月の岩戸

世界はキラキラおもちゃ箱・別館
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プロキシマ

2013-02-19 04:54:01 | 詩集・瑠璃の籠

その日わたしは 琴を弾いていた
ひさしぶりに 小さな貝の形をした琴を
やわらかな音が
棘に傷んだ わたしの心臓を
静かに癒してくれる

どれくらいの日々を ここにいるのか
わからないが 以前と比べると
ずいぶんと 心も体もよくなっているような気がした

プロキオンが ち と鳴いた
冷えた風を感じて わたしは小窓を振り向いた
するとそこに やはり星がいる
一瞬 わたしはぞくりとして
思わず 手から琴を取り落した

星は 小部屋の中に立ち
冷たい目で わたしを見下ろしていた
手には 氷の刃を持ち
静かな青い炎の竜を
蛇のように 腕に巻いている

なぜ あなたがここに
と わたしは震える声で言った
たしか あなたは

わたしは言いかけたが
星は手振りで わたしに
ものを言うなと 言った

わたしは だまりこんだ
氷のように 静かに
彼には
従わなければいけないからだ

星は しばしの間
静かに わたしを見ていた
棘の刺さった わたしの心臓も
添え木をつけられた わたしの骨も
静かに 透いて見ていた
そして わたしが
決して見られたくはないと
深く隠していた 頭の奥の
赤い珠玉をも見た

そして すべてを見抜いた後
彼は 氷の冷たい息を吐き
かすかに 刃を揺らした

何か 自分をしばっていた硬い鎖が
ふと切れたような気がして
わたしは胸が楽になって ほっと息をついた
安堵が わたしの口をゆるめる

あなたが あなたも
ゆかれるのですか

そういうわたしの言葉に
言葉で答えるひとではない
彼は静かに 背を向け
小窓の向こうに消えていった

プ ロ キ シ マ

彼の声が
わたしにその名を教えてくれた

破壊の 天使



コメント (1)
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