「ユウジの奴、飲み会で会ったばっかの子から誕生日まで聞き出しててさ。それでシドニータワーの屋上レストラン、予約してんだよ。よくやるよね~! 近いマリコの誕生日には何もしないのにさ。マリコに対しては下心が無いからだよ」
夕食の後、ダイニングルームで日本の政治について語るのが常だった。1990年代後半。日本の外から眺める母国は、内にいる人間よりも全体像が見渡せる分、意外と良く理解できるものだった。彼らが見ていたもの、それはまさに、世界の中の日本だ。この日は、夜のドライブへ出かけようか、と誰ともなく言いだし、統一郎が運転する車の助手席にはユウジ、後部座席にマリコが乗り込んだ。
間もなくハーバーブリッジを通過する。マリコは慌てて2ドルを小銭入れから取り出した。
「あ、マリコ、いいよ。俺、いつも2ドル、用意してあるから。」
統一郎はそういうと、慣れた手付きで料金所のマネーボックスにコインを投げ入れた。
「じゃぁ、次回にでも使って。ここ、置いとくから」マリコが2ドルコインを置くと同時に、カーラジオから、カセットテープに切り替わる。チャゲアスだ。何でも日本にいる妹がユウジのために編集したテープを送ってくれたらしい。実はマリコもファンなのだ。そのことを知ってか、知らずか、チャゲアスをセットしてくれたことが、マリコは嬉しかった。聴こえてくるのはLove Song
『♪君が想うよりも 僕は 君が 好き💕』
という歌詞が今のマリコには切なく響いた。
自分が相手のことを想っているほどには、相手は自分のことを想ってはいない。これはマリコが幼い頃、感じていたことだった。
...とその時、ケータイ電話が鳴った。運転中だった統一郎が助手席のユウジに顎を向けた。
「メール受信だな。急用だと困るから、ちょっと俺のポケットから出して開いてみてくれない?」
「いいんですか? 見ても?」
どういう訳か、三人の中で最年長、とはいえ、彼らは当時、まだ20代だったのだが...ユウジの方が丁寧語だ。しかも、全員をさん付けで呼ぶ。下宿先のホストファザー、マザー、娘のアンまで アンさん、という徹底ぶりだった。
年下なのにマリコさん、と呼ばれるのは気まずいので、呼び捨てでいいよ、と伝えたのだが、そこは習慣なのか、変えられないらしい。
「女には甘いんだよ!」と統一郎は言うのだが。
メールは二通、届いていた。本人の許可を得た統一郎が、読み上げようと画面を覗き込んだ。しかし、そのまま固まっている。
「早速のメールをありがとうございました。勿論、迷惑なんてことは、ありません。お返事、待ってます!ハートマーク付き」ってこれ... 」ユウジは、そのまま黙り込む。
「誰からだよ?」
と聞く統一郎に催促され、ユウジはやっと口を開いた。
「奈々子...さん... 」
「え? マジ? やったー! お返事待ってますってことは、オレの次のメール、すでに楽しみに待っててくれているんだ。いやぁ~ 嬉しいじゃないですかーっ! すまないねぇ。ユウジくん! 折角、誕生日ランチ、予約入れたのに。実はさ、俺も、あの子いいなぁって...」
ユウジは今も画面を見つめたまま、放心状態だ。それは後部座席にいたマリコの目にも明らかだった。 二人して、同じ女の子に興味を持ったのか... なんだか雲行きが怪しいではないか。 一人、蚊帳の外のマリコですら、ハラハラした。これでは勇気を出し、計画を立てたユウジのプライドもズタズタだ。いつの間にか、カー・ラジカセから流れる曲は、飛鳥涼の『Pride』に変わっていた。
「で? 残りの一通は誰からで、何だって?」
そうだった。もう一通、着信していたことを思い出したユウジは再び液晶画面に視線を落とし、読み上げた。
「先日の飲み会、楽しかったですね! 私のこと、覚えていますか? 奈々子の隣にいた、京子です。実は奈々子から統一郎さんのメルアドを教えて貰いました。あの日は、あまり話せなかったけれど、メールで会話出来たらいいなと思って。お返事、待ってます!」
奈々子の隣? 男性陣、二人は記憶を辿り、ようやく思い出した様子だった。
「あぁ、あの子か! ほんとだよ。殆ど口、きいてない。お返事待ってますって、オレ、彼女にメールしなきゃいけない訳? 催促だよな、これ。 まいったな。強制だよ、強制。」
女性のマリコからすれば、随分な言いようだ。どちらのメールも、結局のところ、統一郎に伝えたいことは、
「お返事待ってます」ではないか。
最初のメールには嬉々として喜び、今すぐにでも返信しそうな勢いだ。
もう一通のメールについては、催促だ、強制だ、とわめくなんて。そう思ったマリコとユウジの二人は、統一郎に抗議した。
ユウジは突然、マリコという味方を得たと感じたのか、先ほどまでの落ち込んだ様子が一変した。車はいつの間にか市街を走っていた。世界の三大夜景の一つと評判のオペラハウスが白く海上に浮かんで見える。
統一郎は隣に座って鼻歌を歌っているユウジをちらっと見ながらつぶやいた。
「所詮、男はハンターだからなぁ。下心がない相手には、たとえ1分の時間も使いたくはない!ってことなんだよなぁ...」
二人の会話を聞いていたマリコも、妙に納得した表情を浮かべた。
「コメントを催促しましたね。自分の感覚では、友人レベルでコメントを強制しない!」
先日、ある人から届いたメールの内容だ。そもそも友人って何だろう? そんなマリコの問いに、「そいつにとって、マリコは?ってことだよな?」と念を押しつつ、統一郎は答えた。
「女と別れた直後からは、友人。新しい彼女が出来た瞬間から、マリコに何か言われる度に強制になるんだよ。」
いつの間にか、曲は Ya! Ya! Ya! に変わっていた。
「今から そいつを 殴りに 行こうか... Ya!Ya!Ya!…♬」
前半を除き、このお話はフィクションです...なんていつもは言いませんが💦
喜劇か、シリアスか、迷いはましたが...一週間前、一気に書き、当初の3分の1まで削れました。┐(´д`)┌ヤレヤレ
連載小説始まった?
場所柄ノンフィクションも入ってるのかなと感じましたが,前半はある程度そうなのですね~?
削る前はどうだったのかな?
臨場感出せるようにGoogleのストリートビューで
ハーバーブリッジの様子見てみました。片側4車線もあるのですね~
時間によって車線も変更されるみたいですね~?
臨場感を出すために、ストリートビューでっ!?
そこまでして... 読んで下さってありがとうございました。
これには絶対!コメントはこないと確信していただけに、有難いことです。
本当にありがとうございます。
片道4車線でしたっけ?
後部座席に(二人の時は助手席でしたが)
座っているだけの人だったので、そこまで覚えていませんが...
25年近くも経過しているので、景色も随分変化しているかもしれません。
削る前は、違うエピソードも入っており、書きすぎ、説明しすぎ、かな?と。
これでも長いと感じますが...
公表する気、全くなく書いていたので、最初は全部入れようと欲張りました。
創作意欲は10年以上、ゼロだったのに、ある日を境にして、書きたいテーマがぽん!と浮かび、いや、飛び込んできたため、書き出しちゃった~状態です。
でも、課題があるので、もう書けない~ そういうものですねぇ。
読み始めて『うんっ?』これはもしや?・・・
と思いましたがやはりそうでしたか?
場所、状況や背景、登場人物の性格(?)人柄は
違ってもジョンやアンディ、トシ、トオルなどが
シドニーの街の中を走っているような気がしました。
もっと書きたいのですが、今『お父さん、ごはん
ですよ・・』の声がしましたので・・・
ひょっとしたらお姉ちゃんもチャゲアス好き?
続き希望しま~す👍
課題も提出したので、送って頂いた教本を見ながら、またエレクトーン弾きを再開したいと思います♬
すっかり忘れていましたが、ジョン、アンディ、トシ、トオル、そうでした!
あの4人が夜中に私を起こして、訪ねてきた日がありましたっけ。
あれは楽しい思い出です。
今は誰とも連絡とっていないんですけどね。
そのこと自体は全く関係ないです。
想い出には二種類あると思っています。
今日、明日のため、ずっと覚えていて良い思い出。
明日のため、忘れて良い思い出。もよい
今回は、(後半部分)忘れてもよい方について、書いてみました。
共に生きる、ということは、相手を想って何かするわけで、決して見返りを期待しているわけではなく、やっている本人も楽しいのですが...
(少なくとも自分はそうです)
毎週のように企画するホームパーティー、手料理、迎えるための飾り付け、後片付け等々、どれだけ膨大な時間を使ってきたのだろう。
1分の時間さえ、私の知人のためには使えない?と思った時点で、もう、共に生きる、ではなくなった。
では、過去を書き換えよう、というお話です。
何事もバランスが大切ですね。
一方的に相手から受けるばかりでは、それが当たり前のように、いつしかなってしまい、感謝もありがとうも 無くなりはせずとも、特に何も感じなくなってしまう。
そんな時、○○をして欲しい、と依頼を受けると、強制と感じてしまう。
その事に気付かされました。
これまでの人生で二人の人間に
「強制された」と言われたのですが、
実は最近まで、
この二人は対極にある部類の人間だと思っていました。
最初は驚きましたが、1つだけ共通点がありました。
何かを ”してもらう側の人間” であること!
私も、約10年前、ある人から何かを ”してもらう側の人間”でした。
今も、fumiel-shimaさんに一方的に贈って頂くばかりですね。
さて、こんな ”してもらう側の人間”が、ある日、その気になれば、1分程度で終了することを依頼されたら...
どうなるのか?
「強制された」と感じてしまう
それまでに相手が膨大な時間を費やしてきたことは、(例えば育児や料理など)当たり前すぎて、なんで自分が? やらなきゃいけない? と思うのかなぁ。
そんなテーマで書きたくて、本日のfumiel-shimaさんの記事とは逆のエピローグで終わる話を書いているわけです。
ラストだけ最初に書き、中抜き小説です。
中抜きの部分は、公開出来ないだろうなぁ...と思っていますが...。
私の場合、趣味なので、書きたいから書く、でよいかなぁと。
チャゲアス、好きすき~
いつもアルバム、聴いていましたよ。
飛鳥は残念なことになってしまって。
でも、彼らの曲には、相当、励まされたんだよねぇ。
そのことだけは、忘れないですよ💕
福岡の誇りと思ってきたのに。
チャゲが気の毒で(´;ω;`)ウッ…
続き...
1つ前のコメントに詳しく書いてしまいました。Σ(゚д゚lll)ガーン