今晩が満月です。朝刊に、十五夜を満月は誤りでした。とあって、思わずにたつく。旧暦との違いに気づかなった訳で、然し、凡そそういった何故には無頓着であろう。知人等、子どもの方が、正しい指摘をしているのを、突っぱねたらしい。
お母さん、お月さまが少し欠けているよ。と言うのを頭ごなしに叱ったそうだ。天文ガイドを渡しているのを見ず、小学校で天体観測まで熱心に開催しているのに。自然の法則、理を知ることは案外少ない。然し、そういった事は外せない。
今晩は、満月なのだが十六夜の次なので、立待ち月である。月が出て来るのが、1時間ずつずれてくる。そういった思いを、立って待つ、寝て待つと表現した、古人の発想に感心する。派手さも煌めきもないが、月の光には癒されることも。
月の魅力に取憑かれると、あの光の中に、眩いばかりの女人・神さまが視える。冴え冴えとした輝き、煌々とした洸に、心を奪われる。月光記。ベートーベンを誘ったのは、音への世界にだった。月の光に、花も草もと言う。深とした世界へ。
書店に注文していた、タイガースのCDを取りに行き、未だ買っていないのを頼んでおく。一度には買えないからね、少しづつ揃えていく。それにしても、知人に頼んであるのは、注文してから随分経ったが、一向にもらえない。迷子になった。
一雨毎に冷えこんで来るが、プランターを覗いたら、小さな新芽が見えた。種を幾つ植えたか忘れたが、4本発芽した。自然の恵みでないと、発芽して来ないのも不思議だ。この状態で、3年程そのままにしておくのだ。余り速いと枯れる。
枇杷葉の中心が、こんもりと膨らんできた。たくさんの苞が出てきたのだ。早いのは、綻んできている。リエさんのも、サンタさんのにも、りささんの枇杷葉にも、今年はちらほらと見える。裏年になるので期待は薄いが、それでも愉しみはある。
春の暖かさに誘われて、花芽もうれしそうにしている。枇杷葉は、寒さが苦手なので、千葉県を境に、結実しない。