== あとがき ==
最後までお付き合いくださったみなさん、お疲れ様でした!
読みづらく、分かりづらかったことでしょう。
誤字・脱字、色々な間違い、そして失礼の数々をお許しください。
この冬に10年ぶりの高校の同窓会がありました。
ついに50歳を迎えた私達、
それぞれの子供達は都会に進学したり、新社会人としてデビューしたりと、
慣れない環境に四苦八苦しているようです。
随分歳を取った私の趣味の一つが山歩きです。
先日、足元を黄金色に光輝く「苔」に目を奪われました。
「モスグリーン」という言葉があるように「苔」も美しく光輝いていました。
その「苔」を持ち帰り「苔玉」を作ってみました。
水分を多めに与えたり、朝の陽射しにさらしたり、出来るだけ採取した環境に近づけてみました。
しかし「苔」は輝きを失い、日に日に弱っていくようです。
「苔」といえども、その場所の水、湿度、陽の当たり具合、土との相性、
私の知らない「数多くの」条件が重なり合い、それではじめて光り輝いているようです。
私達人間も一人で生き抜くことは非常に困難です。
まして新しい環境で闘う子供達は、おそらく苦悩の毎日を過ごしているでしょう。
今回、この物語はそんな新人達への親世代からのエールでもあります。
出来るだけ多くの人に出会い、悩みを共有し、
出来るだけ多くの人に関わり、助け、または助けてもらう。
「多くの出会い」「多くの関わり」は多くの苦悩を乗り越え、
やがては人を成長させ、そしてやっと光り輝くことになるのでしょう。
このお話は、
今から約20年前、ヘアテック時代のスタッフ四藤君(本名佐藤君)が
その後ヘアテックを辞めて「大衆理容」で働くことになり、
「長文の励ましメール」を書いたことがはじまりです。
そして今から10年前、
高校同窓会があり、会員制SNSが誕生し、
どこか懐かしいこの昔話を、同じ時代を共に生きてきた同級生達に対し、
物語形式で披露することを思いつきました。
物語は「青かった昔」を振り返った『第1部』、
『第2部・店長編』では少しは立派になったものの、やはり修行・苦悩が見え隠れ、
結局は「第1部・第2部」全体で、
【一人の「理容師」が出来るまで】を描いたカタチとなりました。
舞台は人情の街「大阪」。
田舎から出てきた青年。
そこに感情の起伏の激しい大阪人が絡むと、 物語は勝手にドラマチックになります。
ほぼ「ノンフィクション」で登場人物はすべて実在しています。
自分自身、昔を振り返るいいきっかけになりました。
今思うと「こんな風には考えない!」と思いますが、
当時の自分の考え方、気持ちを大切にし、 出来るだけ忠実に描きました。
当時の手帳・システム手帳に書かれた予定表、写真などを睨みながら、
ノスタルジックな世界に惹きこまれて、うまくタイムスリップ出来たように思います。
「アナログな時代」には「味」がありました。
若い頃、遠方の同級生達によく「手紙」を書きました。
出した手紙の返事を期待してポストをよく覗きました。
頂いた手紙の筆跡から相手の表情が浮かびました。
黒電話では相手の親が出てきた時に備え、挨拶文句を考えたりました。
待ち合わせ場所ではとても我慢強く待てました。
多くの隣人に関わりました。
それぞれに事情がありましたが、みんなちゃんと受け止めていました。
「喜怒哀楽」が激しく、大げさに「一喜一憂」しました。
現在の「乾いた時代」に読み返すと、 「湿気」がもつ「温かさ」が心地よく感じます。
私と同じ世代からすると「何処か懐かしい物語」、
その子世代には「多くの人に関わり、前を向いて頑張れば何とかなるもの」というエールです。
「立ち止まった後は、そこで待つのではなく一歩だけ前に進んでみればいい」
何はともあれ、
長い長~い物語にお付き合い頂き、ありがとうございました!
また、これからもみなさん!、もう少しの間お互いに頑張りましょう!!!
== あとがき (完) ==
「Pellicule」by 不可思議/wonderboy
■最終話■
【後日】
ヘアテック・コラージュ連合『コラテック』が「お別れ会」を開いてくれました。
これが最後の飲み会になりました。
「大阪らしいところがいい」という僕の希望から、
道頓堀のビル7階の居酒屋で、小部屋の座敷でした。
「ヘアテック」の、
藤、四藤君、中田君、そして辞めた坂田君、
「コラージュ」の、
吉福店長、衣川さん、山上さん、村木さん、磯野君、
今田さん、井垣君、前本君、上山田君、狩野さん、独立したサンタさん、
多くの同僚が集まってくれました。
これほど集合したのは初めてで、みんないつもより気分が高揚した感じでした。
「まだ乾杯やってませんよねぇ~」
少し遅れて、「ヨシコ」が現れました。
主婦になった「ヨシコ」は、お腹の大きな妊婦でした。
藤「よし!全員揃ったな!ほんなら始めよか!?」
大きな食器皿が出てきて、ビールがなみなみと注がれました。
四藤・磯野「まずはコレ全部いってもらいましょう!!」
少し時間をかけ、一気に飲み干しました。
「ウォーーッ」(歓声)
挨拶、
「みんな、ありがとう!」
「ヘアテックは自分にとって大阪の集大成でした」
「それをこんなに祝福されながら終わることが出来て・・・・・・、」
「アカン、泣けてきた・・(ウソ泣き)」
「ホンマに幸せでした!ありがとう!!」
「乾杯」が終わり、次から次へとみんながお酒を注ぎにやって来ました。
「藤、次期店長任せたで!頑張ってや!ありがとう」
「ヨシコ、OPEN時の大変な時によう頑張ってくれたな!ありがとう」
「四藤君、真面目やから絶対に成功するワ、藤店長を頼むで!ありがとう」
「坂田君、もうお店辞めんように頑張らなあかんで!ありがとう」
「中田君、短い期間やったけど、ありがとう」
「コラージュ」のみんなにもそれぞれに「思い」を語りました。
~ワイワイガヤガヤ、~
いつもの雑談になりました。
みんなお酒が入り、笑い声が部屋中に響きます。
中田君が「ガシャン」とビール瓶を倒しました。
「あ~あ~あ~あ~!」みんなが大声で合唱します。
ヨシコが自分のバックに被害がないか心配しています。
藤が嬉しそうに鋭く突っ込みます。
坂田君がその突っ込みに手を叩いて笑います。
四藤君が咥えタバコで辺りを拭いています。
コラージュのみんながヘアテックを冷やかします。
赤い顔して、・・みんな楽しそうです。
「ふうーっ」、一つため息をついた僕は、
若いスタッフ達をぼんやりと遠巻きに眺めていました。
「えらい無邪気に笑ってんなぁ・・」
「自分もあんなに若かったんやなぁ・・」
すると突然、周りの雑音が聞こえなくなりました。
若いスタッフ達の姿に重なり、
昔の「若い自分」がボ~ッと浮かびあがりました。
「若い自分」はそこに膝を抱えて座っていました・・・
「ヨレヨレのシャツを着て・・」
「汚れたズボンを履いて・・」
「ガリガリに痩せていて・・」
「右も左も分からなくて・・」
「オドオドして・・」
「愛想笑いばかりして・・」
「痩せ我慢ばかりして・・」
「辛いくせに・・」
「逃げ出したいくせに・・」
「助けてほしいくせに・・」
「その場をしのぐことばかり考え・・」
「夜になると心がガクガクと震え・・」
「寝たら明日が来てしまうと思い・・」
「夜が明けることを不安に思い・・」
「未来に希望なんか見えず・・」
「いつも一人ぼっちだと思い・・」
「甘えさしてくれるところを探しまわり・・」
「自分の事だけ考えて・・」
「自分の事しか考えなくて・・」
「人に迷惑ばかりかけて・・」
「いっぱいいっぱい迷惑かけて・・」
そんな「青い自分」がそこに膝を抱えて座っていました・・。
『・・・これでもう終わりなんやな・・』
そう思った瞬間、涙がポロッとこぼれ落ちました。
自分でも驚きました。
大阪で初めて泣いてしまいました。
一度堰を切った涙は止まらずに嗚咽に変わりました。
みんなの談笑がピタリと止まり、一斉に視線が注がれました。
僕はもう、かすれた声を絞り出すのが精一杯でした・・
上田「みんな・・・もうお別れやな・・・元気でな・・」
「頑張らなあかんで・・」
「ごめん・・・」
少しの間上を向き、おしぼりを目にあてがいました。
僕はこの時初めて「大阪」との別れを実感していました。
ヨシコ「店長、これ・・・」
ヨシコが「大きな花束」を持ってきました。
ヨシコ「店長、ありがとうございました、高知でも頑張ってください」
溢れる涙をそのままにして受け取りました。
四藤君「店長、コレも・・」
四藤君に渡された袋を開けると「ルーレットのパンツ」が出てきました。
「いるか!こんなもん!お前まだ持ってたんか!」(ポイッ)
楽しいひと時はいつまでも続かず、いつしかお開きになりました・・。
下りのエレベーターからは大阪のネオン街を見下ろしました。
お店の名前を決めました。
『エルソル』
ラテン語で太陽です。
いつまでも輝きます。また、お客様を輝かせます。
【ヘアテック出勤最終日】、
予告してあったんで、たくさんの常連さんで賑わいました。
「ついに故郷に錦を飾るかぁ、頑張ってな!」
最後のお客さんを終え、大阪での仕事は幕を閉じました。
「記念写真」を撮ろう!
コラージュのみんながレッスンを中止し、なだれ込んで来ました。
上田「もう今日は泣かへんぞー!」
寂しい気持ちも無く、前を向いていました。
写真撮影が終わるとお店の外に連れ出されました。
人生2度目の「胴上げ」です。
宙に舞いながら清々しい気持ちでいっぱいでした。
コラージュのみんなはワイワイとレッスンに戻っていきました。
「お疲れ様でした!それではお元気で」
ヘアテックのみんなも帰りました。
僕は最後のカルテ整理を終え、
いつも通りにヘアテックを後にしました。
難波の夜はいつもと同じく、温かい湿気がまとわりつきました。
僕は「ホテル南海」の前で立ち止まり、
ゆっくりと上を見上げました・・・
==== 完 ==== H10・5・31
■最終話■
エルソル大阪物語
大皿イッキ
全員集合
■68■
【5月の終わり】
『学校職員組』が日本橋の居酒屋で「お別れ会」を開いてくれました。
長島先生、古尾先生、武ちゃん、水落君。
長島先生「とりあえず乾杯するか・・、じゃあ乾杯~」
上田「古尾先生はやっぱりお酒はダメなんですか?」
古尾先生「カンベンして上田、・・飲んだら倒れるワ(笑)」
上田「いや~皆さんには随分とお世話になりました。」
「もう何の言葉もありませんワ」
「ありがとうございました」
長島先生「寂しなんなぁ~」
上田「ホンマ、何かごっつい寂しいですワ・・」
長島先生「これからこんな魚よりもっとええ魚毎日食えるんやろうな~」
刺身に手を伸ばした長島先生が続けました・・
長島先生「お前覚えてるか?」
「関美の生徒の頃、入学式の次の日やったかな・・」
「みんなに『明日学校に雑巾2枚持ってきて』って言うてな」
「後から『しまった』って思うとってん・・」
「お前田舎から出てきて一人暮らしやったからな」
「雑巾なんか無いやろな~って心配しとってんや・・」
「そしたら次の日、お前ちゃんと2枚持ってきたやろ?」
「よう見たら手縫いやったワ」
「綺麗な粗品タオルをヘタクソに縫ってあったワ・・」
「その話をしてからウチの嫁はずっとお前のファンやで、ハハハ」
「夜中まで縫ったんやろな~って」
上田「覚えてますワ」
「電話もなかった頃で相談相手も居なかったし」
「もう『知るか』思うて適当に縫いましたワ」
「小学校の家庭科が活きましたワ」
「しかし、ようそんな昔の些細な事を覚えてましたね~」
サラダばかり食べている古尾先生が続きます・・
古尾先生「ボクもお前の昔の事覚えてんで~」
「お前、生徒の時、東のシェービングモデルに手を挙げたやろ~?」
「東がお母さんに言ったらしくてな、」
「学校までお礼の電話がかかってきたで」
「『友達も出来ないウチの子に・・ありがとうございます』って」
「電話の向こうで泣いてたワ」
「よほど嬉しかったんやろな~」
上田「そうやったんですか・・」
「ヤツが持ったカミソリに横になって目をつぶるなんて・・」
「今やったら絶対嫌ですワ!!コワイもん!」
長島・古尾「ハハハハハ」
古尾先生「関美生徒から関美助教師、」
「助教師から修行に戻って、ちゃんとお店を出すってスゴイことやで」
「関美理容部の誇りやで!」
古尾先生が大袈裟に言い放ち、上手な笑顔をつくりました。
上田「そうそう古尾先生、やっぱ『関美』ですよね~!」
「なんで『グラムール』なんかにしたんやろ?」
「いろいろありましたけど、『関美バンザイ』ですワ!」
ビールが進みはじめ、すぐにほろ酔いになりました。
長島先生「お前らのクラスはホンマいろいろあったな~」
「歴代1、2番を争う大変なクラスやったワ」
水落「ボクもあのクラス、入った瞬間に『ヤバい』思うたもん(笑)」
酒が弱い水落君が頑張って酎ハイを飲んでいます。
上田「あのクラス、水落君が居ってくれて助かったワ」
「『普通の人』が居れへんかったもん・・」
古尾先生「確かに普通じゃなかったな~(笑)」
「そういや、お前東京に就職に行ったな」
「なんでダメやったん?」
上田「完全に背伸びしすぎましたワ」
「足元も見えてへんし、進む方向さえ分からんでした・・」
長島先生「若いうちは『背伸び』はせんといかん」
「背伸びしとかんと本当に伸びんもんや・・」
「お前にとってはええ背伸びやったんちゃうか?」
上田「そうですね、あれで地に足が着いた感じがします」
長島先生「それからまた偶然に藤本先生が病気になってな~」
「上田先生誕生や」
武ちゃん「いや~、うれしかったで~!」
「同じ南海電車って聞いたときから『やったー!』思うたな~」
「やっと竹中先生から逃れれるって(笑)」
長島先生「ユミか?」
「そういや~今日呼ぶの忘れたな・・呼ぶか?」
上田・武ちゃん「アカン、アカン、アカン!」
全員「ワハハハハハ」
古尾先生「それから水落に先生交代か~」
水落「僕にとっては『渡りに船』でしたワ、ホンマ」
「けど、そっからの上田君えらかったな~」
「店探しはハンパじゃなかったもんな~」
武ちゃん「ウチにもよう泊まりに来てたでな」
「夜中にブツブツうるさかったワ!(笑)」
武ちゃんと長島先生はついに日本酒に手を出しました。
上田「あの半年についての『正解』は分かりません」
「でも後悔は無いですね」
武ちゃん「それからしばらくして、まさか関美の店で店長やるとはな~」
「関美に縁ありすぎやな」
長島先生「人探しに困ってる時に、お前が現れたのにはビックリしたワ」
古尾先生「ホンマですね~、上田から後光が差してたワ」
上田「ハハハハ」
「いや~、何もかも勉強になりましたワ」
「こんなに大阪でやれるとは思いもしませんでした」
関美理容部と武ちゃん、
みんな年上なんで、正直な思いを素直に口に出来ます。
居心地のいい集まりで、時間はあっという間に過ぎていきます。
長島先生「高知に帰っても頑張りや!」
古尾先生「上田やったら大丈夫やからな、頑張ってな!」
武ちゃん「大阪で店出しぃ~や」
水落「高知の引っ越しは呼ばんといてよ!」
【長島先生】
大阪に出てきた頃、初対面の第一印象は「ジャンボ鶴田似」でした。
いろんな散髪屋さんで働いてきましたが、自分の「師匠」はこの方です。
自分の人生は「長島先生」抜きでは語れません。
それ位お世話になりました。
【古尾先生】
第一印象は「神経質なサイボーグ」でした。
大変可愛がって頂き、いつも真剣に話を聞いてくれました。
【武ちゃん】
第一印象は「背の高いカマっぽいロン毛の先生」でした。
兄貴分で、弱い自分を温かく見守ってくれました。
【水落君】
第一印象は「がっちりした柳沢シンゴ似」でした。
年上ですが、関美同期生です。
「富長の鋏」、そして水落君に頂いた「コーム(櫛)」は、
必ずCUTの最初に使うと決めました。
上田「みなさん、ありがとうございました!」
「ホンマにみなさんには下積みの頃から支えてもらって・・」
「感謝してもしきれないです!お世話になりました。」
「正直、関美に入ったときはどうなることかと思ったけど(笑)」
「ホンマに『関美バンザイ』ですワ!」
本当にこの方々には足を向けて寝られません。
自分を「大きく」、そして「強く」育ててくれました。
■68■(次回最終話)
■67■
コラージュのサンタさんが相談に来ました。
サンタ「実は私、もうすぐお店辞めます。吉福店長も知っています」
「独立してブライダル関係の仕事をしようと思います」
「ヘア・メイク、そしてシェービングを取り入れたいんです」
「シェービング講習していただけませんか?」
サンタさんはOPEN時からの仲です。
一つ返事で引き受けました。
連日閉店後、シェービングレッスンをしました。
さすが「コラージュ」のスタッフ、集中力が違います。
メモまでとりながら学ぶ姿勢が見え、教えた事がどんどん吸収され、身に付いていきました。
「独立か・・・、自分もそろそろやな・・」
冬になり、
田舎に帰ってお店を出すことを決心しました。
初夏6月に退社することを社長に申し出ました。
社長「そう、それはいい話ねェ、頑張って!応援するから」
ヘアテックのみんなにも報告しました。
藤「【30にして立つ】か・・、やるな~」
上田「藤!後は任すからな!」
実家を取り壊し、3階建の店舗兼住宅を建てることになり、
銀行回ったり、設計士・工務店・業者とのやりとりの為、月に2・3回、田舎を往復しました。
春になり、
大相撲の季節です。
「お世話になりました」
呼出しカツユキさんに頭を下げました。
カツユキ「高知かあ、巡業で行ったら会えるね」
「店長が辞める」という事態に不安を感じ取った坂田君が、
お店を辞めると言いはじめました。
自分に止める権利はないが、次期店長藤に苦労させるわけにいかずに説得しました。
しかし、辞めたい理由の内容が変わり、「コラージュに入りたい」になりました。
理容師が美容室に入れるわけありません。
美容学校からやり直しです。
もちろん吉福店長もこれはNGで、それでも諦めきれない坂口君は、
「他の美容室に行く」と言います。
「頑固さ」は相変わらずで、もう説得も無駄でした。
坂田君は3月いっぱいで辞めました。
4月になり、
学校から新人が送り込まれました。
『中田ススム』、インターン(男)
鳥取出身、明朗活発、何事もスマートにこなす。
そして5月になり、
「四藤君」が帰ってくることになりました。
親父さんが病気になり、お店を続けることが出来ず、出戻りです。
5月は上田・藤・四藤・中田と『4人体制』になり、売上も過去最高になりました。
常連のお客さんにも徐々にお別れの挨拶をしていきました。
ショットバー3軒を持つオーナー田野上さん、
「店長、店の名前は絶対ラテン語にしとき!」
若手建築デザイナー水谷さん、
「僕にお店のロゴ、デザインさせてください!」
超常連、ご近所若者の新君、
「いつか必ず高知に散髪行きますんで・・」
同じく常連若者の荒木君、
「親の里が中村の近所なんで里帰りの時に寄らしていただきます!」
みなさんありがたいことを言ってくれます。
なかでも凄かったのは、高島屋事業部統括町田さん、
「今度高島屋新宿店ができるんだけど、」
「実は店長をスカウトしようと思っていたんやけど・・」
「店長、あの話、覚えてる?あれ、イケるで!」
「でもまあ頑張ってや」
ビックリしました。
田舎に帰る予定が無ければ、間違いなく新宿の話に乗っかっていました。
「あの話」とは、「シェービング専門店」です。
「男性版」は
忙しいビジネスマン相手に30分のリラクゼーション、
これを散髪屋としてやるんじゃなくて、
クイックマッサージのように「専門店」としてやるというもの。
「女性版」は
レディースシェーブそのもの、
フェイシャルエステ、ブライダルシェーブ、
これも散髪屋としてやるんじゃなくて、スタッフも女性オンリーの「専門店」としてやるというもの。
町田さんが注目したのは『女性版』でした。
「チャンスというものは、こうやって訪れるもんなんや!・・・」
しかし、田舎に帰る腹はもう固まっていました。
■67■
レッスン、四藤君・中田君
■66■
「難波」という場所柄、いろんなお客さんが来店します。
残念な事に、すべてが常識のあるお客さんとは限りません。
非常に厄介なお客さんもいます・・・、
『厄介さん』は、
向かいのパーキングに白いロールスロイスを駐車し、やってきます。
高級車に乗っている割には着ているスーツはヨレヨレで、銀縁のメガネは脂ぎっています。
年齢は40代半ば、カット前にアタッシュケースを預けます。
センターで分けた細い毛の前髪は脂性の額に張り付き、
尖った口と並びの悪い前歯を見せながら、
「全体に切って」とたいしてヘアスタイルに拘りのないような注文をします。
藤に任せ、無難にすべてを終わりましたが、
「チップとして取っておいて」とお釣りを受け取ってくれません。
そんな感じで3回目の来店を迎えました。
「厄介さん」は
最初から不機嫌モードでカット中の藤に絡みます。
「あ~、前髪切らんとって!いつも言ってるやん!」
「この前も切ったやろ!?難儀したわ!何や思うてるねん!」
藤が鏡越しに僕に目を合わし、「違う、違う」と首を横に振っています。
いつも何も難クセをつけないお客さんだったんで、みんな驚きました。
藤「申し訳ございません、」
藤が大人の対応をしました。
それでも、
厄介「謝って済むんか!?長い事難儀したでぇ」と怒りが静まりません。
上田「申し訳ございません、先月のカット代をお返します。本日も・・」
厄介「そんなんちゃうねん!」
そう言うと立ち上がり、5千円をカウンターに置いて出て行きました。
藤「オレ、前髪切ってへんで!何やあのオッサン・・」
「あんなヤツこっちからお断りや!!」
上田「まあまあ、今度来たらオレがやるから・・」
ひと月後、
何食わぬ顔で「厄介さん」は現れました。
「いらっしゃいませ!」
店長として気合を入れて出迎えました。
お店は緊張感に包まれました。
上田「今日はどうされますか?」
厄介「いつも通り、全体に切って」
上田「今日初めて担当させて頂きますので、事細かにお伺いさせて下さい」
「前髪はどうされますか?」
厄介「2センチ位切っといて」
上田「・・・・」
「分かりました、ではCUTさせて頂きます」
「上の方も同じ位切ってもいいですか?」
「横の方はどうされます?」
「後ろの方はどうされます?」
一つ一つミスの無いように執拗に聞いてから進めました。
そして・・・、
上田【モミアゲの長さは今のままでしょうか?】
厄介「少し短くして」
上田「コレぐらいでしょうか?」
厄介「それでええワ」
すべてが順調に進みました。
ドライヤーでセットし、
「お疲れ様でした」
と終わろうとしたその時です。
「厄介」さんが鏡に近づき、左右のモミアゲを確認しています。
厄介「おい、モミアゲの長さが違うぞ、一緒にして!」
上田「もう一度お座り下さい、メガネお預かりします。」
入念に左右確認し、再度整え、大きな手鏡で本人に確認してもらいました。
上田「どうです?」
厄介「大体一緒になったな、ええわ」
チップを断固拒否して、通常料金で頂きました。
「厄介」がお店を出ると、店の中は安堵感に包まれました。
他のお客さんも居るので、まだスタッフ同士では会話が出来ませんでした。
と、すぐに「厄介」が帰ってきました。
厄介「あのな、今パチンコ屋のトイレで見たらな、モミアゲの長さちゃうやん!」
「もう1回、やり直して!」
上田「・・・」
「とりあえずお座り下さい」
「どこがどう違うんですか?」
厄介「そんなモン、これ見てみ!メガネ掛けたら右と左ちゃうやん!」
上田「え?長さ一緒でしょう」
厄介「カタチや!メガネの柄の下のモミアゲの形がちゃうねん!」
上田「・・・」
「分かりました、じゃあメガネ掛けたままでいて下さい」
メガネをかけたままでカミソリ・鋏を使い、出来るだけ同じ形にしました。
上田「どうです?」
厄介(メガネをはずして)「はずしたら、またちゃうやん!一緒にして!」
上田「それは無理です」
「人間は耳の位置もきれいに左右対称になっているわけでもないし、」
「モミアゲの毛髪の量、クセも左右では違うんです」
厄介「そんな事あるかい!いつもはちゃんと左右同じや!」
上田「僕から見れば今でも同じです」
「違うんであればどの辺か教えて下さい!」
厄介「分からんやっちゃな!違うから一緒にせえ!いうてるだけやろ!」
上田「一緒ですって!」
厄介「ちゃう言うとんねん!」
上田「一緒です!」
厄介「お前じゃ話にならんワ!」
上田「藤君、坂田君、ちょっと見てもらえる!?どう?」
藤・坂田「一緒です!」
厄介「お前らみんなグルや!そんなもんアカン!」
上田「ほんなら、誰に聞いたら納得してもらえます?」
厄介「お前ら以外の第三者や!」
横で毛ゾリされ中の若いお客「一緒やで!!」(横になりながら)
上田「ほら、みんな同じや言うてるやないですか!」
厄介「そんなもんアカン!ここに居る奴ら全員信用できるか!」
上田「ほな誰やったら信用できるんですか!?」
「誰に聞いてもらいたいんですか!?」
厄介「警察や」
上田「・・・」
「分かりました。行きましょう!!」
すぐ近くの府立体育館横の交番に「厄介」連れて飛び込みました。
上田「すみません!僕近所の散髪屋ですが、」
「今、このお客さんとモミアゲの長さが一緒かどうかでモメてます!」
「見てもらえますか!?」
こういう変なのに慣れているのか、
交番のみんなが含み笑いを浮かべながら、若い警官が答えてくれました、
警官「一緒や、一緒!」
上田「!!!」
「ほら!!これでどうです!」
厄介「・・・」
「フンッ!最近は警察も信用ならんな!!」
口論しながらお店に戻りました。
上田「もうお金いらんから帰ってくれへん!?」
厄介「お金ちゃうわ!同じにせえっちゅう話や!」
上田「何ともならんナ、このオッサン・・」
厄介「ん!?お前今、オッサン言うたな!」
上田「・・・」
厄介「客に対してオッサン言うたな!侮辱したな!」
上田「うっさいな、アホか」
厄介「あ!お前今、アホ言うたな!侮辱罪で訴えるぞ!!」
上田「訴えろや!」
厄介「お前の家金持ちか!?」
上田「ほっとけや!」
厄介「裁判するには金いっぱいいるんやぞ!知らんぞ!」
アタッシュケースから何やら書類を出し、両手で紙を突き出し、
厄介「訴えるからな!」
上田「おっさん、そもそも何でウチの店に来たんや!」
「切ってもない前髪切ったとか、いちゃもんばっかりやないか!」
「それでもウチ来るんは何でや!?文句言いたいだけか!?」
厄介「縁があるからや」
上田「縁なんかあるか!アホか!」
厄介「またアホ言うたなコラ!訴えたるぞ!訴えたるぞ!」
(もうどうにでもなれ!)
上田「アホ言うて訴えられるんやったらナンボでも言うたるワ!!」
「厄介」に顔を目一杯近づけ、
上田【アホアホアホアホアホアホアホアホ・・・・・!!】
厄介「訴えるからな!!また来るぞ!」
上田「もう来たらアカン!!」
「ヘアテック」に武勇伝を残しました。
「厄介」はもう来ませんでした。
騒動が社長の耳に入ったらしく、専務に呼び出されました。
「上田さん、手ェだけは出したらアカンで、裁判絶対負けるから」
■66■