月の岩戸

世界はキラキラおもちゃ箱・別館
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メンカリナン

2013-02-03 07:59:46 | 詩集・瑠璃の籠

途中で 夢を見ているということに気付いた
暗い店の中で ガラクタを並べた陳列台が
どこに灯っているかわからない
薄明かりに照らし出されている

鶏の声が 聞こえる
黒い 鶏の 声が
わたしは目を閉じ あああ…と
よわい息を吐く

心臓が痛い 背骨が重い
足が 折れそうに 曲がってゆく
目から滴る涙は
難破船から海に流れ出た重油のようだ
それがわたしにまきつき
わたしは油にまみれた鵜のように絶望して
暗闇に倒れるのだった

目を覚まさなければ 今すぐ
でなければまた あの暗い部屋に閉じ込められる
氷の棘が住んでいる あの暗い部屋に

だいじょうぶですか と声が聞こえた
わたしは誰かが肩に手を触れたのに気付いて目を開けた
大きな涙の粒が眼球から盛り上がって
枕に落ちた

ぼんやりとしているうちに
いつの間にかそこにいた星が
わたしの涙をその光で拭ってくれる
わたしは かすれた声でようやくありがとうと言うと
寝床から半身を起こした

星は 寝ていていいですよ
いやな夢を見たのでしょう と
やさしく言ってくれた

メンカリナンと申します
自己紹介はしますけれど
初めて会ったわけじゃありません
あなたはまだ思い出さなくていいけれど
わたしはあなたを知っていますから

そうなのですか とわたしは言った
そのことばに メンカリナンはくすりと笑った
変わりない 姿はまるで違うのに
中身はすべてあなただ

そうなのですか とわたしはまた言った
メンカリナンは笑いながら
わたしに小さな緑の石をわたすのだった
孔雀石かと思ったが色が微妙に薄い
何の石だろうと問うと メンカリナンはいった

森林輝石と言います 地上ではとれない石です
これを枕の中に入れて眠りなさい
すると悪い夢や 悪い思い出をきれいに清めてくれますから
そして 傷ついた気持ちがやわらかく安心してきますから

まあそうですか それはありがたい
わたしは悪い夢を見た後だったので
その贈り物はとてもうれしかった
メンカリナンは知っているらしく
わたしに言った

黒い鶏は もう死んでしまいました
二度と あなたをあの黒い部屋に
閉じ込めることはできません
心臓に棘を刺すこともできません

はい それは人づてに聞いて知っています
でも 思い出は 消えなくて
何度も塗りつぶしたり 海や風で洗ったりしたのですけど

わたしがそういうと メンカリナンは
瞳に深い悲哀をためながらも微笑んで
わたしをやさしく包むような声で
言ってくれるのだった

もう こわいものはいませんよ
あなたを驚かすような こわいものはいません

そうですか とわたしは言った
しかし思いはやはり さっきまで見ていた
夢の中に流れていくのだった

薄暗い店の中で あの人は何を売っていたのだろう
わたしが考えていると
メンカリナンはそれを見透かして言うのだった

馬鹿なものですよ 愛のことなんか何も知らないのに
愛だと言って 嘘を 売っていたのです
わかるでしょう 今なら

わたしは 泡のように浮かんでくる記憶を
ぼんやりとながめながら
まるで誰か知らない他人のことをいうように
ほんとうにそのとおりですと
メンカリナンに言ったのだった



コメント (1)
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