月の岩戸

世界はキラキラおもちゃ箱・別館
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ソル

2013-02-10 07:39:22 | 詩集・瑠璃の籠

プロキオンの歌を聞いていると
時にある犬のことを思い出すことがある
わたしの夢に出てきた ある犬のことを

その犬の飼い主は 汚れた服を着た二人の子供だった
とても美しいとは言えぬ顔をしていて
頭もそうよくはなく たいそう行儀も悪かった
しかし 彼らにとって最も不幸だったことは
両親が 別れた折に どちらも彼らを引き取ろうとせず
古い家と犬と一緒に 捨てられてしまったことだった

いなくなった親の行方は知らない

その犬は ある日わたしの犬に懸想をしたことを
わたしの夫にとがめられて 保健所に連れて行かれ
殺された
その夜 その犬が わたしの夢に出てきたのだ
白衣を着た男に連れていかれながら
必死に私の方をふりむき
犬は何かを伝えようとしている 
たぶん 残していくあの二人の子供を
どうにか助けてくれと 頼みたかったのだろう

二人の子供は 噂によると
近所の善意ある主婦がしばらく世話をしてくれたあと
施設にひきとられていったそうだ

この世には あのように
子を見捨てていく親もいるのだと
わたしがうっすらと悲しみを感じながら思ったそのときだった

突然 背中に光を感じた 熱い光
だがわたしは瞬時に判断した
振り向いてはいけないと
プロキオンも黙り 岩戸の中は静寂に包まれた

あなたに問う あなたはどなたか

やさしくやわらかな声が わたしに尋ねた
わたしは礼儀を知っているので 背筋をのばし
目を閉じて 答えた

わたしは ある呼び名を 真実の天使と申します
そしてわたしは あなたがどなたかを わかります
ゆえにどうか なのらないでください

すると背中の気配が うっすらと悲しみを帯びた
彼は悲しんでいた それはわかった
だがわたしは自分の心を変えない
わたしがそういうものだということを 彼は知っている

あなたは なぜ いきなさるのか

彼はまた尋ねた わたしは目を閉じたまま答えた

愛する君よ あなたはわたしのこころを知っている
ゆえに言います
あの 汚れたふたりの子供を 捨てられる親と
同じ心に わたしがなれると思いますか

そのとおり あなたにできるはずがない

彼は答えた わたしはまた言った
そのとおり そしてそれは あなたも

ああ そのとおり だれが
すてられよう
だれが わすれられよう
いちどでも わが子と抱きしめた 子らを

愛の天使よ
わたしはいきます なんどでも
あなたの かわりに いえ
あなたと ともに

真実の天使よ
忘れないでほしい
いつもわたしは あなたとともにいると いや
あなたは わたしだと
わたしは あなただと
あなたが 子らを愛してくれる限り
あなたは わたしなのだ

そのとおり わたしは答えた
そして彼は 微笑みと沈黙を
一瞬の赤い珠玉にして わたしの胸に投げると
静かに 熱い光とともに 気配を消した

プロキオンが鳴き始めた
わたしは目を開けたが 振り向かなかった
ただ 心臓の棘が 大分少なくなっているのに 
しばらくして 気付いた




コメント (1)
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