●今日の一枚 141●
Ken Peplowski
Memories Of You
クラリネット奏者ケン・ぺプロフスキーの2005年録音盤『メモリーズ・オブ・ユー』……。ぺプロフスキーの作品を聴くのは初めてだった。Swing Journal 主催第40回(2006年度)ジャズディスク大賞最優秀録音賞(ニューレコーディング部門)を受賞したとかで、最近雑誌等にやたらと広告が載っている。けれども、私はそんなことでCDを購入したりはしない。そもそも私はSwing Journal 選定ディスクというものにかなり懐疑的であり、批判的な意見をもっている。私の心を動かしたのはジャケット写真と宣伝文句である。
何というジャケット写真だ。一見何の変哲もないバロック風の落ち着いた写真だが、よく見ると写真の女性たちが裸あるいは裸同然の姿でではないか。(見えにくければ、画像をクリックして拡大してください)一体、何を考えているのだろう。おかげでドレスを着て座っている可憐な少女にまでいかがわしいことを考えてしまうではないか。豪華な装飾のほどこされた部屋はそういった想像をことさらに掻き立てる。ブルジョワジーの倒錯した生活のイメージだ。両脇の毛皮をまとった女性たちなどから想起されるのは、マゾッホの作品の『毛皮を着たヴィーナス』というタイトルであり、可憐な少女から想起されるのはさしずめナボコフの『ロリータ』といったところだろうか。そうすると中央の3人は何だろう。まさか、マルキド・サドの『悪徳の栄え』……?
そんなジャケット写真をもつこの作品につれられた宣伝文句は、「19世紀末的デンダンの香りがいっぱいのジャズを聴かせてくれる、後世に残る大傑作アルバム!!」というものだ。どうです、興味がわいてきたでしょう。私はこういうのに弱い。とくに、「デカダン」(退廃)などという言葉をつかわれるともう駄目だ。いちころだ。私はこれで買ってしまった。
余計なことを記してしまったが、内容はどうか。いかがわしい何ものかを期待して聴いたら失望するかもしれない。少なくとも私には、「19世紀末的デカダンの香り」はどこからも感じられない。ジャケット写真のイメージとの関係も不明である。宣伝文句やジャケット写真と音楽の内容が大きく乖離している。けれども、音楽自体が失望するものかといえば、そうではない。実に良質のサウンドである。穏やかで、繊細で、美しい音楽だ。原曲の曲想を十分に生かしながら、優しく温かい音色で演奏されるのが好ましい。
ぺプロフスキーは、クラリネット奏者だが、この作品ではクラリネット演奏は12曲中4曲のみで、8曲はテナー・サックスによる演奏である。しかし、彼のテナー・サックスも十分すばらしい。タイトル曲の「メモリーズ・オブ・ユー」は1曲目と12曲目(つまり最初と最後)にそれぞれテナー・バージョンとクラリネット・バージョンが収録されているが、そのテイストの違いを楽しむのもなかなかに面白い。
これから、しばしば再生装置のトレイにのりそうな一枚である。