枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

地方の雛祭り

2019年04月03日 | Weblog

 有給休暇を使っての、自分なりの来し方であった。然し、何時までも休みは無い。本日よりの勤務にも行かねばならない。こちらは、やっと咲き始めた桜で、本番となる。何分にも寒いのです。気温は一向に上がらず、湯たんぽも離せない。すばるは甘えて来るし、身動きの出来ない有り様。

 留守にしていた後遺症だろうか?ちょっと出かけるのも、足に手を掛けてくる。相当に淋しかったようで、纏いつき離れぬ。抱っこをせがみ、喉を鳴らす。寒くはなかったようだが(ちゃんと暖房は点けておいた)、夜になっても姿の見えない不安は、堪らなかったようだ。留守番はできた。

 部屋が荒れることもなく、日中は出窓での外覗きをし、厭きたら、パソコンの部屋に行き、チェアーの上で眠っていたようだ。帰宅して呼ぶと、声だけさせ、拗ねて暫く出て来なかった。何処に行っていた、という抗議の鳴き声であった。お腹も空いていたようで、餌をくれとせがみ出て来。

 春休み中のこの日が、雛祭りの日で、昨日出したお雛様を飾った床の間が、何やら煌びやかに見えた。子どもの頃には、掛け軸のお雛さまで、段飾りなど買ってはもらえない。白酒は祖母が手作りしてくれたが、桃の花は山から伐ってくる。春蘭が鉢に植えられていて、華やぎを添えていた。

 今は、既に雛祭りは過ぎ、金太郎が飾ってある。何でもかんでも早く、速くと先を行くのが商戦で、行事もへったくれもない。せめて日本の行事は、旧暦でのことにしてほしい。歴史の中には、そういった暦でないと説明できないことも多い。令和となる元号には、万葉の頃が忍べるかな?

 如月二十八日。弥生の天は残すところ一日ある。雹や霰の降る寒い天気であるが、子どもの成長と健やかさを願う祭りだ。むろんのことだが、女の子の幸せを祈る。世知辛い世の中に転じているが、親であれば、子どものことを優先して、育みをしていたものだ。新聞を読みながら暗澹と。

 東京には、地方からの方が多いが、男性はとても親切です。品川駅での方は、そこで働く方にしろ、丁寧に親切に教えてくださる。スマホを検索して調べてくれた。駅員さんに聞くまでもなく、うろうろしている年寄りを、気の毒に思ったらしい。無論お礼は言ったがお名前も聴かずである。

 水野英子さんの星のたてごと。壮大な宇宙叙事詩である。夢を膨らませ、想像をかきたてた物語。

コメント
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