ここ数回、絵瀬戸のあれこれを紹介してきましたが、元々は大皿シリーズでした。そこから脱線して、在庫セールのようになってしまった訳です。ここいらで、元へもどりましょう(^^;
今回は、巨大な絵瀬戸皿です。
径 47.2㎝、高 7.9㎝、高台径 26.5㎝。 江戸後期。
見込み中央に、大きな鳳凰が鉄釉で描かれています。
線のタッチは、通常の大きさの絵瀬戸皿と同じです。
マンガチックな鳳凰です。
外周には、吉祥紋が配置されています。
かなり時代を感じされる高台と土で、江戸期の絵瀬戸と思われます。
時代箱に入っていました。
前の所有者が「志野織部鳳凰紋大皿」とのラベルを貼っています。
志野は、元来は、穴窯で焼かれていて、鉄釉で描かれた素朴な絵が、半透明の長石釉を通してぼやっと浮かびあがる優雅な焼物です。志野織部は、その後、熱効率の良い連房式窯に変わって上釉の透明度が増し、鉄釉の絵付けがはっきりとするようになった物をさします。
このどろっとした釉調をみて、おお、志野織部!と前所有者が早合点したのかもしれません(^^;
桃山~江戸初期に、こんな巨大な志野焼は焼かれていません。もしあれば、それこそ大発見、恐ろしいほどの値がつくでしょう(^.^)
で、手持ちの資料を漁ってみると・・・
絵瀬戸鳳凰紋皿 (江戸後期、径 37.4㎝)
ありました。よく似た図柄の皿が載っています。この絵瀬戸皿は、他の資料『瀬戸の古陶磁』(光琳社出版)にも載っています。有名な品なのですね。
私の巨大皿と本に載っている絵瀬戸皿を較べると、両者のモチーフはほとんど同じですが、本の皿の描き方の方が丁寧です。また、竹や草花などは、私の皿では描かれていません。
今回の私の皿は、本に掲載の品と同じく、江戸後期、瀬戸の品野窯で焼かれた絵瀬戸鳳凰紋皿に違いありません。絵付けはやや簡略化されていますが、本掲載の品よりも、一回り以上大きな皿です。
絵瀬戸としては、最大級の品でしょう。
普通の絵瀬戸皿と比べると、その大きさがきわだちます。江戸後期には、伊万里でも大皿が焼かれていますから、この皿も、それなりの需要があったのでしょう。
しかし、使用された形跡はありません。大切に保管されてきたのでしょう。
今では持ち運びもままならない大皿ですが、私の所で保管が継続されることになります(^.^)
普通の絵瀬戸皿が小皿のように見えますね。
絵瀬戸にも、こんなに大きな皿が存在するんですよ、と主張しているようですね。
これからも、ず~と、最大級の絵瀬戸の代表として伝えられていくことでしょうね(^-^;
骨董市で一度、角形で同じくらいの大きさの絵瀬戸を見たことがあります。さすがに手を出しませんでした(^^;
伊万里の大皿もそうですが、使用目的は何だったのでしょうか。多くの人が集まって宴会を催す時に使われた?それともミエ?