今回は、何だかわけがわからない能絵です。
32.7㎝x48.2㎝。作者不詳。江戸中期。
「鉄輪」と書かれていますから、能『鉄輪』ですね。能舞台を描いたタイプBの能画です。
しかし、それらしい人物は見当たりません。
『鉄輪』は、不実の夫に対して、女が、恨みのあまりに鬼女となって襲いかかるも、陰陽師によって退けられ、いったん、姿を消すという物語です。登場人物は、女(前シテ)、女の生霊(後シテ)、安倍清明(ワキ)、夫(ワキツレ)、社人(狂言師)です。
右側に打杖を振り下ろさんとする人物が描かれています。これが、怨みのあまりに鬼女となった女かと最初は思いました。しかし、面が般若系ではない(むしろ男面)し、蝋燭を立てた五徳を頭にのせてもいません。また、乘っている台には、祈祷のための設えがありません。これは、どう考えても、『鉄輪』ではないですね(^^;
もう一度、書かれている文を読んでみました。
鉄輪
思ふ中をはさけられし
恨の鬼と成て人におもひしらせん
うき人に思ひしらせむ
これは、『鉄輪』の前半の最後、貴船神社の社人から、憤怒の心をもつならば、忽ち鬼神になることができるという神のお告げを伝えられた時の、女の言葉です。そして後半、女は鬼となって、夫に怨みを晴らしに来るのです。
この男は、狂言師が演ずる社人ですね。
通常、男は直面なのですが、面を着けたように描かれています(理由不明)。
この左側には、怪しげな女(前シテ)が描かれていたはずです。
おそらく、さらに続いて、『鉄輪』の後半部も描かれていたでしょう。般若面(橋姫か生成)を着け、打杖をもった鬼女、安倍清明、そして夫です。
肝心の所が欠けています(^^;
じゃあ、右に描かれているのは?
一畳台の上で打杖を振りかざしています。頭には輪冠が。
これは、能『大會』のラストシーンですね。
【あらすじ】比叡山の僧が修行していると山伏姿の天狗が現われ、以前命を助けられたお礼に望みをかなえてやると言う。僧の望みにより、釈迦が霊鷲山で行なった説法の様を現わし、僧は思わずありがたさに合掌礼拝するが、怒った帝釈天が天下って天狗の魔術を破り、天狗をこらしめる。(「精選版 日本国語大辞典」より)
この能は、有頂天になった天狗(シテ)が、帝釈天(ツレ)によって戒められるという、チョッとおまぬけな天狗の物語です。
打杖を振りかざしているのは、主人公の天狗ではなく、帝釈天ですね。この絵の右には、癋見面を着けた天狗が、打ち据えられた姿で描かれているはずです。が、切り取られてしまってます(^^;
今回の品は、巻物断簡の一つです。が、もう少し内容を考えて切断してほしかったですね(^^;
絵は上等、書も一級ですから、本来は相当立派な能絵巻物だったと思います。それだけに、『鉄輪』がどのように描かれていたのか知りたいところです。でも今となっては、それもかなわぬ夢巻物(^..^)