「彼女、どうだった?いい子でしょ」
単刀直入である。加茂寿々美は、いつもそうだった。あっけらかんとした気性で、しょっちゅう戸惑う。
「…なにバカ言ってるんや、お前さんは」
沢尻俊彦は口を尖らした。ひと回り以上も若い寿々美なのに、お互いタメ口を叩く間柄である。といって恋人ではない。
寿々美は卒業を控えた私立短大生。俊彦は既に三十を越した喫茶店のマスター。普通なら接点のない二人を引き合わせたのは、共通する趣味だった。
俊彦はあまり友人がいない。暇があっても誰彼と連れ立って何かを楽しむタイプではない。ひとり気の向いた場所を訪れてひとり淡々とと楽しむのだった。
ジャズ喫茶『らいら』は、三年前何となく街中を散策していて行き当たった。以来常連の客となる。『らいら』の薄暗い客席でジャズに聞き入っている学生服の女の子はえらく目立った。高校生の寿々美だった。
「見ない顔だねえ」
坊主頭で口ひげをたくわえた異様な風貌のオーナーがカウンターにいた。
「ジャズ喫茶は初めてなんやけど」
「それで、相席でええかな」
「はあ」
見知らぬ人間と相席、断りたいところだが、新参者にはその権利はない。オーナーの特異な顔がそう語っていた。
案内された席に、あの女子学生がいた。
「相席、してんか、寿々」
オーナーは砕けた口調で声を掛けた。
「うちは、ええよ」
彼女は笑っていた。反射的に俊彦はペコリと頭を下げた。
「えらい礼儀正しい人やね」
「はあ、それだけが取り柄ですねん」
顔を上げると、幼い少女の笑顔が目に飛び込んだ。それが寿々美との初対面だった。
二度目に『らいら』を覗いたときも彼女と相席で並んだ。初対面の緊張感は半減していて、それなりの会話が出来た。他人とそう簡単に打ち解ける性格じゃないのに、気さくな寿々美の対応で、俊彦はリラックスした。
その後も俊彦が『らいら』に顔を出すと、いつも寿々美はその席にいた。一年も経つと、年の差など関係なくざっくばらんに話せるようになる。あえてひとりぼっちを選びたがる俊彦には珍しいことだった。
三年後、俊彦が喫茶『七枚の画布(ななまいのきゃんばす)』をオープンさせると、寿々美はいの一番に常連客となった。
「沢尻さんみたいに生真面目で堅物じゃ、喫茶店のマスターになれないよ。もう心配で放っておけないから、うちがコーチしてあげる」
短大生の寿々美は、えらくお節介焼きだった。困った時の彼女頼みという格好である。
寿々美の意見を入れて、BGMはジャズに拘った。いい雰囲気が醸し出される。メニューも彼女の若い感性が生きる助言を取り入れた。パフェメニューは人気を呼んだ。
「マスター、口ひげが似合うわよ。少しは堅いイメージが柔らぐかもね」
「そうかな」
かなり多く寿々美の意見を取り入れた。俊彦はひげのマスターに変身である。
寿々美は時々短大の友達を連れて来店する。
「ななきゃん(七枚の画布)っていい感じのお店でしょ」
「うん。寿々美が話してた通りね。髭のマスターもスゴクかっこいいやん」
カウンター越しに聞こえる彼女らの会話に結構気分をよくした。
「マスター。どっか行きつけのスナックない?」
「まあね」
「そこ、呑みに連れて行ってよ」
隠れ家的に通っているスナックに寿々美を伴った。『女西郷隆盛』と客が呼ぶ容姿のママがひとりでやっている店である。 (つづく)