ある日の午後、浦島さんの近くに住む三島さんから電話があった。
「今夜、一杯、どうですか?」
「それ、いいですねぇ。是非とも、行きましょう。では、いつもの場所で。いつもの時間に」
ワシは退社時刻を過ぎると、いつもの飲み屋へ向かった。
三島さんは元同僚で、ワシらは こうして時々酒を飲み交わす仲だ。
ほろ酔い気分になった頃、三島さんは小型のノートパソコンを開きながら、ワシに覗いてみるように催促した。
「ほれほれ! これ、観てみんしゃい。近所に住む娘さんが最近、本を自費出版されてね・・・。家族旅行とオーストラリア体験談なのだよ。そのとき、教えて貰ったホームページアドレスが、これ! タイトルは『とある街のとあるスーパー』 さくら店の話なんだが、現場のことが手に取るように分かってねぇ」
さくら店と言われて素早く反応した。ワシは とあるスーパー全店舗を総括する本社の総務で部長をやっている。 お酒が入り、ほわ~んとした気分だったが、目の前に映し出されたウサギやひよこが跳びはねる画面を見て、まず、目が点になった。
よくよく見ると、グロッサリー、南副店長、カトちゃん、西村チーフ、矢木さん、岸辺さん・・・という、何処かで聞いたような、いや、初めて聞くような名前が踊っている。
「これを読むと、さくらの現場の様子が手に取るように分かってですねぇ。毎日、お気に入りに入れて、読んでいますよ」
ワシは しばらく考え込んだ。
南副店長・・・南・・・、そんな名前の副店長、さくらには居ないが?
はて???
「三島くん。これは何かの間違いだろう。さくらは勿論、他の店舗にも、南くんという名の社員は居ませんよ。西村? いないなぁ」
隣でワシのジョッキにビールを注ぎながら、三島くんは言った。
「何をおっしゃるんですかぁ。本名なわけ、無いじゃないですかい! 仮名ですよ。仮名!! まぁ、URLをメモしておきますから、酔いが冷めたときにでも、じっくり読んでみてくださいよ」
三島くんは ワシの肩をポンッ! と軽く叩くと席を立った。
「おばちゃん、勘定、頼みます」
一夜明けるとワシは いつものように本社へ向かう。
業務に追われて、すっかり忘れていたが、三島くんが教えてくれたURLにマイパソコンでアクセスしたのは1時のお昼を過ぎた頃だった。
ワシの休憩時間である。 画面には、以下のような文面が表示されていた。
『 カトちゃんは、落ち着いている。 いつも冷静だ。世の中には、天気のごとく、機嫌が良くなったり、悪くなったり、スピッツのようにキャンキャン吠える人物もいるが・・・。 カトちゃんの心は、いつも平穏。 要するに大人なのだ。 童顔だが、あまりにも落ち着いているので、25,6歳くらいだろう、と勝手に思い込んでいた。 そんなある日のこと。
「鈴木さん!ちょっと、こっち来て!ハマグリ君が、鈴木さんは何歳かって、聞いてるよ!」
私を呼んだのは、自称30代の高田さん。
「二十歳って事に、しておきましょう、はたち」 私は謙虚に??遠慮深く答えた。
「俺、最初の頃、ホントに、普通~に(なぜ、普通をそんなに強調するのだ)、俺と歳、同じくらいって思ってましたよ!」 ハマグリ君は、更に続ける。
「最初に俺より ずっと年上なんだ・・・って気付いたのは、私の時代は・・・って、言われたとき。ほら、パソコンの話してて・・・。それまでは、ほんとに普通に・・・。カト君と、鈴木さんを一緒に並べたら、絶対、鈴木さんのほうが若く見えますよね!」
「・・・。ところで、カトちゃんって・・・何歳?」と、私。
「19歳」と、高田さんがハッキリ答えた。
「うっそお~ 」 あの落ちつきは10代であるはずがない きっと、ジョークだと、決め付けた私は、矢木さんにも同じ質問をした。 意外にも矢木さんは、
「うん、19歳らしいよ。ハマグリ君が、いつも飲料水の荷出しをしてる、おじさんがいるでしょう、名前、知らないけど・・・っていうから、誰の事かと、考えたよ。おじさんっていったら高田さんしか居ないけど、高田さんの事は知ってるしね。前、一緒に働いてたから。 ハマグリ君が知らない人って鈴木さんとカトちゃんしか、いないし・・・。飲料水って言ったら、カトちゃんでしょ。 あんた、何、いってるの!彼は あんたより若いんよ!って、言ったけどね。 そうだ鈴木さんのご両親に、カトちゃんを紹介して、彼と結婚します。彼は19歳ですっって言ったら、ご両親、きっと、泡吹いて倒れるかもね!ぎゃはははっ」
私、「・・・・。」
翌日 まだ、信じられない私は、今度は、南副店長に聞いてみた。 「カトちゃん、19歳って、本当ですか?」 「はい、本当です」 「あの落ちつきは・・・とても19歳には見えない。私、みんなが冗談言ってるのかと、思いました。しっかりしてますね! 私、自分で自分が恥ずかしいわ・・・みんな、私より年下で、あんなにしっかりしてて・・・」 すると、副店長は、 「俺、19のとき、まだ鼻水垂らしてたと思う」と言い、笑った。 ・・・と言うことで、三人に聞き込み捜査をした結果、カトちゃんが19歳というのは、ほぼ間違いなく事実だと判明したのである。 』
・・・・・わはははっ! 大笑いしたワシ。更に過去記事を読み進める内に、この記事を書いているのは乾物担当者だと分かる。うひひひひっ・・・あははははっ・・・ナニ!? そのようなミスをしたのか? 発注、一回、飛ばした? ハイジ? 南くんとの連絡間で勘違いしたのか・・・それにしても西村くんは年齢のわりに落ち着いているな。将来の幹部候補だ。 南くんは、やかん副店長・・・・? ぶっわははははっ~~~!
ワシは笑いすぎて腹が減っていることに ようやく気がついた。今はちょうど、お昼どき・・・。店長がお昼にチキンラーメンを買いに来た、と書いてあるということは・・・丁度、昼の補充を売場でやっているかもしれないなぁ。
『10時出勤。掃除当番のため、9時半には職場へ到着。まず、女子更衣室の掃除をし、休憩室のキッチンへいき、ポット2個の湯を沸かす。社員が昼食に食べるカップラーメン用の お湯と断言していい。ここの社員は、カップラーメンが好きだ。乾物担当の私は、カップラーメンの補充をするので、昼になると、社員が続々とやってきて、カップラーメンを選んで行く姿を日々、目撃している。 社員の西村さんに 「お買い上げ、ありがとうございます!」 と、言うと、ふと、自分の手元に視線を落とし、 「えへへっ・・・。休憩、行ってきます。」 と、ちょっとテレながら去っていった。 ある日、いつものように、カップラーメンの補充をしていると、店長が、袋ラーメンのあたりをウロウロしている。 (何を探しているんだろう・・・) 不思議に思って、店長に目を向け、口を開こうとした瞬間、 「あったあ」 と、店長は叫んだ。 そのまた翌日も、同じ光景が・・・。 袋(カップではなく)チキンラーメンを手にした店長は、私と目が合うと、 この上なく幸福そうな笑顔で、 「また、見られちゃったあ。最近、これに 凝ってるんだ」 こんなことを言っては失礼だが、チキンラーメンを手に、はしゃぐ姿は、 カワイイのであった。40歳ですよね、店長 』
ワシもお気に入りの日清坦々麺を ちょっくら買いに売場まで降りてみるか。
ワシは興味津々でラーメン売場を覗いて見た。予想通り、カトより小柄で(当たり前かぁ・・・)見た目が若そうな女史がラーメンの箱を開けているところだった。
ワシは、お客として、しばらく鈴木すず子くんが仕事をしている様子を見守るつもりで居たが、ワシの気配を感じたのだろう。彼女は振り返ると、『お疲れ様です』と会釈した。
あぁ、そうか。ワシは とあるスーパーの名札をしているからな。単なるお客様ではなく、本社の人間だと分かるわけか。こりゃ、したり。
すず子くんの顔を見ていると、ほんの15分前に読んだばかりのブログの内容が頭に浮かんだ。 ふっ、ふっ、ふっ・・・。思わず、にんまりとしてしまう。
すず子くんは、「ん・・・? 何かしらん?」 と言ったように、ワシの顔を見た。
坦々麺を悩まず選んで手に持ったまま、売場を立ち去らず、にんまりと彼女の顔を見ているワシに不信感を持っても困るからなぁ。
ワシは思わず、言ってしまった。
「グロッサリー、有名よ!」
「え・・・?」
よく聞こえなかったのだろう。
聞き返すので、ワシはもう一度、言ってみた。
大サービスだ。
「グロッサリー、有名よ!」
「・・・・・・」
何故か、すず子くんは鳩が豆鉄砲をくらったような驚いた顔になったかと思うと、
顔面蒼白になり・・・言葉を失った。
すず子くんは、ナニをそんなに脅えていたのだろうか。
まぁ、良い。昨日の酔いは三島くんのお陰ですっきりと抜けてしまい、さわやかなワシである。今日からワシにとって、さくらのグロッサリー情報を読む、という ひそやかな楽しみが出来たわけだ。
坦々麺、おかわり~!
とあるスーパー本社 たまき部長 明日へ続く・・・