昨日一日雨が降り、夜間になってから朝方までは強風である。これは花嵐とも花吹雪とも言うのか、遠くに咲いている桜が風に舞っている。ねらわれた学園は眉村卓氏。時をかける少女は筒井康隆氏である。SFなのでファンではあるが、映画は観たことがない。NHKの青春ドラマシリーズでは、多くの作品が並び、夕方の6時が待たれた。
転校生は、山中恒氏のおれがあいつであいつがおれで、テレビでの観賞である。何れも、原作本を持っているので、比べるべくもない。手元に、不良老人の文学論がある。断筆宣言をしてからは少なった作品なので貴重な著作。文庫であるが全作品を持っている。余り自慢にはならぬ。水野英子氏の作品に、セシリアがあるのは周知かな?
SF界も故人が増えている。既に星新一氏、小松左京氏、眉村卓氏も光瀬龍師も冥界に居る。高校生の自分も若かったが、紙の本が溢れていて、読みたい放大でもあり、恵まれた時代でもあったもの。スマホでの読書と言われても馴染めない世代で、未だに切り替えをしていない。懐かしくもあり淋しさも一入である。今テレビは観ない。
職場で、春の花を幾つ言えるかを訊ねたが、先ず分からないのにびっくりする。自然にある花木も知らないのだ。花壇に植わっているのさえ名前が出ない。人間さえ良ければ好いと言う典型。花にも木にも道端の草にも命は宿る。オオイヌノフグリに仏の座、母子草、菜の花も咲いている。心に映してこそ、介護の仕事は可能じゃない。
椿は春の花だし、海棠もここめ花もある。山桜桃梅も満開になっている。球根ではムスカリやチューリップ、アネモネ、水仙と咲き誇っている。辛夷も木蓮も花ずおうも見える。馬酔木もあれば、ヤマボウシや山つつじも。野辺の花も加わるともっと沢山ある。そういった草花草木に援けられ(光合成をしているので)酸素供給を貰う。
初夏には、木香バラがフェンスを彩る。栴檀に通草も満開になり、藤や桐が賑わう。季節に咲く花の所在に気を留め、人との拘わりを持たないと、決まりきった台詞では、相手に届かないことがある。先日も、食事の好みを聞いて、栄養価に嫌いだから他の物を作れと言った職員が居たが、自分が作れないのを他部署に言わないでくれ。
誰しも、好みの献立ばかりではない。それを一々聞いていたら限がないこと。こちらが出す時に、的確な判断をして出せば済むことだ。アレルギー反応の方には、きちんと栄養科から出るようにはなっているが、個人の好みに合わせての献立には無理がある。さり気なく、寄り添うことの基本であるのに分かっていない。反省もないよ。
日曜日の献立は三色丼であった。普通は、ご飯に味付けて炊くのだが、鮭の瓶詰 シラス干し ほうれん草 紅生姜 炒り卵 肉の甘辛炒めをご飯に乗せた。工夫点は、炒り卵と肉の甘辛炒めで、ミンチ肉が苦手な人が居り、別には時間も掛かるので閃いた方法を。機械でのクラッシュして作ったら正解で、ミンチ以上に上手く出来た。
肉を炒めた煮汁はたっぷりで、これをクラッシュしたのと混ぜる。ここがポイント。皆さん文句も言わずで、残飯も無く食べてくれた。まあ、わたくしが辞めてしまえば、機転も利かねばアイデアもないのは確実で、貧相な食卓になるのは必須。衛生管理も、食材の使い切りもしないだろう。勿体ない事だと案じてしまうが知りません。
沢田研二さんの歌詞の中には、自然の風景が多く出て来るのも素敵で、ファン冥利に尽きる想いで聴く。
転校生は、山中恒氏のおれがあいつであいつがおれで、テレビでの観賞である。何れも、原作本を持っているので、比べるべくもない。手元に、不良老人の文学論がある。断筆宣言をしてからは少なった作品なので貴重な著作。文庫であるが全作品を持っている。余り自慢にはならぬ。水野英子氏の作品に、セシリアがあるのは周知かな?
SF界も故人が増えている。既に星新一氏、小松左京氏、眉村卓氏も光瀬龍師も冥界に居る。高校生の自分も若かったが、紙の本が溢れていて、読みたい放大でもあり、恵まれた時代でもあったもの。スマホでの読書と言われても馴染めない世代で、未だに切り替えをしていない。懐かしくもあり淋しさも一入である。今テレビは観ない。
職場で、春の花を幾つ言えるかを訊ねたが、先ず分からないのにびっくりする。自然にある花木も知らないのだ。花壇に植わっているのさえ名前が出ない。人間さえ良ければ好いと言う典型。花にも木にも道端の草にも命は宿る。オオイヌノフグリに仏の座、母子草、菜の花も咲いている。心に映してこそ、介護の仕事は可能じゃない。
椿は春の花だし、海棠もここめ花もある。山桜桃梅も満開になっている。球根ではムスカリやチューリップ、アネモネ、水仙と咲き誇っている。辛夷も木蓮も花ずおうも見える。馬酔木もあれば、ヤマボウシや山つつじも。野辺の花も加わるともっと沢山ある。そういった草花草木に援けられ(光合成をしているので)酸素供給を貰う。
初夏には、木香バラがフェンスを彩る。栴檀に通草も満開になり、藤や桐が賑わう。季節に咲く花の所在に気を留め、人との拘わりを持たないと、決まりきった台詞では、相手に届かないことがある。先日も、食事の好みを聞いて、栄養価に嫌いだから他の物を作れと言った職員が居たが、自分が作れないのを他部署に言わないでくれ。
誰しも、好みの献立ばかりではない。それを一々聞いていたら限がないこと。こちらが出す時に、的確な判断をして出せば済むことだ。アレルギー反応の方には、きちんと栄養科から出るようにはなっているが、個人の好みに合わせての献立には無理がある。さり気なく、寄り添うことの基本であるのに分かっていない。反省もないよ。
日曜日の献立は三色丼であった。普通は、ご飯に味付けて炊くのだが、鮭の瓶詰 シラス干し ほうれん草 紅生姜 炒り卵 肉の甘辛炒めをご飯に乗せた。工夫点は、炒り卵と肉の甘辛炒めで、ミンチ肉が苦手な人が居り、別には時間も掛かるので閃いた方法を。機械でのクラッシュして作ったら正解で、ミンチ以上に上手く出来た。
肉を炒めた煮汁はたっぷりで、これをクラッシュしたのと混ぜる。ここがポイント。皆さん文句も言わずで、残飯も無く食べてくれた。まあ、わたくしが辞めてしまえば、機転も利かねばアイデアもないのは確実で、貧相な食卓になるのは必須。衛生管理も、食材の使い切りもしないだろう。勿体ない事だと案じてしまうが知りません。
沢田研二さんの歌詞の中には、自然の風景が多く出て来るのも素敵で、ファン冥利に尽きる想いで聴く。