、
大きな病院では、パソコンに打ち込むことがカルテの記入と同じになり、
先生方も忙しい。
「心配ないと思いますけどねー」
「そうですか」
「ご自分ではいかがですか?」
「そうですね・・・あまり変わりないように思うのですが」
「そうでしょうね」
「耳鳴りも相変わらずなのですが、
左耳のほうも、耳鳴りがしてきているようです」
「そうですか・・・
薬は飲まなくてもいいと思いますけど・・・」
「えっ? ビタミン12とか・・・ですか?」
この前「薬は出しません」と言われ、
昨日から止めているのに変だな、と思って尋ねた。
「いえ・・・ステロイドです・・・」(文字を打ちながら・・・)
この先生、何を言ってるのだろう?と思った。
そこで、初めて、
森山医師(仮名)が、いろいろな病気を想定され、
紹介状にステロイドのことを相談しておられるということが推測できた。
森山耳鼻科が、なんだか懐かしくなった。
今まで、不満を感じたりしたこともあるけれど、
一生懸命私のことを心配して下さってたんだな・・・って嬉しかった。
A医師に検査と診断を依頼され、
その結果、H病院の指示を仰がれるのだろうか?
「では、右耳は突発性難聴なのですか?」
左耳が心配ないとすれば、
進行性難聴などの可能性も少なくなるの?と思ったので尋ねた。
(突発性難聴は片方の耳だけの特徴があるから)
「それは、わかりません。
来週、また、聴覚検査をしてみましょう」
「わかりました」
看護師さんが、もういいですよ、という顔をされたので、
椅子から降りて、
挨拶をして、中待合室に出た。
いったん出て、すぐに、ノックをして入り、
もう一度、お薬のことを確認した。
「先生、ビタミンなどのお薬は飲まなくていいのですね」
「はい、飲まずに様子をみましょう」
「わかりました」
こうして、今日の診察は終わった。
聞きたいことがほとんど聞けない診察だった。
聴力のデータも教えてもらえず(聞いても嫌な顔をされるため)、
今日、右耳が何dB(デシベル)だったか、
左耳が何dBだったか、わからない。
左耳の耳鳴りがだんだん大きくなったから、
それを話しても、反応なしだった。
初診の時のA医師の第一印象は、「優しそうだけど、話しにくい」だったが、
今日2回目の印象は、「愛想がなくて、話しにくい」に変わった。
耳鼻科を離れながら・・・
何ともいえない複雑な気持ちになって・・・
人気の少ない場所で、とりあえず、椅子に座った。
涙がポロポロ流れてきた。
なぜか、悲しくて・・・
とても、寂しくて・・・切なくて・・・
涙を拭きながら、また、歩き、
人気のない椅子を探して、また、座り・・・
それから、涙を拭いて、会計へ。
会計を済ませても、病院から外に出る気がしない。
この気持ちって何なのだろう。
「心配ないと思います」という言葉を喜ばなくてはならないのに、全然嬉しくない。
A医師の「心配ない」は、左耳のことを言われていると思うけれど、
右耳のこの耳鳴りと難聴はどうなるの?
私のココロの中では、何も解決していない。
呆然と、時間を潰していたが・・・
そうだ、母や姉と妹が心配しているから連絡しなくては、と思い、
まず、姉と母(姉と同居している)に電話をした。・・・が留守だった。
次に妹に電話をした。
妹は、私の気持ちをよく理解してくれてすごく嬉しかった。
「妹って、あったかいな・・・」と、また涙があふれた。
妹と話して、大分元気が出たが、
それでも、今日は一日、何も手につかなかった。
どこにも寄らず、
ランチも食べずに、
自宅に帰ってきた。
☆★=某病院のHPより=★☆
【患者様の権利】
1、人間としての尊厳を尊重される権利
2、公平な医療を受ける権利
3、納得いく、十分な説明を受けて知る権利
4、自分の意志で選択し、決定する権利
5、プライバシーが保護される権利
【突発性難聴☆闘病記録】(71)
★2008年6月25日(水)★
<治療中止1日目>
今日はすっきりしないお天気だった。
こんな日は、気分まで暗くなる。
耳鳴りは相変わらず続いている。
昨日より、今日の方がガンガンと悪い感じ。
天候の影響があるのだろうか?
ちょっとしたことが耳鳴りに影響するのでしんどい。
昨夜、自分の気持ちをブログに書いたので、
少しスッキリした。
O型の私は、取り繕うのは大の苦手。
誰に対しても思っていることをはっきり言ってしまう。
時には、抑制することも大切なのに・・・。
今朝、テレビ朝日の「スーパーモーニング」の中で、
ジャーナリストの鳥越俊太郎氏が、
諏訪中央病院名誉院長の鎌田 寛医師と対談しておられた。
鎌田 寛氏は、重病患者のカリスマ医師で、
おひげの先生として有名。
「がんばらない」「あきらめない」「なげださない」などの著書があり、
ドラマ化され、テレビで放映されたほど・・・。
今日も、「がんばらない医療とは?」がテーマだった。
私が気づいたときは、ほとんど終わっていて残念だったが、
お二人の話に惹きつけられ、
数分の間、テレビの前に釘付けになった。
鳥越俊太郎氏も癌を患われたので、
癌患者の立場から、
鎌田医師の話を聞き、質問もしておられた。
“命と家族”に関わるビデオが流れ・・・
それは末期癌の患者と家族の実話だった。
「癌に限らず、どんな病気でも、
優しい専門家の手がちょっと必要で、
密度の濃い時間を過ごしてほしい」
鎌田医師は、最後に、そのように話された。
私は、昨日、A医師のことを書いたので、
すぐに、それが頭に思い浮かび、
「優しい専門家」と言われたとき、
「ほんと、そう・・・」って思った。
どんな病気でも、「優しい専門家」が傍で見守ってくださったら、
どんなに勇気づけられることだろう。
医師と患者の心が通い合ったら、
どんなに励まされることだろう。
病気を患った人にしかわからない孤独感。
優しい専門家とは、それを理解してくださる医師である。
突発性難聴の闘病中の今も、強く思う。
昨年克復した乳癌と肺癌の闘病生活は、
今の耳鳴りや難聴とは比べられないほど大変だった。
「長く生きれない」と覚悟していた。
けれど、乳癌のときも、肺癌のときも、本当に良い医師に恵まれ、
家族に支えられ・・・
10年以上の闘病生活を克復することができたと感謝している。
今は、突発性難聴で辛い毎日。
でも、今日の鎌田医師の・・・
「がんばらないけど、あきらめない」
「がんばらないけど、なげださない」
この言葉をいつも思い出して、
これからも悔いのない生き方をしたい、と思う。
【突発性難聴☆闘病記録】(70)
★2008年6月24日(火)★
<治療開始73日>
今日は曇り時々晴れの天気だった。
昨日、病院の帰りにデパートに行き、
旅行用品の売り場で「耳栓」を購入した。
数種類の中から、
「イヤーウィスパー」(Sサイズ)という商品を選んだ。
この商品の決めては、
“耳の穴が小さい方、女性・お子さまにもぴったりフィットの13mm径”
と書いてあったから。
先日、薬局で、せっかく耳栓を購入しておきながら、
どうしても上手に装着ができない私に、
妹が、「旅行用品の売り場にもいろいろ種類が揃ってる」ということを教えてくれた。
私は、突発性難聴の症状が少しでも楽になればいいな・・・と探したので、
【耳栓=薬局】というイメージしかなかったけれど、
そういえば、飛行機に乗ったりする人のために、
旅行用品の売り場でも耳栓は販売しているんだ、と気がついた。
今朝、使用方法を読みながら、着けてみた。
なんと、5回目くらいで、装着成功!
それでも、これでいいのかなーと不安があり、
鏡で確認をしたりして、なんとなく、OK!
耳栓を装着して、掃除機をかけてみた。
すると、雑音が入らず(耳鳴りはしているけど)、
「ジリジリ」と音が響かなくて、とてもイイ感じ。
まあ、『利用対象年齢は6歳以上です』と書いてあるので、
これで上手に装着できなかったら、落ち込むところだった。
耳鳴りは、今も相変わらずしている。
気のせいか、少しいいのかな、と思ったりする。
昨日、A医師から「問題ない」と言われたからだろうか?
それとも、静かにしているからかな?
今日一日、何度となく、昨日のH病院での診察を思い出した。
私自身、この「耳鳴り」と「難聴」を治したい一心のため、
初めてかかる病院では、どうしても疑問や不満が出てくる。
医師にとっては何でもないことでも、
患者にとっては細かいことまで気になるものだ。
今、A医師に対して三つの疑問がある。
一つは、23日(月)が初診で・・・
2日おいて、26日(木)に再診って、何故なのだろう?ということ。
たわいないことながら、
その事情をちょっと説明してほしかった。
近所の診療所と違って、時間をかけて大病院まで行くのだから、
特別なことがない限り、最低1週間は空けてほしいのがホンネ。
病人なのだから、通院する立場になって考えてほしい。
特別なこととは、
① 検査の都合で、予約がその日しかとれないとか、
② 2日間様子を見て?、その後、診察を要するとか、
③ 日によって、聴力に変動があるから、3日後にまた来院してくださいとか、
きちんと説明をしてほしかったと思う。
説明があれば、どんなに雨が降っても、遠方であっても、頑張って行ける。
でも、説明がないと、余計なことばかり考えて、行く気持ちが萎える。
検査結果に対して「問題ない」と言われただけに、
何故、3日後に再び行かねばならないのか?大きな疑問。
私は、父が開業医だったということと、
体が弱くていろいろな病気を患ったので、健康な人より病院には慣れている。
その私が思うのに、近所の診療所と違い、
大病院では、特別なことがない限り、
短くて、1週間に1度の割合で通院することが多い。
(もっと頻繁に通院の必要がある重篤の患者は入院になる)
症状が落ち着いてくれば、2週間に1度とか、
1ヶ月に1度とか、3ヶ月に1度とか、半年に1度とか、
今は、昔より、お薬も長い期間の処方をしていただけるので、
患者にとっては楽になった。
★私の主な既往歴★(自慢にはならないけれど)
<( )内は闘病年数・回数>
喘息(10年以上)、肺炎(10回以上)(←個人病院)
乳癌(10年間)、肺癌(6年間)←(総合病院)
今はACTH単独欠損症(7年目)など・・・(←総合病院)
これらの病気のために、
この20年位は、通院&入退院を繰り返してきた。
たくさんの医師との出会いもあり、
名医とはどんな医師なのだろう・・・と考えさせられる。
それから、疑問点の二つ目は、
昨日の検査&診察で、A医師は、「突発性難聴」と診断されたが、
検査自体、森山耳鼻科(仮名)とあまり変わりなかった。
森山医師が心配され、H病院に紹介された理由は、
「この2ヶ月余り、右耳を治療してきたにも拘らず改善がみられない。
MRI検査では異常がなかった。
右耳の聴力が変動する。
6月20日の診察で、左耳の聴力まで低下してきた」ということ。
これらを解明するために、A病院で、詳しく検査するよう勧められたはず。
それなのに、昨日の検査だけでいいのだろうか?という疑問がある。
聴覚検査結果は、左耳が21dB、右耳は65dBだったが、
それだけで、問題ないと言えるのだろうか?
問題ないのなら、その根拠を丁寧に説明してほしかった。
そして、もし、26日に別の検査を予定しておられるのであれば、
私にも説明するべきだったのでは、と思う。
そして・・・・疑問点の三つ目は、
「薬は出しません」と言われたけれど、
昨日の結果が良いということなら、
森山耳鼻科(仮名)で処方していただいたお薬が効いていたことにはならないのだろうか?
私としては、治療を開始して73日間服用してきた薬の効果が、
少しずつ出てくるような気がするのだけど・・・?
<今、服用している薬・・・メチコバール(ビタミンB12)、
アデホスコーワ(血液の流れを良くする)、メリスロン(耳鳴り)>
それとも、A医師の方針として、一旦お薬を中止してみて、
26日に聴覚検査を試みたいと思われたのだろうか?
でも、それなら、「あちらの薬があるのなら飲んでください」と言われないはず・・・
今日、残っている薬を飲みながら、
今、何のために飲んでいるのだろうと思ってしまった。
ここまできて、お薬を全部中止するというのは、
私としては、不安である。
26日の診察時に、
これからの治療方針を説明されるかもしれないので、
今、取り越し苦労をしない方がいいとわかっているのに、
今日も、また、悩みや不満を書いてしまった。
【突発性難聴☆闘病記録】(69)
★2008年6月23日(月)★
<治療開始72日>
今日は梅雨の中休みで、
一日中晴れていた。
そんな中、予定通り、H病院の耳鼻咽喉科に行ってきた。
A病院は総合病院で、
以前、一度、友人のお見舞いに行ったことがある。
場所がわかっていたので、スムーズに行けた。
初診の手続きを済ませ、耳鼻咽喉科に行った。
近所の耳鼻科と違って、
子供より大人の患者さんが多く、待合室も静かだった。
ほとんどの患者さんが、重篤な疾患をかかえておられ、
開業医(診療所)の紹介で来院しておられる。
私もその中の一人。
1時間近く待って、順番がきた。
4月、突発性難聴になり、
今日のH病院で、4人の耳鼻科の専門医の診察を受けることになる。
胸がドキドキした。
今までのセカンドオピニオンは、
私自身が別の医師の診察を希望して来院したけれど、
今回は、森山耳鼻科(仮名)の方から、
大きな病院での検査&診察を勧められ、来院しているので、
すごく不安が大きかった。
今日の先生(A医師)は、優しそうなのに、話しにくそう・・・。
森山耳鼻科の紹介状があるので、
これまでの症状は、私が話さなくても書いてある。
ひと言、二言、A医師と会話して・・・
「とりあえず、聴覚検査をしてみましょう」という流れに・・・。
やっぱり、耳鼻科では、聴覚検査が基本なんだ、と思った。
聴覚検査室の前まで案内され、そこで、また20分くらい待った。
総合病院は、待つ時間が長い。
検査技師の男性が来られ、
一緒に検査室に入る。
「鼓膜検査」の後、「標準純音聴力検査(気導・骨導)」と、
「耳鳴りの音の種類の検査」、
「耳鳴りの大きさの検査」をした。
その後、A医師より、結果説明があった。
「病名は、今の段階では突発性難聴だと思われます。
森山先生が心配されている左耳ですが・・・、
これだと・・・あまり問題ないと思いますけどね・・・」
オージオグラム(聞こえの程度を表すグラフ)を見ながら言われた。
「そうですか・・・」
ホッとした気持ちもあったけれど、そのデータが気になった。
H病院では検査結果を本人に見せられない方針なのか、
医師の説明だけのようだ。
「森山耳鼻科では平均の聴力レベルを教えていただくのですが、
今日のレベルはどのくらいですか?」
20日の結果と比べたくて、思い切って聞いた。
「高音が聞き取れていないので、
平均すると下がりますが・・・
左耳が21dBで、右耳は65dBですね・・・」
あっ、また少し悪くなってる・・・
「進行性難聴ではないのですか?」(恐る恐る・・・)
「それは、わかりません」
もっと、優しく言ってよ!と思った。
なんて、無愛想なんだろう・・・。
「もう一度、26日の木曜日に来れますか?」
「はい・・・」
「あの・・・お薬などは・・・」
「今日はなにも出しません。
あちらでもらわれたのがあれば飲んでください」
「はい、わかりました」
こうして、H病院の診察は終わった。
待ち時間の割には、診察はあっけなかった。
いろいろ尋ねたいことがあっても、
あの雰囲気では聞けない。
これから、私の治療はどうなるのだろう?
26日には別の検査をするのだろうか?
その結果、また森山耳鼻科で治療を続けるのか、
それとも、今後はH病院で治療を続けるのか、
26日(木)の検査結果で決められるのかな?
でも、とりあえず、左耳が心配ないと言われ、よかった。
【突発性難聴☆闘病記録】(68)
★2008年6月22日(日)★
<治療開始71日>
今日は、久しぶりに午後から晴れ間が見えて、
陽の光がとても眩しかった。
一昨日(20日)の診察以来、ナーバスになっていた私のココロも、
ちょっとだけ明るくなった。
午後から、夫と出かけて、
買い物&食事をしたりしているうちに、
気持ちもだいぶん落ち着いてきた。
右耳の耳鳴りは相変わらず同じ状態が続いている。
一昨日から、新たに、左耳のことも心配になってきた。
意識して左耳に集中したとき、
わずかに、耳鳴りがしているようにも思える。
今まで正常だった左耳まで悪くなると、
「これからが大変だな・・・」と事の重大さをひしひしと感じる。
20日の診察で、二つの大きな変化があった。
① 左耳の聴力が、0~10dB⇒20dBに低下した。
(今まで悪かったのは右耳だけで、20日の聴力は60dB)
② 大きな病院で詳しく検査するように・・・と、紹介状を書かれた。
この二つのことが重なり、すごくショックで・・・
20日に、当日の診察の様子を一度に書けなかった。
少しずつ思い出したように書いているが、
その後、また、森山先生(仮名)の重大な言葉を思い出した。
「進行性難聴ということも考えられます・・・」
つぶやくように言われたその言葉。
その時、私は、上の(↑)の二つのことで頭が真っ白で、
「進行性難聴」と言われても全然ピンとこなかった。
昨夜、ブログを書いた後、ふと、思い出して、
ネットで「進行性難聴」を検索してみた。
すると、すごく怖い病気(特発性両側感音難聴)も書いてあり、
その可能性もあるということで・・・
今の段階では、それかどうかはわからないけれど、
森山先生が、H病院に紹介された理由が理解できるような気がした。
≪両耳が同時に難聴になり、進行する病気として・・≫
1、薬物中毒
2、騒音性難聴、
3、老人性難聴
4、進行性難聴
進行性難聴の中に、
特発性両側感音難聴という病気がある。
≪特発性両側感音難聴の特徴≫
1、原因が不明(遺伝性の場合もある)
2、進行性である
3、両側の感音難聴
4、多くの場合「めまい」を伴わない
「特発性両側感音難聴」と「突発性難聴」は微妙に違っている。
≪突発性難聴の特徴≫
1、原因が不明
2、突然、症状(耳鳴り、難聴)が出る
3、「めまい」や「吐き気」を伴うことがある
4、片方の耳に生ずる。(例外もある)
5、高度の感音難聴
昨夜、「特発性両側感音難聴」の特徴を読んだとき、
ちょっとドキッとした。
突然起きたことは突発性難聴であり、
今は、右耳だけ悪いけれど、
もし、左耳も難聴になり、進行性であるとすれば、
かなり、症状が近いことになる。
でも、両側の感音難聴といっても、
私の場合、左耳は、20日の聴力が20dBで、
まだ難聴のレベルになったことは一度もない。
しかし、これから両側がどんどん進行して失聴になったら・・・
ということを考えると、たまらなく不安になった。
夫が「取り越し苦労はしないほうがいいよ」って言った。
私も、ほんとに、そう思う。
だから、これ以上考えるのは止めた。
素人の私が、今、あれこれ考えても仕方ないことだから。
明日は、森山先生(仮名)の紹介状を持参して
H病院耳鼻科を受診することになっている。
どんな検査をして、
どんな診断をされるか、明日にならないとわからない。
私は、今まで、乳癌と肺癌を克復してきた。
この耳鳴りと難聴の病気も、きっと、乗り越えられるはず・・・
と信じて頑張りたい。
生きる勇気の喪失、寂しさという病気を治す薬は、
どんなにお金を積んでも、
どれほど頭の良い人が集まってもつくれない。
そして、それを与えることができるのは、
人間の温かい心、手、まなざしでしかない。
~渡辺和子「心に愛がなければ」~
★画像の花は我が家に咲いているランタナ★
ランタナの花は、
2007/8/11/★2008/1/19/にもご紹介しています。
今年も綺麗に咲き始めました♪
とても可憐で大好きな花。
今、撮影しました。
☆花言葉・・・「協力」「厳格」「確かな計画性」☆