もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

補給艦「ときわ」艦内での幹部自殺を考える

2018年12月26日 | 自衛隊

 今年9月に補給艦「ときわ」艦内で、3等海尉(32歳)が自殺した件の調査が行われていることが報じられた。

 報道では自殺の原因は、艦長・上司・上級者のパワハラの可能性が高いことが示唆されている。自殺の背景等の詳細は発表されていないため、ネット上で見る限り艦艇勤務経験者から見れば考えられない憶測も混じっているので、本日は一般の人(恥ずかしながら自分の妻も含まれている。)が知る機会がない母港停泊中の艦内生活について紹介する。しかしながら自分の経験は20年以上前のことであるために、現状とは幾分相違しているかもしれないので、100%は信用しないで欲しいたことを最初にお断りしておく。自殺した隊員の階級と年齢から推測すると、防大や一般大学からの採用者ではなく、一般隊員から選抜された幹部自衛官であることが推測される。海自では2・3尉の幹部は初級幹部と呼ばれ、中級幹部と呼ばれる1尉~2佐の監督を受けて一般企業の係長的な立場に置かれる。初級幹部が要求されるのは、人事管理のノウハウと術科能力の体得である。特に部内から選抜された初級幹部は、過去の艦船勤務を通じて大卒幹部以上の術科能力を有している即戦力と周囲から見られるために、大卒幹部では許容されるであろう些細なミスも叱責の対象となり、本人の感じるプレッシャーは相当なものになる。初級幹部は、隊員が勤務する時間中(課業時間中と呼称)は、艦に習熟するために士官室で勉強するか、部下隊員の勤務状態を把握するために隊員の勤務場所で作業の実務を体験または学習することが求められる。私室に戻って書類業務等をするのは夕食後(1700頃)から巡検(1930)頃までの時間であり、作業の進捗によっては9時10時になることも珍しくない。勿論、制服自衛官に残業手当は無い。妻帯しておれば帰宅は22時頃で、上陸した隊員が帰艦(0700前後)する前には、艦にいることが不文律的に求められるために自宅を出るのは6時前後となる。なぜこのようにハードな仕事を耐えるかと云えば、陳腐な言葉ではあるが自己研鑽と愛艦精神の故としか説明できない。自分の初級幹部の経験でも、実務の現場でベテランから指導を受けることで簿外の手法を齧ることができたし、作業に潜む危険性排除の方法を体得でき、以後の勤務に対するベースを確立できたと思っている。初級幹部に対する教育は、独り立ちできる幹部を育てるための助走期間であり、必要な期間と思う。指揮官になれば誰の助けを得られない状態で、部下の生死に関わる決断をしなければならないし、判断の間違いは「やり直せばいい」では済まされない結果に結びつく。

 強い戦闘集団の中核となるべき幹部を育てるためには初級幹部に対する厳しい指導は、必要であると思う。しかしながら、今回の事象を見ると初級幹部に対する指導が、艦長から直接初級幹部に向けられていることが最大の問題点であると思う。前段にも書いたように、初級幹部は中級幹部の指揮下に置かれているので、彼の過誤や失敗に関する責任は初級幹部の教育者・監督者である中級幹部が負うべきであり彼等を庇護しなければならない。ある程度「甲羅に苔をはやした」中級幹部であれば、怖いものはそう無いのではと思う。階級社会の権化と目される旧海軍でも「不関旗を揚げる」との言葉が残されているように、指揮官の理不尽な命令に対して中級幹部が面従腹背の抵抗をしたことが語り継がれている。今回の事案の調査に関しては、艦長の指導の暴力性の有無とともに、指導が監督者を飛び越えて直截的に初級幹部に向けられた経緯にも目を向けて欲しいと願うところである。

(参考)「不関旗」とは:船舶は機関や舵の故障によって正常な運航ができない場合は、国際信号に定まられている「M」旗を掲揚して周囲に自分が運転不自由の状態であることを示すことが義務付けられている。この「M」旗を「不関旗」といい、「M」旗を掲げた船舶に遭遇した行き会い船は、航法規定に関わらず避航することが求められる。