はなこのアンテナ@無知の知

たびたび映画、ときどき美術館、たまに旅行の私的記録

日本銀行本店&貨幣博物館見学

2008年10月18日 | 文化・芸術(展覧会&講演会)
 日本銀行本店旧館外観(三越側から)

今日は息子が通う学校のPTAで、日本橋にある日本銀行本店貨幣博物館の見学に行って来ました。参加者は総勢70人。日本史担当のT先生の引率による、毎年秋恒例の勉強会です。


左)正面エントランス       右)入場門を内側から見たところ。アーチ型の形状が優美!

日本銀行本店で見学したのは、1896年(明治29年)に5年半の歳月をかけて完成した旧館。これは、東京駅(アムステルダム中央駅がモデル)も手がけた建築家、辰野金吾博士の設計によるもの。建築様式はルネッサンス様式を取り入れたネオバロック様式で、ベルギーの中央銀行の建物を手本に設計したと言われています。明治中期の西洋式建築としては、迎賓館(赤坂離宮)と並ぶ傑作で、1974年(昭和49)には国の重要文化財に指定されています。

水洗トイレの設置は日本初エレベーター設置は日本で2番目と、当時としては最先端の仕様だったようです。万全の耐震設計で、大正12年の関東大震災でも構造体はビクともしなかったそうなのですが、不覚にも、翌日近隣で起きた火災の火の粉がドーム天井の窓ガラスを突き破り、建物内部は2、3階部分がかなり焼けてしまったらしい。これには関係者一同ガッカリしたでしょうね。

建物内部は専門ガイドさんの案内で見学。あいにくセキュリティの関係で撮影は禁止。入館の際は、飛行機搭乗時並みのセキュリティ・チェックを受けます。その際に首からかける入館証と持ち帰り資料を受け取りました。最初は20分間の映像による「日本銀行の位置づけ、役割」と言った概要説明を受けました。女優の星野真里が見学者に扮しての分かりやすい映像解説でした。

日本銀行の位置づけ:(政府と密接に連携を取りながらも)政府から独立した組織。 
 →つまり、職員は国家公務員ではありません。正式名称:認可法人日本銀行
 →しかし、トップの総裁は、衆議院、参議院の協議の上、決定、任命される。

日本銀行の役割=中央銀行=銀行の銀行 
 ★お札の発行(国立印刷局へ依頼)、管理をする(硬貨は財務省造幣局が造る)。
 ★状況に応じて有効な金融政策を実施し、物価の安定を図る→貨幣価値の安定化
 (かつては<公定歩合>を操作したが、現在はオペレーション<公開市場操作>で
 →金利水準を調節)
 ★日銀ネットで、全金融機関の決済システムを一元管理

その後、70人の大所帯なので、3グループに分かれての見学となりました。もちろん館内では、単独行動は一切許されません。

まずはエレベーターで旧館地下金庫へ。旧館落成から100年以上使用された地下金庫です。昭和7年に一度拡張され、当初回廊として使っていた部分も金庫として使うことに。新館建築に伴い、この地下金庫は御用済みとなりましたが、往時の様子を忍ぶことが出来ます。総面積は1,426㎡、壁、天井共レンガ造。もちろん内部は二重三重の扉で守られています。一番外側の金庫扉は、昭和7年に設置された米国ヨーク社製。何と扉の厚さは90cm、重さは25tに及び、それを手動で開閉していたそうです。第2の扉は建設当初からのもので、英国ホッブスハート社製、扉の厚さは10cm。第3の扉は日本の山田金庫製、厚さ10cm。

金庫内部は幾つかの部屋に分けられた空間です。棚があるわけではないのですね。この金庫の中で、かつては木箱や容箱と呼ばれる容器に、日本銀行券(つまりお札)を入れて保管していたようです。レプリカが展示されていましたが、それで1000億円相当とか。現在は、銀行券1000枚の束を10個まとめてビニールパックとし、さらにそれを40個積み上げた形で保管しているそうです。硬貨は専用の袋で保管。エアコンのような空調機器がなかった時代ですが、それに代わる空調設備として壁や床に換気口が備えられていました。

次にエレベータで1階へと戻り、さらに1階から3枚のスライドドアが優雅に開閉する、ロマンチックな装飾が施されたエレベーターで2階へ。ドーム天井の真下に位置する広間や、総裁室として設えられた部屋や、そこに展示された古い文書史料や、金や銀を量っていた大きな天秤歴代の総裁の肖像画を見学しました。普段閉め切っているせいか、2階に上がってすぐに独特の臭いが鼻をつきました。

ずらりと並んだ肖像画。なかなか迫力もありますし、それぞれに拘りも感じられます。歴代の総裁は、特に草創期は高橋是清をはじめとする明治維新で活躍した薩摩藩出身者、財閥創始者の係累など、興味深い顔ぶれ。近年は旧大蔵省出身者や日銀生え抜きの人が交互に任命されているようです。現在の白川総裁は第31代に当たるそうですが(副総裁は、2つある内1つが未だ空席)、肖像画の制作は第26代を最後に止めてしまったそうです。緊縮財政の一環なのか?(全国に点在する支店長の宿舎も売却するとか、しないとか、一時話題になりましたね)。しかし途中で止めることはなかったのに、と個人的には思います。こうした肖像画は、総裁個人の栄誉を称えると言う意味以外にも、過去の肖像画を見る限り、歴史を物語る史料としても貴重だと感じました。例えば、戦中に総裁を務めた方の肖像画は唯一屋外で描かれたもの。日銀旧館自体は戦災を免れたのですが、敢えて近隣の焦土を背景に描き込んで貰ったのだそうです。


左)いただいた資料の数々 右)使用済みとなった紙幣を細かく裁断したもの

写真右の物は、お土産にいただきました。3枚相当分だそうですが、ジグソーパズルのように、うまく繋ぐことはできないそうです。当たり前ですね(笑)。日銀が発行し、市場に流通したお札は再び日銀に戻って来ると、そこで真偽や傷み具合を高性能な機械でチェックされ、使用可能なものだけが再び市場に戻されるそうです。それ以外は写真のように細かく裁断、破棄されるのです。

 旧馬場の水飲み場

明治期は馬車で乗り付けたので、玄関正面に馬場があったそうです。その名残が、写真の洒落た形の水飲み場です。今はちょうどトイレになっている辺り。

【感想】

とても興味深い見学でした。建築物としても見事ですし、日本の金融の歴史を学ぶ上でも貴重な現物史料と言えます。さて建築はベルギーをモデルとしたわけですが、日銀の中央銀行としてのシステムはどこに倣ったか?T先生に質問しましたら、米国なんだそうです。政治システムは英国の議院内閣制に倣ったのですよね。明治維新の時代、日本は先進のさまざまな国々から”良いとこ取り”をして、近代国家としての基礎を形作って行ったわけでが、どのような理由から、それぞれの国を選び出したのか、調べてみると面白いかもしれません。

日本銀行本店向かいにある貨幣博物館は入館無料でいつでも入館OKですが、日本銀行本店は、下記のHPで観覧予約が必要です。見学は1人からOK。興味がある方は是非Tryなさってみては?なお、HPでヴァーチャル見学も可能なようです。

日本銀行観覧予約
ヴァーチャル見学ツアー
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