●今日の一枚 129●
Chet Baker It Could Happen To You
忙しくて、Swing Journal を買うのを忘れていた。だいぶ遅れて書店に一冊だけ残っていた3月号を買うと、何とチェット・ベイカー特集だ。ぺらぺらめくってみて、ちょっとうれしくなってしまった。何が嬉しいって、チェットのトランペットプレイを評価するコメントがいくつか載っていたからだ。その特異で中性的なトーンのボーカルが特色の中心として語られることの多いチェットだが、トランペットプレイだってかなりいいんじゃないかと、ずっと思っていたのである。
同誌の特集記事では、同じトランペッターのアルトゥーロ・サンドバル、ティル・ブレナー、ランディー・ブレッカー、そしてあのドン・チェリーまでもがチェットのボーカルではなく(あるいはボーカルとともに)、そのトランペット演奏を大きく評価しているのだ。いちいち首肯できる意見ばかりだった。
例えば、ドン・チェリーは、「チェットをシンガーとしてではなくトランペッターとして評価している。……一音で彼だってわかるじゃないか。独特の音を持っている点ではマイルス・デイヴィスに匹敵する。」といい、ランディー・ブレッカーは、「チェットは音の伸ばしかたがうまい。伸ばしながら強弱をつけることで独特のリリシズムを生み出している。ビブラートをつけずにそういうことをやる人はあまりいない。あとはマイルスがそうだ。でもふたりのやりかたは違う。チェットは最初から強く吹かないで、途中で鼻から息を吹き込んで音を伸ばしていく。サーキュラー・ブリージング(循環呼吸)みたいな手法だね。マイルスはいっきに吹いてそれを伸ばしてみせる。こちらは強弱がつけにくい。テクニックからいけばチェットのほうが難しい。それを何気なくやっているところも、同じトランペットを吹くものにはかっこよく映る。」と語っている。
というわけで今日の一枚は、チェット・ベイカーの1958年作品『It Could Happen To You』、先のランディー・ブレッカーのコメントの中にも登場する作品だ。しばらくぶりに聴いたのだが、やはりとても気持ちのいい作品である。チェットのボーカルとトランペット演奏が最良の形で表現されているものの1つだと思う。名作『チェット・ベイカー・シングス』に比べても、よりメリハリがあってこちらの方が好きだ。チェットのボーカルも楽しげだ。