★☆ 愛しき時間(とき) ☆★

2007年に乳がんと肺がんを克復しました。
現在 ACTH単独欠損症(特定疾患)、糖尿病の闘病中です☆

突発性難聴(発症145日目)

2008年08月25日 | 突発性難聴(右耳)
【突発性難聴・前頭洞炎☆闘病記録】(132)

★2008年8月25日(月)★
 <突発性難聴・・・投薬治療中止62日目
 <前頭洞炎・・・投薬開始41日目

今日は一日、とても良いお天気だった。
空を見上げると、
青空が広がり、
窓からの風は涼しくて、
いつの間にか、夏から秋へ・・・。
時の流れを感じちゃう。

突発性難聴になったのは、
4月3日。
サクラが満開で、春爛漫の季節だった。

それから、
春が過ぎ、
梅雨・・・
梅雨が明けると、暑い夏・・・

時の流れとともに、
気になっていた耳鳴りも私の体の一部となり、
あまり、違和感を感じなくなった。

辛いことがあったとき、
「時間が解決してくれる」と口癖のように言う私。

この突発性難聴の苦しみも、
時間が解決してくれそうだ。






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星野JAPAN 敗因は・・

2008年08月25日 | スポーツ

中国新聞(本社:広島市中区)8月24日朝刊の一面には、
「星野Jメダル逃す」の記事が大きく掲載され、
私の思っていることがズバリ書いてあった。
(以下、本文を引用します)


「情の采配に固執 惨敗」

最後まで信条を捨てきれなかった。
星野仙一監督の采配には傾向がある。
自分が信じ込んだ選手を我慢強く起用し続けることだ。

日本代表24選手のうち、
19人が昨年のアジア予選の代表。
激戦を勝ち抜いた経験と、
そこで生まれた一体感を重視した選出を印象づけた。

ただ、今回は多くの選手が体調不良で万全ではなかった。
稲葉、新井、西岡・・・。
大会直前の監督会議までに入れ替えは可能だったが、
動かなかった。
成績不振の上原投手もメンバーに組み入れた。
結果的に、故障がちの選手に固執した感は否めない。

采配にも同様の“特徴”が表れた。
準決勝の韓国戦で2失策したG・G・佐藤選手を
3位決定戦も先発で起用。
汚名返上の機会を与えたが、
再び拙守で足を引っ張った。

一次リーグで2敗した岩瀬投手にもこだわり、
韓国戦では逆転負け。
情に頼った強気な指揮がすべて裏目に出た。

星野監督は大学時代に故島岡吉郎監督の熱血指導に触れ、
愛情を注がれたことが野球人生のバックボーンになっている。
「熱」や「情」は星野野球のキーワードであり、
中日や阪神を率いてリーグ制覇につなげた。
一方で日本シリーズに1度も勝っていないのも事実だ。

「代表では選手への情は持たない」。

星野監督は代表監督就任後にこう語った。
従来とは違うスタイルで臨む方針を打ち出しながら、
変えきれなかった。

その結果が全員プロ選手で臨んで
初のメダルなしという惨敗だった。

日本球界における闘将の功績は否定しない。
ただ、短期決戦の将としては不向きだった。(北京・西口憲一)


★=☆★=☆★=☆★=☆★=☆★=☆


今回の北京五輪で、
野球は、
4位に終わった日本。

プロ選手が揃っての惨敗は非常に悔しい。

大会直前、日本を発つ前に、
星野監督が「報道ステーション」に生出演していた。

「故障者も多く、上原投手は今季調子が悪いようですが、
メンバーに入れて大丈夫ですか?」
古舘伊知郎アナは不安そうに質問をした。

「え、大丈夫です。
1週間、みっちり鍛えれば(投げ方を変えれば)、彼は使えます」

記憶をたどって書いているので、
言葉に違いがあるかもしれないが、こんなニュアンスのことを言い切った。
『人選に迷いはない』と、
始終笑顔で、ご機嫌な星野監督の表情が印象的だった。

あの自信は何だったのだろう。






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広島の空

2008年08月25日 | 日記



今朝の広島の空は青く澄みわたっていた。

窓を開けると、
心地良いそよ風が入り、
幸せな気分になった♪

もう、秋なのかしら。

今日も爽やかな一日の始まりです。



★画像は午前8時ごろの広島市内の空★
ベランダから撮影しました。






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