クリンの広場

たまっこくりんのおもいのたけ

寺町寺院群の役割~クリン家ドライブ能登半島旅行・13

2017-08-06 | 旅行記

 太平洋せんそう(戦争)中、空しゅう(襲)を まぬがれた

金沢市には、

 ちょっと・うら(裏)通りに入ると、古いまちなみが

のこっています

 「にし茶屋街」から、南大通をはさんで 向こうがわも、

しっとりとした・おもむきのある「寺町寺院群」・・  

 60あまりのお寺が あつめられた、この地区の中心的存在に

あたるのが、

こちらの「妙立寺」(みょうりゅうじ)です 


 妙立寺は、つうしょう(通称)「忍者寺」として 国内外の子どもたちに

人気のある、

にちれん(日蓮)宗の お寺 

 2かいだて(階建)に見えるけど、実は4かいだて(階建)

だとか、

 てき(敵)をあざむく・二枚戸や、

おとし穴、かくしとびらに

どんでん返し・・


などを そなえる、

からくりやしき(屋敷)です (予約すれば、中を見れます♪)


 このお寺がつくられたころの「加賀藩」は、「外様大名の最大手

として、

ばくふ(江戸幕府)から

目を つけられていました


「もしかしたら、徳川が難くせつけて攻撃してくるかも

という、

キケンな立場に

あったそうです


 前田家は、金沢じょう(城)を 守るため、町の3ヶ所に

こうした・寺院ぐん(群)を

つくり、

 いざ という時には、ここに 「藩士」を つめさせて、

げいげき(迎撃)のとりで(砦)に

しよう


考えたらしい・・


 今は、「忍者寺」なんて呼ばれて、「和製アミューズメント寺院」

として

おとずれる人を 

たのしませていますが、

 一国のぼうぎょ(防御)をになう、

キンチョー・はりつめる

ようさい(要塞)で

あったことは、


寺の内部に、


追いつめられたとき用の、

「切腹の間」があることからも、知れます  








(その14、「室生犀星と、森八の羊羹」に、つづく)

コメント (2)
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