義指も使い良かったが
やはり自分の指はよい
文字を書く手の速さが違う
わたしは心より神に感謝した
そうやってわたしは
調子に乗って愛の歌をいくらも書いたのだが
途中で 少し不安になって書くのをやめた
アルギエバが怒っていることを思い出したからだ
あまり 甘い愛の詩など書いては
また獅子の星が怒鳴り込んでくるやもしれぬ
彼らもまた苦しいのだ
わたしと同じように いやきっと
わたしよりも ずっと
そうして筆をおいて少し休んでいると
ふとかすかな透き通った香りがして
わたしは小窓を振り向いた
そうしたら そこに星がいて
あまりにも青ざめた顔をして
呆然とわたしを見ているのだった
どなたでしょう?とわたしが言うと
星は今初めて気づいたかのように
はっとして 名乗った
わたしは サビクと言います
ああ あなたには今 わからない
でもわたしは あなたを知っている
まさか まさかこんなことに なっているとは
そういうとサビクは
苦悶の顔を隠しもせずに涙をほろほろと流すのだった
わたしはあわてて言った
ご心配なさらずに ご心配なさらずに
すべては すべては わたしがわかっていてやったことです
なにもかも わかっています
するとサビクはかぶりをふりながら
いいえ と言った
あなたは 何も知らない
何もわからないように 鍵をかけられているのです
まさか こんなことになっているとは
大変なことになったとは聞いて やってきたのだが
わたしはどうこたえていいかわからずに
ただサビクの顔を見ていた
プロキオンが何かを知らせるように
ちちちちち としきりに鳴く
サビクは顔を覆い ただ涙を床に落としていた
なんということを なんということをしたのだ
サビクは言った それと同時に
サビクは目を刺すようなまぶしい光を放った
わたしはあっと声を飲んで目を閉じた
光は部屋の中に満ちそれは湯があふれかえったように熱かった
大きな翼の音がした
プロキオンが激しく きい と鳴いた
ああ サビクが怒った
彼の声が聞こえる
岩戸の女神を見て サビクが怒った
彼の声は 落ち着き払っているように聞こえたが
わたしは とんでもないことになると
彼が言っていることがわかった
翼の音が消え 部屋から光の気配が消えると
わたしはおそるおそる目を開けた
サビクはいない
プロキオンが点滅している
わたしは思わず瑠璃の籠に駆けより
プロキオンに呼びかけた
大丈夫です 少し目を回しているだけですよ
彼の声が言った
わたしは安堵しながらも 彼の声に言った
わたしを女神と呼ばないでください
岩戸の女神よ
わからずともわかるはずだ
どういうことになっているのかは
教えなくとも あなたにはぼんやりとわかっている
鍵をかけたのはわたしだが
あなたも同時に自分に鍵をかけた
わかるのがいやだったからだが
同時にそれはどうしようもなく わかってしまうということだ
どんなに鍵をかけようと
ああ そうです
わたしは 言った
いずれこうなることは うすうすとわかっていた
だがみたくはなかった しりたくはなかった
あなたがわたしを 女神と呼ぶわけも
ほんとうは わかろうと思えばすぐわかるのです
でも
サビクが怒った
怒るはずのないサビクが
その意味をきっとわたしはわかっている
でもどういうことになるかを 考えようとすると
それ以上わたしの想像力が働かない
それはたぶん
わたしがそれ以上考えようとしたとき
自分の心臓に刺さっている棘が
半分以上溶けてなくなっていることに気付いた
ああ サビクの光が溶かしてくれたのだと わかった
サ ビ ク
どこへ行ったのか