【突発性難聴・前頭洞炎☆闘病記録】(135)
★2008年8月28日(木)★
<突発性難聴・・・投薬治療中止65日目>
<前頭洞炎・・・投薬開始44日目>
今日は一日中厚い雲に覆われた。
時おり、小雨が降る中、
耳鼻科受診日のため、
A病院に行ってきた。
7月3日以来、8週ぶりの診察なので、
聴力のこと、
前頭洞炎のことが気がかりで、
昨日からずっと憂鬱だった。
診察前に、聴力検査室に呼ばれ、
久しぶりに、ヘッドフォンをつけて標準純音検査。
その後、診察室に呼ばれる(電光掲示板に番号が出る)。
診察室に入り、挨拶をした。
すごく久しぶりの気がした。
A医師は、パソコンに向かって私の検査結果を見ながら、
挨拶をされた。
「聴力は前回と変わっていませんね・・・」
「そうですか」
私はオージオグラムを見ようとして
必死で、パソコンの画面に目を向けた。
≪オージオグラムとは?≫
純音聴力検査によって測定された
気導聴力閾値と骨導聴力閾値を記入したグラフのこと。
(聴力検査については、5月16日に詳しく書いています)
「現在の聴力が固定する可能性が強いかもしれません・・・」
「そうですか・・・・ やっぱり・・・・・
発症から数ヶ月経ったので、
そうなるのかなーと覚悟をしていました」
先生は私の覚悟にホッとされた。
「今日の聴力はどのくらいですか」
「右側は平均65dBで・・・
左側は正常値です」
「左が悪くなっていなくてよかったです」
「あとは、耳鳴りが問題ですね」
「先生、耳鳴りは大分慣れてきました。
だから大丈夫そうです」
「そうですか」(先生はホッとした表情をされた)
そのまま、診察が終わる雰囲気だったので、
前頭洞炎のこと切り出さなければ、と思い、
そのいきさつを話した。
痛い治療をされるのが怖くて、
あまり言いたくなかった。
けれど、脳神経外科の先生に、
8月末にはA病院で耳鼻科の診察を受けることを話していたので、
約束を守らなければならなかった。
もしかしたら、
突発性難聴と関連があるかもしれないし、
なにより、自分の体のためにも。
7月14日頃から額(左側)がズキンズキンと痛くて、
7月16日、脳神経外科で、再び、MRIを撮ったこと、
「前頭洞炎」と診断され、
薬(ムコダイン)を服用していることを話した。
痛みがあったのは、2、3日だけで、
すぐに落ち着いたことも話した。
そして、脳神経外科の先生からいただいたMRIの画像のコピーを
A医師に渡した。
何を言われるかと怖かったが、
A先生は、前頭洞炎のことを全然問題にされなくて、
頭の中は他のことを占めているようだった。
「左側ですね」
そう確認されて、
パソコン(カルテ)に、一応、打ち込まれた。
「突発性難聴と関係はないのですか?」
「ないと思います」
「今後・・・薬は・・・」
「痛みがないのであれば、もう必要ないと思います」
「え? もういいのですか?」
前頭洞炎のことが心配で仕方なかったので、
治療の必要がないと言われ、
嬉しかった。
「では、これで・・・・・・よろしいですか?」
先生の言われる意味が、とっさに、理解できなかった。
不思議そうな顔をしていたら、
「あまりいい結果にならなくて悪いのですが、
もう・・・これで終わりにします」
「えっ!? もう、診察に来なくていいということですか?」
「そうですね・・・」
先生はパソコンに私の診療内容を打ち込みながら、
申し訳なさそうに言われた。
私は、急に寂しくなった。
もう、来なくていいって??
突発性難聴が治ったわけでもないのに、
もう、診療の必要がないってこと?
治療の術がないということ?
複雑だった。
「あまり、いいことにならなくて申し訳ないのですが・・・」
「いえ、突発性難聴は半分の人が治らないと聞いていますので、
最近は、半ば、諦めていました」
「半分ではなくて、三分の一ですよ。
三分の一の人は完治して、
三分の一の人は、少しは改善するが、難聴や耳鳴りの後遺症が残り、
三分の一の人は、まったく改善が見られない人です」
「私はどこに入るのですか?」
くだらない質問だとわかっていながら、
聞いてみたくなった。
「貴女の場合は、
1回目より、少し聴力に改善が見られたので、
二番目です」
「そうですか・・・
でも、左耳で聞こえるから大丈夫です!」
「頑張ってください」
「もし・・・今後なにかあったらどうすればいいですか?」
「なにかあれば来院してください」
「わかりました。
ありがとうございました」
こうして、A病院での耳鼻科の診察は終わった。
嬉しいような(進行性難聴でないことに)、
寂しいような、複雑な気持ちだった。
でも、大病院は、こんなものだと思った。
重篤な患者ばかりを診ておられるのだから・・・。
近所の開業医だったら、もっと対応が違ったかも。
ビタミンB12などのお薬だけでも、
ずっと飲み続けるとか・・・・。
でも、そんな気休めの薬を続けるより、
A医師のようにはっきり打ち切られた方がいいと思った。
少なくとも、私にはそのほうが向いている。
結局、突発性難聴は、
治療を開始して、1ヶ月で聴力が回復しないと、
それ以上、通院しても、無駄ということだ。
4月以来、4人の著名な耳鼻科の専門医に診ていただいて、
それでも、こういう結果になったこと。
悔いはなかった。
夕方、夫から、
「今日の結果はどうだった?」と電話があった。
夜まで待ちきれないようだった。
「うん、前頭洞炎は問題はなかった。
もう、病院に来なくていいって言われたの」
「えっ!? ショックだね・・・」
「これ以上、回復の見込みはないからだと思う」
「えっ・・・・かわいそうに・・・」
「そんなことはないわ。
もう、この数ヶ月で、諦めてきてたから大丈夫。
夜、詳しく話すね」
夜、夫が帰宅して、
病院での様子を話した。
いろいろ会話しているなかで、
「僕、今日、電話で聞いた時、
歌音が可哀そうで、涙が出た・・・」
私は、夫の言葉にびっくりした。
夫の涙って、見たことがない。
めったに(全然?)泣かない人だから。
「えっ!珍しい(笑)。
どうして涙がでたの??」
「だって、一生、難聴と耳鳴りが治らないと思うと、
ハンディを背負って生きていく歌音が可哀そうで・・・
僕だったら、耐えられないと思うから」
「でも、突発性難聴って、そんなものよ。
治らない人も多いんだから」
私の方が強い。
「突発性難聴は、突然症状が出るから怖いね。
もう、回復しないなんて・・・
何が原因なのだろう・・・」
4月3日、突然耳鳴りの症状が出て、
この148日間、ずっと、傍で私を見てきたからこそ出る夫の正直な感想だと思う。
「原因がわからないのも、
突発性難聴の特徴だから、わからない」
「これから、大変だね・・・」
「全然、大丈夫。
片方の耳があるから、聞こえるし・・・」
「そういえば、最近、耳鳴りのことも言わなくなったけれど、
今、どうなの?」
「うん、今も耳鳴りはしているけれど、
慣れちゃったから、平気・・・」
「そうか・・・」
「でもね、お願いがあるの。
あなた、涙が出るほど、私のことを可哀そうと思ってくれたのなら、
協力してほしいことがある。
テレビの音を、大きくしていることがあるかもしれないけれど、
我慢してね」
「うん、もちろんだよ!
僕もそのうち、その音に慣れるだろうから(笑)」
「よろしくね」
「でも、これからも奇跡が起こることを願ってるよ」
夫って、ホントに優しい人だな、と思った。
こうして、突発性難聴の治療(?)は、
完全に終了した。
4月3日、突然、難聴と耳鳴りに襲われ、
奇跡を信じて闘った148日間。
耳鼻科の医師から、
今日、はっきり「終わり」を告げられ、
私も完全に吹っ切れそうだ。
吹っ切らなければならないと思う。
今夜、夫とも話したけれど、
医学は日進月歩なので、
突発性難聴の治療も、
これから何か良い薬が出るかもしれない。
その希望をもちつつ、
これからの苦難を乗り越えようと思っている。
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★お知らせ★
「もしかしたら・・・」という希望をもって、
4月3日以降、毎日、突発性難聴の闘病記録を綴ってきましたが、
もう、これ以上なす術がないことを医師から告げられ、
今日で、このシリーズ(?)を終わることにいたします。
たくさんの皆様にご閲覧していただき、心から感謝しております。
ありがとうございました。
これからも、他の記事の合間に、
突発性難聴にも触れることがあると思います。
また、覗いてみてくださいね。