ティムラズ・レジャバ駐日ジョージア大使の車が東京で襲われたと、ニュース速報が7月14日後のインターネットで流れた。1862年の生麦事件、1891年の大津事件、1964年のライシャワー駐日米大使襲撃事件などが頭をよぎり、ちょっと驚いた。
14日夜の段階では、大使の車が渋滞に巻き込まれ、いらだった付近の別の車の運転者が自分の車からおりて大使の車に近づき、大使の車の運転手の胸倉に手をのばしたということだった。
レジャバ大使は別の件で名の知れた人だ。7月14日の朝日新聞夕刊(東京)の1面トップ記事によると(最近の朝日新聞夕刊はニュースではなく世間話を主として報じている)大使は日本の電車の優先席に座っている写真をツイッターに投稿して「電車の優先席が空いていたら、座ってよいか、空けておくべきか」という議論を持ち出している。
朝日新聞の記事によるとSNS上の議論では、「見た目ではわからない障害をもつ人もいる」「自分から譲ってとはいいづらい」といった理由から、必要な人のために優先席は「空けておくべきだ」とする意見があった。6月18日の日曜日に大使は家族と電車で移動したさい、優先席以外が少し混み、優先席が空いていたので家族と座った。窓に貼られた文言を読んだが、「座ってはいけない」とは書かれておらず、写真写りを考えて足を組んだバージョンを撮り、投稿したという。「席が空いているなら座るのを我慢する理由は一つもない。必要としている人が来たら、譲ればいい」。母国にも優先席はあるが、「多くのジョージア人が同様に考えるだろう」。レジャバ大使のこのような意見を支持する発言もあった。
この記事には、国土交通省が行った意見調査の結果が添えられていた。国土交通省が、公共交通機関を利用する際の「配慮」について2022年11月にウェブで行った調査。全国の20代以上の男女985人が回答した。
公共交通機関で優先席に座るかについて「ほとんど座らない」が42.3%、「座ったことがない」が17.0%で、計6割近くに上った。一方、「よく座る」が7.4%、「ときどき座る」は33.3%だった。そのうえで「座ったことがない」答えた人を除く回答者に、高齢者やけが人などがいたら優先席を譲るか尋ねたところ、「よく譲る」が57.7%、「ときどき譲る」が23.9%で、計約8割にのぼった。優先席を譲らない理由を複数回答で尋ねたところ、最多は「譲るべき相手かどうか判断がつかなかった」の42.7%。自身が「体調不良・けがをしていた」が30.8%、「回答者自身に優先席を必要とする特性があった」が18.8%だった。
ずいぶん前の事だが、筆者の連れ合いが東京の地下鉄の階段で転び脚の骨を折った。数か月の入院の後、教師だった彼女が講義を再開するにあたって、筆者は自家用車を運転して彼女を大学まで送り迎えした。自家用車通勤を続けたあと、松葉杖を使いながら電車で通勤できるようになった。しばらく電車通勤に筆者がつきそった。そんなある日の夕方にうっかり帰宅ラッシュ時の地下鉄に乗ってしまった。優先席の前に立った。席を立って優先席を譲ってくれる人はいなかった。そこで筆者が「ここに松葉杖のけが人が立っています。席をお譲りください」というと、ある男性が立ち上がって席を譲ってくれた。優先席というのは鉄道会社が決めた内規である。松葉杖の配偶者にもその付き添いの筆者にも席を譲ってくれという法的な権利はない。優先席に座って居眠りをし、スマートホンをのぞき込んでいる通勤客には優先席をゆずる法的な義務はない
筆者はソウルと台北に何度か出かけている。かつては当方の年より面を見て、席を譲ってくれる人がいたが、年とともに席を譲ってくれない人が増えた。わたしの実感であり、ソウルや台北のニュースで知ったことである。
ふと、昔のニューヨークのニュースを思い出した。あたってみると、2009年6月17日の『ニューヨーク・タイムズ』に、ニューヨーク市の交通当局が以下のような広告を出して地下鉄やバスの席を譲ろうというキャンペーンを始めたという記事が載っていた。
障害のある人からの要請を拒否して、席をゆずらなかった場合は最高50ドルの罰金――それは上品なふるまいだけのことではなく、法のきまりである――It’s not only polite, it’s the law. 都会の生活の行き着く先はこんなところだろう。
(2023.7.15 花崎泰雄)
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