「けたハゼ釣り」は諦めて、誰でもできる夏ハゼ釣り。
書物に夏のハゼについては、「乗りで釣る」と書いてある。
夏のハゼは、食い意地が張って居て、誰でも釣れる。
若い女の子なんかも釣りに来るくらいだと言う。
だから「ハゼに始まり、ハゼに終わる」なんて言う。
しかし、夏ハゼと言っても、
そう簡単には釣れないことをボクは知って居る。
上に書いた「乗りで釣る」と言うのが解らなくて、
東京湾のハゼがいる海に出かけた。
到着した時はちょうど満潮の時間帯で、
竿に餌を付けて投げ入れても、ハゼはいっこうに釣れない。
諦めて橋桁のある浅瀬まで行ったら、
ハゼが見える所にいるではないか。
ハゼの口元に好物のゴカイを垂らしても見向きもしないのだ。
何度同じことを繰返しても、
変わらないので諦めていたら、
海の様子が少し変わって来た。
満潮が終わり引き潮になって来たのだ。
海が動き、海水が動き出すと、
今まで居たハゼたちが動き出し、
少し深い砂地へ移って居ったが、海が綺麗で透けて見える。
見える魚は釣れないと言うが、餌を垂らして見る。
ゴカイの付いた針を下すと、
ハゼの一匹がぱくりと食いついた。
しかしじっと動かない。
周りに居た別のハゼが近寄って来ると、
ゴカイを咥えたハゼがさっと動いた。
咥えた餌を横取りされないようになのか・・・・。
この時、竿先にブルッと手応えがあった。
竿を上げたら、当然のことであるが、ハゼがかかって居た。
そこで、別の場所に移動して、釣りを始めると、
こんどは、たびたび手応えがあってハゼがつれる。
つまり満潮の間は、海が動かず、
ハゼはジッとして居るだけのようだ。
引き潮(或いは満ち潮)で海が動き、
水がかき回されると、ハゼは食欲旺盛になって来る、
そんな気がした。
そこで「乗りで釣る」意味が少し解った。
ハゼは最初、餌を咥えるだけで、その後のみ込んで移動する、
この移動する時、ブルッと手応えがあるのだが、
釣り上げるとハゼは針ごと餌を飲み込んでいる。
飲み込んで腹に入ってしまった針を取るには、
すこぶる面倒であることを、釣りをしたことのある人は、
ご存知のはずである。
餌をハゼは最初はくわえる状態で、
次に餌を飲み込んで、移動する、
この観察から、ハゼが餌を咥えた時に釣り上げれば良い、
これが「乗りで釣る」と言うことに違いないと判断した。
ハゼが餌の上に乗ったような感じがしたら、竿を上げる。
これが「乗りで釣る」と言うことに違いないと確信して、
夏のハゼ釣りに友人と出かけた。
始めは「乗りで釣る」感触が解らず、相変わらず、
「ブルッ」と、くる手応えで釣っていたが、
針は餌ごとお腹に入っていて、針を取りだすのに手間取っていた。
その内、錘(おもり)と竿先へつながる糸を、
ピーンと張り詰めると、
錘りが微かに重くなることが有ったので、
竿を跳ね上げると、なんとハゼがかかって居た。
それもお腹に針があるのではなく、
針はハゼの上あごにかかって居た。
この感触が「乗りで釣る」ことに違いないと、
次に入れた竿が同じ微かな重さを感じたら、
竿を上げると同じようにハゼが釣れて、
しかも針はハゼの上あごににかかって居るではないか。
魚の口から簡単に針を外して、また海へ餌を投げる。
友人はと見ると釣り上げた魚から、
四苦八苦して針を外している。
友人が一匹処理する間に、ボクは三匹処理できる。
しかし釣り上げるタイミングがすこぶる微妙で、
全神経を指先にかけて、合図を知らなければ釣れない。
それにしても「乗りで釣る」タイミングが解ったため、
釣果ははるかに多かったことだけは事実である。
しかしハゼは食べるのに天ぷらか、
白焼きにして正月の雑煮のダシ程度しか、
ボクは知らないので、
以後二~三回ハゼ釣りはしただけで終わってしまった。