小松基地の見学後、内灘闘争の資料が展示してある「風と砂の館」を訪れました。当時の貴重な写真が展示してあって、1952~53年にかけて初めて全国闘争になった基地闘争の様子がよくわかりました。朝鮮戦争で使用する砲弾を小松製作所などの兵器メーカーに発注した米軍は、試射場として内灘砂丘を撤収しました。6000人の村人は「金は1年、土地は万年」のむしろ旗を揚げ闘いました。全国から10000人の学生や労働者が駆けつけ、支援しました。町長のリコールもおこり、ついに政府と村の覚え書きで収束しました。4年の期間に撃たれた弾丸は1日1000発以上も。内灘駅から試射場まで、米軍が造った鉄板道路も展示してありました。今は風力発電所や住宅が建ち並ぶ内灘砂丘の歴史を学べてよかったです。
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