ここ2回、江戸時代の能画『張良』を紹介してきました。
今回は、近代の日本画家による『張良』を紹介し、江戸画と比較して見ます。
全体、33.9㎝x181.5㎝。本紙(紙本)、30.8㎝x115.0㎝。明治ー大正。
【可合英忠】(かあいえいちゅう) 明治8八(1875)年―年大正十(1921)年 。明治、大正に活躍した日本画家。歴史画、能画を得意とした。
この絵を初めて見た時には、一体何が描かれているのかわかりませんでした(^^;
正装した武人が立ち上がろうとしています。
端には、沓がころがっています。
こうなれば、もう『張良』しかありませね(^.^)
でも、絵の構成が特異です。絵画『張良』ではめったにありません。黄石公から見たアングルの絵です。ワイエスのクリスティーナを逆向きにしたような(^^;
画面には他に何もない(黄石公さえも)のですから、これはもう、能舞台を描いた絵、しかも、明治以降盛んになった、主人公に焦点を当てたタイプBの能画に違いない、と思い込んでいたのです・・・が、よく見ると左端に黒い大きなシミのようなものが、さらに、その下には薄く棒のようなものが描かれているではありませんか。
写真を加工すると、もう少しはっきりと浮かび上がります。
これは、どうやら、橋の欄干のようですね。黒いシミのようなものは、欄干と橋げたをとめる金具?
橋げたはずーっと上まで伸びています。どんな橋なんでしょう。
いずれにしても、橋が描かれていることは重要です。なぜなら、能舞台には橋などないからです。黄石公は、橋に見立てた台の上に座しているだけです。
かといって、この絵には、川の流れがどこにも描かれていません。実際の能舞台のように、張良の向こうに沓が投げられているだけです。
ということは、この絵は、能の情景を描いたタイプAの能画でもなく、能舞台を描いたタイプBの絵でもなく、両者を折衷したものということになります。
中途半端でありながら、何となくシュールなこの絵を引き立てているのは表具です。天地、中まわし、柱など絵を取り囲む部分が、縞模様の粋な布で仕立ててあります。さらに、軸先には螺鈿の装飾が。
地味な掛軸ですが、なかなかの趣味人の持ち物であったのかも知れません。
江戸中期。勝部如春斎『張良』。
江戸後期、土佐光孚『張良』。
大正時代、可合英忠『張良』。
これまで3回にわたって、異なる時代、作者の『張良』を見てきました。これら3つの絵が私の手もとにあったのはたまたまですが、こうやって並べてみると、時代の違いが何となく表れているような気がします。