アーバンライフの愉しみ

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「ホーおじさん」の面影を訪ねて

2014年03月29日 | ギャラリー
その慈愛に満ちたまなざしと高潔な人柄で、ベトナム国民から「ホーおじさん」と呼ばれ愛されたベトナム建国の父 ホー・チ・ミン。今は、旧サイゴン市にその名を残すのみだが、その面影をハノイ市内に訪ねてみた。

これは、彼の人となりにふさわしくない「ホー・チ・ミン廟」。



元々、彼の遺書には、遺骸を火葬して北部、中部、南部に分骨・埋葬して欲しいとあったにも拘らず、当時の政治的思惑から、党(ベトナム共産党)の幹部らは、遺骸を永久保存し、「ホー・チ・ミン廟」を建設して安置した。

これは、彼が亡くなる15年前から執務したという大統領府。現在、公開はされていない。



ホーおじさんの家(大統領公邸)



一般公開されていて、これは彼が実際に使用していた食卓だ。食器も当時のまま置かれている。



これは、その後(1958年に)建てられた高床式のこじんまりした「ホーおじさん」の住居。



彼は、1969年に亡くなるまで、この館で生活していたという。書斎のスタンドには灯が灯り、今でも、そこで読書をしているかのようだ。



ホーおじさんの家に隣接して緑色をした粗末な建物があるが、これがベトナム戦争の指導にあたった革命委員会の会議場だ。



何の変哲もない会議室だが、地下10mにも同じ部屋があって、ベトナム戦争当時、米軍の北爆に耐えながら戦争の指揮にあたったという。



この会議場には、著名な軍人や政治家の写真も掲げられている。
これは、歴史に名高いディエンビエンフーの(仏軍との)戦いを指導したヴォー・グエン・ザップ将軍(中央)の在りし日の姿だ。



ここから少し離れるが、ホアンキエム湖から東に5分ほど歩くと、「革命博物館」がある。そこでは、列強の支配によるベトナム国民の苦難とこれをはねのけ建国に至る輝かしい歴史を、簡素なパネル展示で紹介している。

この博物館、日頃、訪れる人は少ないようだが、この日は、ちょうどフランス人と思われる女性が二人、熱心に展示を見て回っていた。壁に、若き日のホー・チ・ミン氏の姿があった。



これは、ベトナム戦争当時、日本からおくられた連帯の寄せ書き。贈った人々の署名が入っていた。



「私たちも当時、この運動に参加していたよ」と言うと、ガイドが、一瞬、目を潤ませていたのが印象的であった。
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