~3~
朝は6時に目覚める。
寝不足は感じるが、二日酔いは軽い。
せっかくの温泉水なんで、朝風呂を楽しむ。
あ~、記憶が無い。(高知県人は得意技)
狭い湯船だが、熱めのお湯で免疫力を上げる。
ふだんはやらない朝風呂は気持ちがいいものだ。
早々にチェックアウトを済ます。
早朝のアーケードはガラガラ。
中国への応援。難波も今やインバウンドの恩恵を多分に受けている。
南海電車で和歌山近くの泉南に向かう。
今回の旅の一番の目的でもある親戚のお見舞い。
無職の頃、働くお店を探し回ったあの頃、お金が尽きて親戚の家に転がり込んだ。
美容師のおばさんは快く引き入れてくれたが、警察官だったおじさんにはよく説教をされた。
そのおじさんが病魔に侵され、入退院を繰り返しているらしい。
病気のひとつが難病のようで、お見舞いも兼ねて顔を出すことにした。
泉南の端っこ樽井駅。
隣りの駅は和歌山県という大阪の境界線。
ここまで南に来ると何だか気候さえ暖かく感じる。
電車の中のマスク率も大幅に下がっていた。
駅から歩くこと20分、(今日もたくさん歩くことになる)
高架下の電車をまたぐ。
おばさんの美容院。
そのまま通り過ぎて自宅に向かう。
親戚宅に到着、お見舞い。
室内でもニット帽姿なおじさんは、元気そうな喋りとは裏腹にいろんな病気と闘っているらしい。
遠方から見舞いに来た私に気を遣ってか、昔より口数が多かった。
「次にジュンが来た時は、ワシ、もう死んでるかもな~、ハハハ」
子供に恵まれなかったご夫婦、一時期とはいえ転がり込んだ私は出来の悪い息子のようなものだろうか・・。
明るいおばさんと私の母は従姉妹で一番の仲良しだった。
今でも母の話になるとすぐに涙ぐむ。
花が好きな所まで母とよく似ている。
「あ、そうそう!頼まれてたもの、持ってきましたよ!」
リュックから小瓶を取り出す。
小瓶の中で水に浸かっているのはカズラナシの枝、挿し木にして育てるらしい。
実は大阪行きの夜行バスに乗る日、夕方に少し営業をサボり車で枝を切りに行ってきた。
母も好きだったカズラナシ、きっと大事に育ててくれるに違いない。
鉢植えには見たこともない色のオキナグサがいた。
おばさんの趣味は押し花アート。
私の趣味のひとつもモノづくり。
これは理美容師に多い傾向なのだろうか・・。
そういえば、私の親戚周りには美容師が多い。
ざっと数えただけで7人もいる。
「ジュンはこの後、どんな予定なん?」
「昼からは河内長野の師匠に会いに行ってきますわ」
「河内長野か~、電車より車が早いな・・、お~い!ジュン乗せてドライブ行こうや!」
おじさん、闘病中とはいえ車の運転は出来るらしい。
「腐ってもクラウンやで!ホナ行こか!」
結局、本当にドライブがてら送ってもらった。
「そしたらここで・・、オッチャン!お元気で!また近いうちに来ますわ!」
美加の台駅。
ここは西区南堀江ターニングのマスターが店舗兼住宅を建て、私達従業員もついていったお店がある場所。
新興住宅街は、大きく変わるはずもなく、駅から見える高台は昔からそのままの風景だった。
高台まで211段の階段を上る。
ここも通勤道、しっかりと足跡を辿る。
駅から約20分、美加の台ターニングに到着。
昔と違い、随分派手な緑に塗られている。
車が無い・・、やはり突然来たのは間違いだったか・・、
インターホンを鳴らす。
留守。
玄関扉にお土産の入った袋をひっかけて立ち去る。
去年のいつ頃だっただろうか、突然携帯に電話がかかってきて「感謝の言葉」を伝えられた。
やはり、このまま立ち去ってはダメだ。
久保マスターに電話を掛けてみた。
「え?上田君!?え?家に来てんの?あー、家内はおーへん?あー確定申告いったかー」
「ワシ今、初芝でテニスやってんねん!あー、会いたかったなー」
「いやいや、突然来た私が悪かったんです!ちょっと時間の予定が組みづらくて・・申し訳ないです!」
「また、大阪きたら寄りますんで、ハイ」
閑静な住宅街は電話の喋り声も辺りに響く。
美加の台ターニングができた頃は、まだ空地も多かったが、もうびっしりと家が立ち並んでいた。
・・というか、当時新しかった家々も冷静に考えると築30年。
新興住宅街は一気に栄えるが、同じように年を取るので街は若返らない。
そう、歩いていて違和感を感じていたのは、最近に新築されたような家が見当たらないのだ。
新規客が見込めない高台の住宅街、そこの住人達だけで商売を成り立たせなければならない。
今現在、ターニングが存在しているのは、
まさしく久保マスターの天才的な技術と人懐っこい性格で住人たちに愛され続けている証だ。
そんな事を考えながら211段の階段を下った。
南海高野線美加の台駅からすぐの河内長野へ向かう。
河内長野の駅周辺は昔と変わらない。
待ち合わせ場所に現れたのは、関美の専門学校同期で私の後に助教師を引き継いだ水落君。
和歌山の橋本から会いに出てきてくれた。
その姿は少しふっくらしたくらいで、全く変わらない。
水落君は2歳年上だが学校では同期だった。
荒れた教室の中で、唯一まともで常識のある友達だった。
今は地元和歌山で市バスの運転手をしているらしい。
何とも20年ぶりの再会である。
「喫茶でも行きましょうや!」
ところが、河内長野駅周辺は寂れたシャッター街になっていて、その喫茶が見当たらない・・。
しばらく探してやっと見つけたパーラーに腰を下ろした。
「久しぶりやね!20年ぶり?元気そうで何よりやね」
「上田君も元気そうで何よりですねー」
水落君は昔から年下の私にたまに敬語を使う。
「福嶋君とか、会ってんの?」
「あ~、あの愛媛のアホか(笑)、2回ぐらい向こうで会ったかな~」
「何かハーレー乗り回してるらしいわ、たぶん相変わらずやで!(笑)」
「しかし、水落君、何がどうなってバスの運転手に辿り着いたの?」
関美、理髪店、助教師、不動産社員などなど、紆余曲折、波乱万丈、随分と苦労したようだ。
「普段仕事でバス乗ってるやろ~、休みの日なんか車の運転が嫌で嫌で・・ハハハ」
「へ~、そんなもんなんや(笑)、体の調子はどう?」
「アカンで~、血圧がメッチャ高いわー、いや、シャレにならんでホンマ」
「アカンやん!走ったらええわ!ジョギング、ジョギング!(笑)」
今回、人に会うたびに体の話になる、これも皆お互いに歳をとったという事。
こうやって懐かしい友人に会えるのは、人生であと何回あるのだろう・・。
積もる話は次回に託して、パーラーを後にした。
「じゃあ、元気でね!」
河内長野駅から初芝駅に向かう。
やっぱり久保マスターに会わなければ・・
初芝には昨日の夜を共にしたヘアテックの同僚藤井の家がある。
「藤井君、昨日はありがとう、今な、初芝の駅におんねん、後で家行くわ」
「で、その前にテニスコートに行かなあかんのやけど、どの辺にあるの?」
藤井ナビで、駅から結構歩いてテニスコートに到着。
テニスコートは6面、それぞれのコートでダブルスが組まれている。
久保マスターを探すが、似たような年配の方が多く、確信に至らない・・
すると遠くから聞き覚えのある声が、
「ダメだよ~、こ~んなに広く空いてるのにそんなところに打っちゃ~!」
あの声は間違いなく久保マスターだ。
一番奥のコートに足を進める。
歳の割に結構アグレッシブに動く久保マスター、邪魔せずにしばらく眺める。
少ししてちょうど終わりになったようで、コート出口の金網横で出てくるのを待った。
「お疲れ様です!」
マスクを外して笑顔を作った。
「え~!上田君!来てくれたの~!?」
「お久し振りです!ご無沙汰してます!その節はお電話ありがとうございました!」
運動後で、まだ少しほてりが残る顔をクシャクシャにして照れたような久保マスター。
久保マスターと。
「どう?散髪屋の景気は?」
昔からお客さんとの会話も景気の話からだった、・・・変わらない(笑)。
「地方は儲けもしないので不景気もたいして変わるもんでもないですわ」
「そう、それはいいね、ウチなんか消費税UPからめっきり客足遠のいたよ~、参ったわ」
お子さんの話、お孫さんの話、僅かな時間だったが、
空白を埋めるのには十分な時間だった。
「マスター、ありがとうございました!私の技術のほとんどはターニングで修行したものです!」
「本当にありがとうございました!」
駐車場に停めてあるのは久保マスターのバイク。
大きなバイクにかっこよくまたがるマスター、
ブルルン、とエンジン音を響かせトム・クルーズのようなサングラスを掛け、ヘルメットをかぶるマスター、
出発直前、リュックを背負ってなかったことに気付いて一度バイクから降りるマスター、
リュックを背負うと、結んであった巾着がするりと落ちた。
巾着袋を結びつけるマスター、
きっと蝶々結びにしたかったのだろうが、途中で諦めて固結びを2重に結んでしまったマスター。
そう、この方、基本メッチャ不器用・・。
ネジ一つもちゃんと回せないような不器用。
しかし、いざ鋏を持つと天才的で、どうしてもマネが出来なかった素晴らしい技術者。
再びバイクにまたがり、「じゃあ、また逢う日まで!」とかっこよく駐車場を出たが、
車にクラクションを鳴らされていた・・。
歩いて初芝駅に戻る。
二駅向こうの北野田駅に向かう。
昨日も北野田来てヨシコに花を買ったが、今日は住んでいたマンションまで歩いてみる。
北野田は、美加の台ターニング久保マスターのもとで働いた時に住んだ場所。
羽衣の文化住宅、東京のアパート、諏訪ノ森の文化住宅、そしてまた羽衣の文化住宅、
その後にやっと、「マンション(ワンルーム)」に住んだのがこの北野田だった。
北野田駅周辺は再開発されていて変貌していた。
何だか綺麗になっているが、狭いアーケードは変わっていない。
歩く歩く・・、そういえば駅までの通勤は確か自転車だった。
一度両親が泊まりに来たことがあったが、長く歩く事に不満を口にした。
その時の両親は親戚宅を泊まり歩いたが、私のところで寝た朝、
「ここが一番よく寝られた」というひと言がやたらと嬉しかったのを思い出した。
その時の親の歳に近づいて、この緩やかな坂道が結構しんどいことに共感した。
歩く事20分、当時のマンションに到着。
このマンション、表は一階だが、私の部屋は地下2階。
つまり、こういう造り。
玄関はオートロックであったり、ちゃんとした管理人がいたり、
何だか暮らしが変わりはじめた・・、そんな時代だった。
大阪に来てからずっとマナーモードにしていたスマホがブルブルと震えた。
さっき会ったばかりの久保マスターがショートメールをくれた。
「今日は会いに来てくれてありがとう。君の人生の一部に関われた事をうれしく思うよ。」
「お互いにさらに良い人生でありますように」
随分と素敵な言葉を戴いた・・・。
北野田駅に戻り、再び初芝へ向かう。
初芝駅から藤井のお店に向かう。
これも徒歩15分、ブーツは長距離の歩きには不向きだ。
到着。
「ごっつい眠たいわ~」
藤井は私のわがままに付き合ったせいで、ほとんど寝ずに仕事をしていたらしい。
旧実家で、父と二人で理髪店を経営している。
とりあえず母上の仏壇に手を合わす。
藤井母は小柄でよく笑う明るい人だった。
昼間からビールを出してくれたり、一人暮らしを気にかけてくれて食べ物も頂いたりした。
「その節は大変お世話になりました・・」声に出して手を合わせた。
「上田君、昔ヘアテックで吉本の芸人をカットしてたやろ?」
「ああ、バッファロー吾朗の竹若君?」
「ちゃうちゃう、何か段つけたカットしてた子おったやん」
「誰やろ?あとは吉本の養成所の清水君しかおれへんで」
「そうそう、その清水君、たぶんな、今、新喜劇でよう出てるわ」
「ええっ?嘘やろ?マジェスティ―とかいうダサいコンビ名やったあの子が?」
「たぶんな、間違いないわ」
「へ~~、分からんもんやな~」
(後日調べたら、新喜劇次期座長候補「清水けんじ」で、本人にコンタクトがとれた)
「駅まで送るわ!」
「いや構へんよ、歩いて行くわ」
「まあ、ええから、今自転車出すわ!」
50代のオッサンが自転車で二人乗り。
地元民しか知らない細い抜け道を滑走する。
そういえば昔もよく二人乗りで藤井の後ろにまたがったものだ・・・。
唯一違うのが、自転車が電動アシストに変わっていた。
初芝駅で藤井と別れ、難波に向かう。
これが今回の電車の最後の乗車となる。
車窓から派手な電飾の通天閣が見えたが、捉え損ねた。
難波駅構内は鳩が歩く。
旧ヘアテックの前で昔のお客さんと待ち合わせている。
私の都合に合わせてくれて、会いに来てくれた。
新君と白石君。
彼等はこの近所が実家で、ヘアテックのオープンからの常連客だった。
それどころか、二人共別々ではあるが、何と高知中村まで散髪しに来てくれたこもとあるのだ。
久しぶりの再会だが、私はちゃんと彼らのヘアの癖も覚えている。
ヘアテックの前で会ったのならなおさら記憶は蘇る。
人と喋り、声を聴き、匂いを感じ、目で見て触れて思い出す。
人間の脳はよく出来ているものだ。
「え、ちょと待って、君達歳ナンボになったん?」
「44ですよ」
「えーーっ!オッサンやん!えーーっ!学生やったよね!年月は残酷や~(笑)」
「大阪にお店出してくださいよ~」
「いやいや、君達が頑張って四万十に別荘建てなさい!(笑)」
「とりあえず次に大阪来るときは鋏持ってくるから元気にしててよ~、じゃあね!」
彼等に見送られながら背を向けて小走りに走り出す。
最後に会う人は私のわがままを目一杯受け止めてくれる人。
「気にせんでもええよ~、そっちの都合を全部済ませて、最後でええわ~」
そう言ってくれた友人は、すぐ近くの高島屋付近に到着しているはずだ。
スマホで連絡を取る。
「何処にいてますか~?」
「路上のバンドがジャンジャンうるさくやってる目の前やで」
「あ、見つけた!じゃあ切りますわ!」
簡単に見つけられるのは背が高いからだ。
「タケちゃん!」
「おーっ!久しぶりやなー!」
「とりあえず居酒屋探しましょ!」
武ちゃん、武田先生、助教師時代の同僚で、それからの長い付き合い。
現在は住吉大社で、夫婦で美容室を経営している。
がんこ寿司(居酒屋)、最後はいかにも大阪らしい場所となった。
「どう武ちゃん?体に変わりない?」
「アカンで~、最悪やで、ポリープだらけやで(笑)」
「石も出来たわ」
「尿路結石ですか?」
「あれは痛いでぇー!痛くて動かれへんで運ばれたもん!」
「そんなビールばっかり飲んでたら・・知らんでぇ~(笑)」
「ひえ~~っ!」
武ちゃんのビールはノンアルコールだった。
2歳年上の武ちゃん、50代半ば、今回会った皆、当たり前だが歳をとった。
積もる話も時間に限りがあり、そこそこにお別れ。
「また近いうちに大阪来ますわ!元気でね!」
急ぎ足で湊町に向かう。
帰りも夜行バスだ。
湊町バスターミナルは閑散としている。
待合椅子に腰を掛け、頭を上に上げて疲れを癒す。
到着したバスに乗り込む。
窓際の指定席に腰掛ける。
通路側のカーテンを引くと狭い個室が出来上がる。
目を閉じると時間に追われた緊張感からも解放されて、脳にも体にも疲労がくる。
結局この日も2万1千歩も歩いた。
二日間でのトータルは「5万歩」。
10年ぶり、20年ぶりに会った人達、さらには30年ぶりに歩いた道と景色。
私の大阪の【あしあと】、
その5万歩は「出会いの歩み」を確かめた「感謝のあしあと」だった。
人を想い、人に想われる、
見えない糸はしっかりと繋がり生きる支えとなる。
人との出会いは、後に宝物となり人生をより豊かなものにするはずだ。
シートを深く倒し、
この二日間の出来事を、まるで羊を数えるように噛みしめながら深い眠りにつくのだった。
タイムマシンは現実世界へと戻るが、
まだまだ人生はこれから・・・、次のステージを楽しむことにしよう!