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news commentary

うそっぽい、みえすいた話

2009-09-21 20:05:42 | Weblog
民主党政権の新しい外相・岡田克也が核兵器を搭載した米軍の航空機や艦船の日本立ち寄りを認めてきた1960年の日米安全保障条約改定以来の密約について、調査チーをつくり2009年11月末までにその結果を報告させることを明らかにした。せっかくの政権交代だ。そのくらいの掃除は当たり前だろう。

9月21日の朝日新聞によると、この「核密約」のきっかけは、1960年の日米安保条約改定の際の日本政府の間抜けさ加減のせいだったという。

同紙が外務省の複数の元幹部から聞きだした説明によると、60年の安保改定で導入された事前協議制度の日米取り決めの詳細部分に、事前協議が「米海軍艦艇の日本領海・港湾への進入に関する現行の手続きに影響を与えるものとは解釈されない」という文章が入れられた。この文章に基づいて、50年代から核の寄港・通過を自由に行っていた米側は、事前協議に縛られないと解釈した。一方、日本側は寄港・通過が「事前協議の対象」になったと解釈したという。

笑わせてくれるのはそこからで、日本側は「 米海軍艦艇の日本領海・港湾への進入に関する現行の手続きに影響を与えるものとは解釈されない」という文面が、「核」に関わることであると思わなかったというのである。

『朝日』の記事によると、1968年1月、当時の牛場信彦外務次官と東郷文彦北米局長がジョンソン駐日米大使から詳しい経緯の説明をうけ、60年安保条約交渉に担当課長として臨んだ当事者・東郷が、このとき初めて日米の「解釈の食い違い」を知った、のだそうだ。

「核弾頭を持った船は、日本に寄港はしてもらわない」という1963年の池田勇人首相の国会答弁に関連して、当時のライシャワー駐日大使が大平正芳外相に米国側の解釈を伝えている。外務省幹部がこの話を大平外相から聞かされていないわけがなかろう。

情報公開されないように、これらの密約文書を破棄した(と言っている)手際のよい国家公務員がもし知らなかったとすれば、なんとも間抜けな話ではないか。

  唐人にすがる大和の女郎花傘に入れてとない袖もふる

ところで、現在、米国はヨーロッパに配備している航空機搭載戦術核兵器を除くすべての戦術核を米国本土に引き揚げている。太平洋に配備されているロサンジェルス級原潜が以前積んでいた核弾頭つきトマホークも降ろされた。戦略核ミサイルを積んでいるオハイオ級原潜も、そのうち4隻が核ミサイルの装備をはずしている。日本に寄港している「オハイオ」「ミシガン」などがそれだ。

民主党は「核の恐怖のない世界を目指して」と言う文書の中で、「現時点において『持ち込み』の対象となるような米軍の戦術核は、アジアには存在しないとされており、また将来については、我々は戦術核の早期全廃を求める立場である。従って戦術核の寄港・通過が今後問題となるのは、極めて限られたケースであると思われる。しかしこのような限られたケースにおいてであれ、我々は米国政府との間で、核を搭載した艦船等の寄港・通過が日米安保条約に基づく事前協議の対象となることを改めて協議・確認することが重要であると考える。このような事前協議がもたれる場合においても、これを拒否することを原則とすべきである」としている。

とはいうものの、民主党代表の鳩山由紀夫は総選挙前の7月14日夕の記者会見で、核兵器搭載艦船の寄港や領海内の通過については事前協議の対象外とすることを容認する考えを示唆している。こうした民主党の核政策をめぐるぶれとあわせて、いまになって、メディアに過去の密約のいきさつをペラペラ話し始めた外務省幹部OBがいったい何をたくらんでいるのかも、興味津々だ。

(2009.9.21)


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