今回は、江戸時代の浮世絵版画『松風』です。
26.0cmx38.1㎝(18.4cmx38.1㎝)。江戸時代中ー後期。裏打ち無し。
江戸時代の古い木版摺浮世絵です。よく見ると、上から全体の三分の一位には摺りがありません。実際の絵は、横に細長い構図です。
松の木の下、海辺で汐を汲む若い二人の娘が描かれています。遠景には、小舟や山並みが描かれ、穏やかな内海風景は、瀬戸内海、おそらく須磨の浦を表していると思われます。
毛髪や手、足など、繊細な表現がみられます。
汐を汲む娘の仕草も、艶っぽい。
水平線の向こうには、大きな朝日が顔を出し、夜明けの汐汲み風景であることを示しています。
この木版画、ボロボロですが、能画としては珍しい物です。
というのも、江戸時代、歌舞伎の役者や上演場面を描いた浮世絵版画が非常に多く刷られました。一方、能の木版画は非常に稀なのです。
その理由は定かではありませんが、要は、能が歌舞伎のように大衆的な演劇にならなかったからでしょう。考え得る要因は、以下のものがあげられます。
1.能は徳川幕府の式楽であり、内に閉じていた。
2.能の常設会場はなく、何年、何十年に一度の大規模興業は、特設の舞台を設置して行われた。
3.能の上演形式として、ある演目はその日限りのものであり、連続公演はなかった(現在も同じ)。
ですから、江戸時代の能画は、基本的には絵師への注文品であったわけです。
今回の浮世絵木版画『松風』は、能ではなく、歌舞伎由来かも知れません。なぜなら、江戸時代、能『松風』をアレンジして、歌舞伎、長唄で『汐汲』が作られ、演じられたからです。
気になるのは、松風、村雨の表情。能から離れるにつれ、行平に恋焦がれて狂乱する女の凄みは薄くなり、たおやかな娘の男舞いという要素が強くなっていきます。
今回の品は、娘の乱れた髪に、若い娘の心の内を見ることができるような気がして、能『松風』にちなんだ作ではないかと、勝手に思っています(^.^)