月の岩戸に閉じこもり
わたしのやっていることと言えば
詩文を書いたり 絵を描いたり
時には琴を奏でて 歌を歌ったり
窓に釣り下がる かわいいこいぬの星と話をしたり
そんなことばかりなのだが
特に外に出たいとは思わない
わたしは一人静かにここにいるほうが好きだ
でも ときどき思う
昔は こんなふうではなかったなあ
友達もいっぱいいたし
友達と話をするのも 好きだった
外を走り回って いろんな冒険をした
今は
プロキオンがそばにいてくれて
時々星が訪ねてきてくれるだけの
静かな毎日を過ごしている
ある日 変わったお客がいらっしゃった
だるまのように赤くて妙に難しい顔をした星が
小窓をたたいて ごめんくだされと
古風な発音で言う
わたしが小窓を開けると赤い星は丁寧に会釈をしてから
中に入ってきた
そして小部屋の真ん中に座り 深々と礼をして
自分の名を 「アレス」というと言った
ああ アレス 存じております
マルスとも呼ばれる方
あなたがわたしのもとに来て下さるとは思わなかった
アレスは 無駄なことをあまり言いたくない様子だった
わたしに何か言いたいようだが
それをなかなか言えないことにもどかしさを感じているのか
目を閉じたり開けたりしながら 何度も深い息をつく
何かわたしにお話があるのでは?
と言うと アレスはようやく言ったのだ
たしか あなたのご友人がおっしゃったことがある
ごみを捨ててはいけないところに ごみを捨てるなと
わたしの言いたいことは それとまったく同じなのだが
地球の人間のためを思うと 言うに言えない
しかしこのまま放っておいても
人間はやっても無駄な努力を繰り返すだけだ
本当のことがわかったとき
いったい今まで自分は何をしてきたのかと
大きく落胆するであろう
ああ そのことならば わたしも悩んでいるところです
言うのは簡単だが それによって
人間がどれだけ傷つくかと思うと
言うに言えない
けれども いつかは言わないと 時が流れるに従い
人々は 無駄な努力を積み重ね 真実を知った時に
突き落とされる崖が高くなる
あなたはいつ それを言うつもりですか
と アレスは真剣な顔で私に問うた
わたしは奥歯を噛み 目を閉じて考えた
そしてしばし息を止めたあと 目を開けて
アレスに言ったのだ
この地球は 愛が雨あられのように降ってくる
美しい創造の世界
木も花もあらゆる生き物も水も風も日も
大地も空も海も月も日も星も
すべてが愛にかきたてられてやってくる
奇跡の命の星
人々はここで まるで少年のように遊んでいる
豊かにも素晴らしい世界
アレスよ あなたの世界は いかなる世界ですか
するとアレスは言った
愛はあるが ここのように豊かに空から降ってきたりはしない
生命も存在したことはない
草一本も生えることのできない荒れ野が広がっている
時に山岳がある 谷がある 川はない 海もない
二酸化炭素の氷の山がある
風の言葉は冷たくも誰の耳も冷やすことなく流れる
日はふりそそぐが 月はないに等しい
寒さは空に貼りついて砂に氷の絹を敷く
さて わたしもまた 地球人類を愛しているが
ふうむ
はっきりとはまだ言えないのが もどかしいですな
アレスのことばに わたしは返した
それほどたくさん ヒントを言ってくだされば
きっとわかる人もいるでしょう
あなたの 困惑をわかってくれる人が
いずれ時がくれば 誰かが必ず言ってくれるでしょう
そのためにも今 わたしが言わなければいけないと思うことは
言っておきます
人間よ
まったくすばらしいとあなたがかんがえているものが
いずれ すべて 馬鹿になってしまう
金と汗と情熱を傾けて一心につくりあげたものが
なにも知らなかった時代の 幻の遺跡となる
このことばを 忘れずにいてほしい
いつかは だれかが 必ず真実をいうだろうから
そのときの衝撃を 少しでも軽くするために
わたしと わたし以外の使命を持った人が
できるだけの努力をすることと思う
そのあと わたしとアレスは秘密のある言葉を交わして
別れた
アレスが窓から去って行くと プロキオンがちると鳴く
わたしは深くため息をはき 少し背骨に疲れを覚えて
小部屋のすみの寝床に横たわった