9月26日17時10分付で、朝日新聞社のサイトに「解散権の肥大化、見通せず 小選挙区推進した学者の悔恨」という記事が掲載されました(http://digital.asahi.com/articles/ASK9S5QYMK9SULZU00D.html)。1990年代、衆議院議員選挙に、中選挙区制に代わるものとして導入された小選挙区比例代表並立制と、衆議院の解散との関連性について、東京大学名誉教授の佐々木毅氏へのインタビュー記事としてまとめられたものです。
佐々木氏は、当時多かった選挙改革推進者・支持者の中でも代表的な存在ですが、選挙改革の後に衆議院解散が大きな問題となったという旨の発言をされていました。上掲記事にも書かれていますが、今年2月27日付の朝日新聞朝刊2面14版に掲載されている 「(1強)第1部・平成の楼閣:1 平成の政治改革、官邸に権力集中」という記事では「民間政治臨調のメンバーとして旗を振った佐々木毅・東大名誉教授は『当時全然気づかなくて、後で大きくなった問題が、首相の解散権だ』。首相が自らの判断で、都合のいい時に解散権を行使することが、野党を牽制(けんせい)し、与党内の異論を封じる効果をもたらしたことへの反省である」と書かれていました。他方、同じ記事には「強い権力が必要だという認識があった。官邸への権力集中は90年代の制度改革がめざした姿。今でも間違いではないと思う」という山口二郎教授の言葉も掲載されています。
さて、時を今に戻します。佐々木氏は、選挙改革の「当時全然気づかなくて、後で大きくなった問題が、首相の解散権だ」、「派閥の問題や政治とカネの問題に主たる関心が行っていて、首相の解散権には考えが及んでいなかった。制度を変えるに際し、見通しきれていなかった」と述べています。当時、解散権について議論を展開された方がおられたかどうかわかりませんが、小選挙区制、大選挙区制、比例代表制のそれぞれについて、世界各国の制度を十分に比較検討していたのか、改めて問われなければならないでしょう(どなたか覚えていませんが、選挙改革後の間もなく、小選挙区制は憲法に違反するという見解を述べられた方もおられます)。日本でよくあること、そればかりか何度も繰り返されることですが、一寸目に付くことが外国にあって、それが上手くいっているのであればあれば、十分に検討することなく日本も真似してやってみたがるというのが、選挙改革にも言えたことかもしれません。
二大政党中心、政権交代可能な政治の実現。これが当時の選挙改革の目標であるとしたら、一部は実現したかもしれないが、成功したとは言いえないのではないか。
このように考えるのは、誤解に基づくものでしょうか。
ただ、確実に、とは言ってもどこまでかという問題はありますが、変わったことがあります。派閥の位置づけです。選挙改革以前よりも派閥の意味が小さくなっていったことは否定できないでしょう。このことが「首相の解散権」の肥大化につながった、と佐々木氏は述べます。氏は「解散は首相の専権事項だという言い方がよく使われるようになったのは割と新しいこと、21世紀に入る前後からではないか」とも指摘しました。
佐々木氏は、2014年11月の衆議院解散についても批判をしています(読んではいませんが、文藝春秋2015年1月号に掲載されているとのことです)。また、今月中に行われるであろう解散についても「議会政治という枠組みに大きな問題を突きつけたと思う。議会を中心にして権力が構成され、その権力が議会の意向に従って行使される。それが議会政治の基本原則だ。自由裁量的に解散権を行使する首相権力の存在は、果たしてそれと両立しうるのか。よくよく考えられねばならない」と述べています。
しかし、政治の道義などとして捉えるのであればともあれ、法的な側面からすれば説得力に欠けるように思われます。実は、そもそも誰が衆議院の解散の権限を持っているのかという問題があり、これは、芦部信喜(高橋和之補訂)『憲法』〔第六版〕(2015年、岩波書店)49頁の表現を借りるならば「憲法の条文の不備に由来する」のです。憲法の解釈の仕方にもよりますが、今月中に行われるであろう衆議院の解散も憲法違反であるとは言えないでしょう。また、これまでにも、例えば小泉純一郎内閣期の「郵政解散」は、説明は付けられるものの、佐々木氏の主張の論理に照らせば妥当とは言えないはずです。
内閣総理大臣のみが衆議院の解散に関する実質的な権限を有するという論調は、憲法の規定に照らせばおかしなものであることは明らかですが、それでは実質的な権限は誰が持っているのかという問いについては、憲法の上では明確でないと言わざるをえません。実質的な解散の権限の所在が示された規定はないからです。
形式的な権限というのであれば、憲法第7条第3号によって天皇にあることは明らかです。しかし、衆議院の解散は国事行為の一つであり、憲法第3条によって国事行為には内閣の助言と承認が必要であるため、実質的な権限は天皇にではなく、内閣に帰属する、ということになるのでしょう。
よく誤解されているようですが、第69条も「内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない」と定めています。この条文だけでは、内閣が解散に関する実質的な権限を持っているかどうかはわかりません。第3条および第7条第3号と結びつけて、ようやく内閣の実質的権限を導き出すことができます(ついでに記せば、第7条第2号に規定される国会の召集についても同じことが言えます。そもそも「招集」ではなく「召集」ですから、形式的であるとは言え、天皇に権限があることが前提なのです)。
これで問題が終わる訳ではありません。衆議院の解散については、第7条第3号と第69条にのみ規定があり、具体的な想定事例は第69条にしか示されていません。そのため、第69条に示される、衆議院における内閣不信任決議案の可決または内閣信任決議の否決が行われた場合にのみ、衆議院の解散が許されるという見解も存在します。これは、内閣の助言と承認に実質的な決定権を含まないという前提を踏まえた見解ですが、同じ前提によっても衆議院の解散を第69条に示された事由に限定しないという見解も存在します。この見解は、憲法の構造、もう少し具体的に記せば議院内閣制、権力分立制に根拠を求めます。ただ、憲法の構造というのではいかにも不明確ですし、権力分立制は解散の根拠となりえても、議院内閣制が根拠となりうるかどうかは疑問とせざるをえません。むしろ、議院内閣制は解散の制限の根拠になりえます。
現在まで、実務または運用においては、天皇の国事行為に対する内閣の助言と承認には実質的な決定権も含むという前提の下、第7条第3号を一応の根拠として、内閣に自由な解散決定権限を認める見解が通用しています。学説の多くも同様でしょう。従って、内閣不信任決議案などがあろうがなかろうが、内閣は自由に衆議院解散を決定しうるということになります。
このように考えてくれば、選挙制度に関係なく、元々、日本国憲法では衆議院の解散について事由を限定しておらず、内閣は自由に解散を決定することができるということを想定していた、と解釈することができます。そうでないというのであれば、規定の不備です。衆議院が内閣不信任決議案を可決した場合または内閣信任決議案を否決した場合に限り、衆議院の解散が許されるというのであれば、その旨の文言を入れておけばよかっただけのことで、現行の規定ではそこまで読み取ることができません。
もっとも、中選挙区制時代には内閣、さらに内閣総理大臣の権限は、政治的にそれ程強くなかったとも言いうるかもしれません。小選挙区制になり、党首⇔派閥⇔議員(党員)という関係が弱まり、党首⇔議員(党員)という関係が強くなったことは確かなようです。
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補足的に記しておきましょう。自由民主党憲法改正推進本部による日本国憲法改正草案(2017年4月27日決定)では、現行の憲法第3条と第7条をまとめたような形で第6条が作られており、その第2項第3号で衆議院の解散が天皇の国事行為の一つとされ、第4項で「天皇の国事に関する全ての行為には、内閣の進言を必要とし、内閣がその責任を負う。ただし、衆議院の解散については、内閣総理大臣の進言による」とされています。「助言と承認」ではなく「進言」とされているのは、実質的決定権を含むという点を明確にしたかったからでしょうか。もっとも、草案の第69条も現行の第69条と全く同じ文言であり、この辺りについてはもう少し整理するほうがよいと思われます。