こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

小説(1995年作品)帰って来たヒーロー・3

2016年04月20日 00時01分04秒 | 文芸
京都から新快速で姫路まで。姫路からバスに乗り四十数分揺られれば、誠の故郷に着く。まずは実家へ直行して、五年に渡った東京暮らしのストレスを癒すのが先決だった。仕事は、そのあとでゆっくりと探すつもりでいた。

 誠は東京に出る前、現在はSホテルチェーンの新姫路Sホテルに変身している、当時の姫路Lホテルのレストランに勤めていた。誠が東京行きを前倒しで踏み切ったのは、Lホテルの思いがけない倒産だった。

 倒産で職場を誠と同様に追われる羽目になった、その頃のチーフや同僚は神戸や播磨近辺に四散して働いている。彼らのツテを頼れば、就職など、そう悩む必要もあるまい。



 実家にたどり着いたのは二時過ぎだった。バス停から十二,三分は歩いた。下着や着替えを詰め込んだボストンバッグを抱えてだから、結構大変である。秋口に差し掛かった時候のおかげで、汗をかかずに済んだのは幸運だった。

 中途半端な時間になったせいもあり、家には誰もいなかった。

東京を離れる直前に、東京駅から長距離電話で、帰郷することを連絡しておいたが、忙しく働いている母や兄夫婦の誰かに、誠を迎えるべくワザワザ在宅しておいてくれと望むのは、身勝手過ぎた。父は誠が高校生の折に、交通事故で亡くなっている。働き手がひとり欠けた状況は、誠が考える以上に大変なのだ。無理はいえない。

鍵のかかった玄関と睨めっこである。多分に期待していた家族と感激の再開も何もあったものじゃなかった。それでもホッとするものがあった。故郷は格別だ。我が家は、やはり最高だ。

家族の誰かが帰ってくるすれば、早くても四時ごろになるだろう。遅くなれば六時を過ぎる可能性もある。しかし、誠は焦らず待つ態勢にあった

Uターンして県道まで出れば、左手五十メートル先に喫茶店が一軒あることはあるが、もう一度逆戻りするのは億劫だった。それに誠は、懐かしさを醸し出す我が家の前を離れる気力は、微塵もなかった。

誠は玄関脇へ無造作に放り出してあるダンボールの箱を潰すと、それを敷物代わりに尻を下した。新宿歌舞伎町界隈で飲み過ぎて終電に間に合わなくなったとき、地下鉄の入り口付近で、同じようにして夜を過ごしたのを思い出す。誠のアパートは、小田急沿線にあったのである。
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小説(1995年作品)帰って来たヒーロー・2

2016年04月19日 00時18分50秒 | 文芸
黒木の後釜に入ったのは、名古屋Sホテルでセコンドチーフだった多過ぎである。チーフに昇格した大杉は使いやすい忠実な自分の部下を引き連れて移動してきた。そうなると、誠の存在は自然と浮き上がる形になってしまった。
 黒木チーフのもとでは、セコンドチーフに手がかかるストーブ前前まで順調に昇進してきた誠だったが、もはやセコンドチーフの道は閉ざされ多様なもので、邪魔者扱いの飼い殺しを覚悟しなければ、もう勤まらなかった。
 誠の窓際暮らしは三週間と続かなかった。黒木前チーフの息がかかった数少ない生き残りの一人だった、フロアーの主任、倉本が辞表を出したことが、誠に辞職を決意させた。倉木は黒木がホテルを去ったあと、何かにつけて誠がやり易いように配慮してくれていた、唯一の見方だったのである。
「そうか。やはり無理だったの。君には悪いことしちゃったな」
 黒木はマンションの自室を訪れた誠に、まるで我がことのようにため息をつき誤った。そんなところが、たくさんの男や女をひきつけ信頼されるゆえんだった。
「それで、田舎に戻るの?」
 自室に招き入れてくれた黒木は、かなり高価なウィスキーボトルの封を切ってくれた。
「はあ。もうそうするしか思い浮かばなくて……?」
「残念だね。君の夢が中途半端な形に終わってしまうのか」
「仕方ないです。それに夢ったって、東京で十年、料理一筋にかけた生活をおくってみようって、面白くもなんともない代物だから……」
 黒木にはSホテルのレストランSに就職するとき、面接を受けた。誠は正直に自分の夢を黒木に話していた。十年、とにかく田舎に戻ることなく、東京で料理三昧に明け暮れた生活をしたいのだと。黒木は、その単純明快な夢を買って、採用する気になったんだ、と半年後に漏らしてくれた。
「俺もな、君と同じ穴の狢さ。Sの料理宴会部門の総責任者になる夢も、一夜にして水の泡になっちゃったよ。今じゃ僕も東京の場末にあるレストランで働く一介のシェフだよ」
 黒木は明るく冗談口を叩いた。
「お互い、歳だからね。ま、慌てず騒がずゆっくり行くしかないさ」
「はあ」
 黒木は誠より二つも若い。誠は苦笑で応えるしかなかった。

 五年ぶりの関西は誠を拒絶することもなく優しく迎えてくれた。電車の乗り継ぎも5年前と、そう変化はなかった。根っから貧乏性のところがある誠は、急ぐ旅でもないことから、新幹線を利用せずに、在来線を乗り継いで帰って来た。だから、5年前と変わり映えしない交通事情は実に有難かった。
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小説(1995年)・帰って来たヒーロー・1

2016年04月18日 00時19分09秒 | 文芸
結局辞めるはめになってしまった。
 あれほどの夢を抱き、十年は帰らぬと腹をくくった上京だったのに、やっと目標を半分過ごしたところで力尽きた格好になった。
 氷見誠は、東京を引き上げる前に、この春まで世話になった黒木のマンションを訪ねることにした。関西から上京してきた誠を、この五年間、公私に渡って面倒見てくれた黒木は、ホテルを退職した後、彼の友人が経営するフランス料理店のチーフに迎え入れられている。
 黒木が主任チーフを務めていた新宿Sホテルのレストランを辞めたのは、今春の人事移動で、同じホテルチェーンの仙台Sホテルから移って来た北村支配人との対立からだった。
 バブルが弾けたことで、ホテルもリストラを余儀なくされている。Sホテルチェーンも御多分に漏れず、黒木が主導権を握っていた高級レストランSの材料費と人件費の削減を迫った。その先兵が北村支配人だった。
 ホテルの高級イメージを代表する一翼を担っているんだとの黒木の誇りは、材料費の削減によって店のイメージが低下することと、人減らしによって、これまでの高度なサービスが不可能になるのは分かりきっている。北村支配人の方針をおめおめと受け入れることを、よしとしなかったのである。
 黒木と行動を共にして十数人が辞めた。黒木を慕い頼みにする一派だった。もちろん誠も同調して辞める腹づもりだった。それをいさめたのは黒木その人だった。
「君は俺に殉じる義理も何もないさ。それに君は、ここを辞めたら、田舎に帰るしかないだろう。そんな物理的な重荷をわざわざ選んで背負わなくていい。北村支配人には、よく説明しておくから。氷見は俺の一派じゃないって」
 黒木の言葉の端々に、誠への好意的な配慮が感じられた。
 結局、誠は黒木の好意を受け入れる道しか選択肢はなかった。もともと社交性に優れているわけではない誠は、関西人が東京人になりきる困難さを嫌になるほど思い知らされていた。
 五年もの東京生活を経ながらも、友人知己といえば、職場の黒木や数人の同僚しかいない。それも飲んだり遊んだりする交友関係に過ぎなかった。恋人となると皆目縁のない寂しい五年間だった。
 三十間近い年齢に関西言葉と東京言葉のギャップは、そのまま手かせ足かせとなった。
 そんな誠がとにもかくにも東京生活を送れているのは、新宿Sホテルに固定した職場があるからに他ならない。だから、誠は黒木の助言にすがって、SホテルのレストランSに居残った。
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もう大変

2016年04月17日 00時03分43秒 | 文芸
並ぶくらいなら、

諦める。

大阪万博も

行列を強いられるパビリオンは

一切見なかった。

 そんな私が親になると、

しょっちゅう

並ぶ羽目に遭遇する。

子供が四人、

熱を出し、

耳が痛い、

おなかが痛いと

振り回されっぱなし。

 特に

中耳炎や

呼吸器系の病気になると、

もう大変だ。

当時の耳鼻科は

予約を取らないと、

診察は受けられなかった。

耳鼻科は少なくて、

患者はいつも満員状態。

人気のある耳鼻科は、

予約の順番を取るのすら

行列が不可欠だった。

 深夜二時過ぎに

家を出ると、

一時間かけて耳鼻科へ。

到着すると、

もう行列が

出来ている。

順番取りで並ぶのを、

アルバイトにしている人も

いるらしい。

予約受付時間までの

六時間余り、

眠気と闘いながら

列の中に頑張った。

それで診察は

昼の四時になる。

 駆けつけた妻と

子供の顔を見て

ホッとする。

(やったー!)と胸のうちで

快哉を叫んだ。


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出会い

2016年04月16日 00時38分11秒 | 文芸
定年退職後、

家でゴロゴロしているのに飽きて、

何かしようと思い立った。

近くで催されたウォーキングに

思い切って参加。

歩くだけなら何とかなると、

軽い思いだった。

集合場所には

五十人近い参加者の姿が。

中高齢者が大半だった。

歩き始めは一心不乱で

周囲を顧みる余裕もない。

途中息が乱れ始めた時、

お隣さんから

話しかけられた。

「歩くのも久しぶりやと

大変ですな」

 同年輩の男性。

自然と頷く自分が

意外だった。

似た状況下の相手に

心が和んだ。

 歩いていると

不思議に話は弾んだ。

ウォーキングに参加の動機も、

定年退職後の自堕落な生活を

なんとかしたいと

共通していた。

 ゴール地点に着いたとき、

ホッと大きな息をつぎ、

顔を見合って大笑いした。

 新しく始めた

趣味を通じた出会いは

新鮮だった。

歩きながらの談笑も

肩ひじ張る必要がなく、

もう三年続く、

いい話友達となった。
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ストーカーもどき・5(完結)

2016年04月15日 00時08分46秒 | 文芸
「おい。

あのこの目。

吊り上がっとるど」

 レジを通った辻本は

性急に報告した。

まるで鬼の首を

取ったかのように

顔を輝かせている。

また

対抗心がムクムクと

頭をもたげた。

「そない吊り上がってないで。

可愛いキツネ目や」

「ほうけ。

わしの好きなタヌキに

あんたのキツネやな。

こらええわ」

 辻本は笑った。

幸平もつられて

相好を崩した。

 イオンは

幸平の息抜きと刺激の

スペースとなった。

行けば、

必ず辻本と会える。

半額弁当のお得感も

自分のものにできた。

そのうえ

レジの彼女に会えるのが

最高に楽しい。

正確にいえば、

遠くから眺めるだけの

高嶺の花なのだ。

……キツネ目の女……!

頭の中で

逞しくなる想像が、

青春を取り戻してくれる。

「はん、

うれしそうやな」

「ああ。

彼女、

今日はしあわせそうな顔しとる。

なんぞ

ええことあったんやろ」

「あほらし!

それよか、

ええ情報あったど。

タヌキなあ、

結婚して

こども三人おる。

この間、

食品売り場を家族揃い

買い物しよったとこに

出くわしてのう。

イケメンの旦那やった」

「興味ないわ」

「ほなら、

キツネのこと

教えたろか」

「いらん!

なんも知らんほうがええ……」

 幸平は思う。

白髪頭のおじいちゃんの

淡い片想い、

それでいいと。

目の前で

元気に働く姿を

見せてくれれば、

それでいい。

だいたい、

幸平自身が

いつまで

健康でいられるか

保障の限りではない。

お年寄りなのだ。

「……キツネは……のう……」

 辻本の声が、

どんどん遠くなる。

 キツネ目の彼女は、

きびきびと客をあしらっている。

いつも笑っているようで、

時々むっとなったり

怒ったりする。

まだ若いのだろう。

……結婚しているのかなあ?

 幸平は頬笑んだ。

そろそろ半額の時間だ。


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ストーカーもどき・4

2016年04月14日 00時47分07秒 | 文芸
「ただ最近はみんな考えることは一緒で、競争相手が増えて、なかなか手に入らん。シールを貼るスタッフに金魚のふんや。貼られたはなから買い物かごに入れよる。ほんまがめついおばはんやで。それもようけおるわ」
 がめついのは、辻本も同じ穴の狢だ。
「あれ、別嬪さんやろ……!」
 十一番レジが辻本の視野にあった。
「まあ……そやけど、化粧がきついわ。目のふち黒うて、まるでタヌキやがな」
 スタイルはいいが、客に対応する彼女の化粧は、かなり濃い。
「そないいうけど、ええ子やがな」
 辻本は聞く耳を持たぬようだ。
「あの子の方がええな」
 思わず言ってしまった。ちょうど、十一番レジに姿を見せた、がっしりタイプの女性スタッフにだった。痩せぎすではない、好みのタイプだった。幸平の妻と、よく似ている。
「どれや?
「タヌキのレジや。交代するみたいや」
「へぇー?あの子け。あんまし美人やないのう。小太りやし、女らしい丸みがないわ。下駄みたいな顔しとるがな」
「それがええんや」
 幸平は彼女から目を離せなかった。もしかしたら辻本の対抗上、彼女に目を奪われたのかも知れない。それでも見れば見るほど、心が騒ぐ。久しぶりに味わう高揚感だった。
「弁当売り場へ行くか」
 辻本は、よっこらしょと立ち上がった。
「あんたのええっちゅう女の子のお顔を拝見すっか」 
 辻本は興味津々な顔つきだった。
 とんかつ弁当は残り一個。辻本はほくそ笑みカートに取りのけた。それを裏返した。
「なんで?」
「半額シール、知り合いに見られたら恥ずかしいやんけ」
 のけぞった。半額弁当のお得意さんの言葉ではなかった。プライドは健在らしい。
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ストーカーもどき・3

2016年04月13日 00時32分15秒 | 文芸
「隣、

あいとるかいの?」

「ああ、

どうぞ」

 幸平は

尻をちょっとずらして

空きスペースを広げた。

「おおけに。

カート押しといても、

しんどいわ。

あんた見かけん顔やのう」

 辻本は気さくに

幸平の世界に

踏み込んできた。

幸平は抵抗なく

彼との会話に入った。

「どや、

食品売り場に

行ってみぃーへんか?」

 辻本はスマートフォンで

時間を確かめると

誘った。

「四時になったら、

弁当が半額になりよる」

 ひょこひょこ

カートを押し歩く

辻本を追った。

半額弁当が気になる。

これまで

買う機会はなかった。

どういうものなのだろう?

「あちゃ!

ちょっと早かったわ。

まだシール貼ってないのう」

 辻本が

のぞき込む弁当の陳列棚に、

二十パーセントの

値引きシールが貼られた

とんかつ弁当が五個ある。

「早い時もあるねんけど、

今日は遅れとるわ」

「へえ?」

 すべてが目新しかった。

働き蜂だった幸平に、

スーパーの買い物など

殆ど縁はなかった。

食品売り場は

男が

足を踏み入れるところではないと

固く信じていた。

その封建的な思考は、

田舎で育った団塊世代に

多くみられる。

幸平も例外ではなかった。

「ちょっと

時間待ちしょうか」

 辻本が向かったのは

レジ前の休憩コーナー。

そんなコーナーを、

幸平は知らなかった。

「半額の弁当買い始めたら、

もう辞められん。

味もなんも

変わらんのに、

半額やど、

半額」

 独断的な辻本の

アピールに頷いた。

他人の意見に逆らいがちな

幸平の珍しい反応だった。

「惣菜かて

半額やったら、

タダみたいなもんやがな」

 タダではない。

それでも納得はできる。
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ストーカーもどき・2

2016年04月12日 00時49分41秒 | 文芸
「ちょっと

売り場

回ってみるかい?」

 辻本が尻をあげた。

せっかちな男である。

趣味が株取引だから、

少しの時間も

無駄にしたくない

きらいがある。

幸平と知り合い、

かなり

柔軟になったとはいえ、

まだまだ固い。

「行ってもええけど、

時間、

まだ早いぞ」 

 幸平は

柱の時計を

振り返りながら

言った。

 三時十五分。

三十分が過ぎると、

弁当や総菜の

値引きが始まる。

まず貼られるのは

二十パーセント引きのシールだ。

それは序の口で、

四時まで待てば、

二十パーセント引きが

半額になる。

幸平らには

それが買い時となる。

「そうけ。

ほなちょっと

ゆっくりすっかい」

「慌てるもんは

もらいが少ないんやど」

 幸平はあげかけた尻を

さっさと元に戻した。

目はレジのキツネに

向けたままだ。

「あんたは、

目当てが違うさかいのう」

 辻本は

ショッピングカートを掴んで

大儀そうに座った。

小さい頃から

足が不自由だった。

「タヌキは、

もう帰ったんかいなあ?」

「いっつも

キツネと入れ違いやさけ、

後退して抜けたんやろ」

「ほな、

わしの方は

楽しみあらへんがい」

 辻本は

タヌキのファンだった。

「別嬪さんやろが、

あのレジの女の子」

 辻本と意気投合した日、

彼は

顔をつるりと撫であげ、

得意げに

しゃべり続けた

 幸平がイオンに

足を向けたきっかけは、

定年退職だった。

何もせず

家でゴロゴロするのは

一週間も続かなかった。

もともと

貧乏性なだけに、

じっとしているのは

性に合わない。

別に家族は

幸平を邪魔者扱いしない。

彼自身の問題だった。

「イオンに行ったら

どないなん。

気が紛れるで。

家電売り場はあるし、

おなか減ったら

フードコーナーや。

便利やんか」

 妻は幸平のイライラを

察知していた。

小遣いを

二千円持たされ、

気は進まないものの、

何もしていないより

ましだと思い

出かけた。

 フードコーナー前の通路に

置かれたソファーで

ぼんやりしていると、

辻本がひょうひょうと

やって来た。

少し

足を引きずっている。
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ストーカーもどき・1

2016年04月11日 01時47分22秒 | 文芸
どうも

ツキから見放されている。

何をしても

想う通りの結果には至らない。

歯がゆい思いを

じーっと我慢する時期なのだろうか。

また心を癒されに、

あの顔を拝みに行くか。

 大谷幸平は

イオンタウンに向かった。

売り場に回ると、

レジ前に設けられた

休憩スペースのソファーに座った。

慌てることはない。

時間はたっぷりある。

(いた!)

 七番レジに彼女はいた。

がっしりした体格が目立つ。

顔はお世辞にも

十人並みとはいいがたい。

年齢はいまだに

知るすべもないが、

幸平より三十ほど

若いのは確実だ。

「早いのう」

 辻本だった。

同年輩のイオン仲間である。

小柄な男だ。

植木屋を

一人でやっている。

「今日は、

仕事、

休みか?」

「午前中で済ましたわ。

えろうてなあ」

「年やのに、

そない頑張らんでええがな」

「仕事せなんだら、

お得意さんも困るやろが。

そいに

わしが食えんように

なってまうがい」

 幸平と隣り合わせたソファーに、

辻本は

ドカッと尻を下した。

泥の汚れが残る作業着から

草木の匂いがかすかにする。

「お?

七番におるやないか」

「シー。

声が大きいで」

「かまへんわ。

年寄りのいうことなど、

誰が聞きよる。

そないな物好き、

わしらだけや」

 小柄な体に似合わぬ

大きな声の持ち主だった。

それに

気をつかう性格ではない。

「ほう。

キツネ、

元気そうやのう。

よかったやないけ」

 七番レジのの女性を、

幸平と辻本は

キツネと呼ぶ。

彼女はキツネ目なのだ。

レジを通るたびに、

まともに顔を合わせている。

 レジには、

ほかにタヌキがいる。

イタチもアライグマも。

幸平と辻本にかかっては、

動物園扱いの

レジスタッフだった。

しかし

実害があるわけではない。

むしろ年寄り二人が

リピート客になるのだ。

歓迎されて

然るべきだ
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