○ 夜空
下弦の月に 雲がかかる。
月が隠れていく。
○ 東央大病院・ ICU
人工呼吸器に動かされている 安達。
杏子、 安達の手を取り、 寄り添っている。
ほんのりと上気したような 安達の顔。
杏子、 見つめている。
長く …… 長く …… 長く ……。
杏子の顔が、 諦念にも似た 柔らかい微笑
みを たたえたかのように見える ……。
○ 同・ カンファレンスルーム
緒方は犬飼が、 杏子に 最後の説得をして
いる。
美和子が 悄然として座っている。
緒方 「奥さん、 こんな状態を いつまでも続け
ているわけには いかないんです」
犬飼 「どうしても お分かりいただけないとな
ると、 当方としては ご主人の死亡診断書を
書きかねるということにも なりかねませ
ん」
杏子、 心ここにあらずという様子。
犬飼 「私どもも こんな脅しまがいのことは
言いたくないんです。 どうかもう一度、 考え
直していただけませんか ?」
杏子 「え …… ? (茫然) ああ …… すみません、
よく聞いてなかった …… 」
緒方 「奥さん ! (憤慨)」
美和子 「 ……… 」
杏子 「 …… あたし、 あの人の寝顔、 見てたん
です、 ずっと ……。 いい顔してるんですよ、
あの人 …… いつも怒鳴りちらしてたのが
嘘みたい …… この人も、 こんな優しい顔 して
たのかって …… 」
美和子 「 ……… 」
杏子 「人に迷惑ばっかり かけてる人だったけど、
今はまるで 仏さんみたい ……。 そうかあ、
この人も 仏になれるんだって思って ……
内臓あげれば、 人様を助けることができる
…… 生きてる時ァ 何の役にも立たない
人だったけど、 最後の最後で ご奉公ができる
んなら …… (涙が滲む) この人も 仏になれ
るんじゃないかって ……。 だから ……
(むせぶ)」
犬飼・ 緒方 「 ……… 」
放心状態の美和子。
(次の記事に続く)
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