新型コロナウィルス感染拡大の影響で、それ以外のニュースはすべて消し飛んでしまった感があるが、こうしている間にも、経産省は福島第1原発からの汚染水の海洋放出を狙い、手続きを進めている。
現在、この問題に関するパブリック・コメントの募集が行われている。締切(5/15まで)が迫っており、当研究会も本日、意見を提出した。
できる限り多くの人から「反対」意見を集中させることが必要である。当研究会のように長文である必要はない。「海を汚す汚染水の海洋放出をしないでください」「福島県民がこれまで続けてきた努力を無にしないでください」など短文でもかまわない。
なお、これまでの議論経過、経産省「小委員会」報告書、福島県内各団体の意見、ニュース報道、そして当研究会の意見をご紹介する。
<経産省意見聴取会各種資料>
・
多核種除去設備等処理水の取扱いに係る関係者の御意見を伺う場及び書面による御意見の募集について(経産省)
・
参考 多核種除去設備等処理水の取扱いに関する検討状況について(経産省)
・
参考 多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会報告書(経産省)
・
多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会報告書を受けた当社の検討素案について(東京電力の素案)
・
福島第1 原発ALPS処理水の取り扱いに関する福島県旅連提言書
・
多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会の取りまとめを受けた意見書(福島県漁業協同組合連合会)
<ニュース報道>
・
特集 トリチウム水処理の行方(前編) 県内団体の苦悩(TUF テレビユー福島)
・
特集 10年目のふくしま復興の現在地(3)後編 トリチウム水処理 風評懸念相次ぐ理由(TUF テレビユー福島)
--------------------------------------------------------------------------------------------------
<当研究会が提出した意見>
1.「処理水」の呼称について
・多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会(以下「小委員会」)が海洋または大気中への放出による処分を相当とした「処理水」については、実態に即し「汚染水」と呼ぶべきである。
そもそも多核種除去装置(以下「ALPS」)によってトリチウム以外の放射性物質が完全に除去できるかについて専門家の見解が分かれており、福島第1原発の敷地内に保管されている「処理水」の2017年の測定結果ではヨウ素129、ルテニウム106、テクネチウム99が検出されている。また、小委員会報告書においてもトリチウム以外の核種が完全に除去できず残されている水が全体の7割に及ぶ事実を認めている(小委員会報告書14ページ)。ALPSの性能は不完全であり、放射性物質を完全に除去できていない以上、これを安全であるかのように装い、ごまかす「処理水」の呼称はふさわしくない。あくまで「汚染水」と呼ぶべきであり、以下、本意見でもそのように呼ぶ。
2.小委員会における検討のあり方について
・初めに結論ありきの小委員会の「検討」方法に抗議する。
4月13日に開催された2回目の聴取会で、菅野孝志・福島県農協中央会長が「海洋放出か大気放出かの二者択一の議論に反対」と述べた。いずれにしても環境中への放出を意味する選択肢2つだけというのは、市民の前に実質的に選択肢を示したことにならない。このような「初めに結論ありき」の小委員会での「検討」のあり方に強く抗議する。
3.処分方法について
・小委員会の結論である「海洋または大気中への放出による処分」に反対する。
(1)トリチウムは水の同位体であり水にきわめて近い性質を持つ。そのため、細胞内に取り込まれ、DNAにも入り込んで弱いながらもDNAに直接放射線を発し、傷つけるとして健康被害の危険性を指摘する専門家も複数いる(崎山比早子・元国会福島第1原発事故調査委員会委員、西尾正道・北海道がんセンター名誉院長ほか)。沸騰水型原子炉と比べ、トリチウムの放出量が多い加圧水型原子炉を持つ原発の周辺地域で、白血病や新生児死亡率が高まるとした研究論文もある。健康被害の可能性が否定できない以上、環境中への放出は危険を招きかねない。また、トリチウムの半減期が約12.3年と放射性物質の中では比較的短いため、粘り強く保管を続ければ比較的早期に無害化が期待できる。健康被害の危険がある状態での早期放出より、粘り強く保管を継続し無害化を待つべきである。
(2)汚染水タンクの設置場所について、小委員会は福島第1原発敷地内を適当とし、2022年に設置場所がなくなり、タンクも汚染水で一杯になると主張するが、福島第1原発周辺に広範な帰還困難区域が存在する現状に鑑みれば、土地所有者がいても利用のめどが立たない帰還困難区域を借り上げタンク設置場所とする方法も考えられる。いずれにしても、継続保管のためのタンク設置場所を確保することは国や電力会社の責任である。
(3)小委員会の報告書では、トリチウムは自然界にも存在しており、摂取量が少量であれば人体に影響はないと主張するが(15ページ)、そもそも放射性物質に限らず、日本の汚染物質の排出基準には単位あたり濃度の規制があるだけで総量規制がない。このため、薄めさえすれば半永久的に汚染物質の排出を続けられる仕組みになっており、規制として実態がないと言わざるを得ない。このことは水俣病など過去の公害病においても示されている。海はゴミ捨て場ではなく、海洋放出、大気中放出いずれの方法でも必ず自然界のあらゆる生物に影響を及ぼす。
(4)地上での継続保管やモルタル固化によるトリチウム保管などの方法が専門家から提案されたにもかかわらず、小委員会では技術的面からの検討すらされなかった。報告書は、トリチウム処理において「技術的には、実績のある水蒸気放出及び海洋放出が現実的な選択肢」としているが(40ページ)、高レベル放射性廃棄物について実績のある処分方法も確立しないまま原発を推進した国や電力会社が、事故後になって健康被害の可能性のある処分方法を「実績がある処分方法だから」という理由だけで提案しても、市民の納得を得られるとは思わない。
4.いわゆる「風評」対策について
・汚染水の拙速な放出は、真剣に努力してきた福島県内の農業者や事業者の努力を無にする暴挙である。
農林水産省が事故後継続的に実施している「福島県産農産物流通等実態調査」によれば、流通業者が福島産食料品を取り扱わない理由として「他産地のもので間に合っている」「他産地を撤去してまで福島産に変える理由がない」が大勢を占めた。別の消費者庁の調査でも、放射性物質を理由に福島県産食料品の購入をためらう人は12・5%であり、いわゆる「風評」被害はまったく発生していないとは言えないものの、国や福島県が主張しているような大規模な形では発生していないと考えられる。
一方、福島県内には、例えば「酪王牛乳」を製造・販売する酪王乳業のように、放射性セシウムの測定を実施、検出されないことを条件に出荷し、検査数値も公表するなどの真剣な努力を続けてきた事業者も多い。汚染水放出は、このような民間における努力を一瞬にして無にする暴挙であるといわざるを得ない。
福島県産食料品の安全性については、放射性セシウム以外の核種の検査が十分でないことや、検査メッシュの粗さ等を理由としてなお議論の余地があるものの、多くの県内農業者・企業が血のにじむような努力を続け、不安を抱える消費者心理に向かい合ってきたことを指摘しておきたい。菅野孝志・福島県農協中央会長の汚染水放出への反対は、こうした県内農業者・企業の事故後多年にわたる努力を受けてのものである。その発言は重みがあり、これを無視することは許されない。
5.最後に~事故当時、福島県民だった1人として
私は、福島第1原発事故当時、福島県西郷村に住み、事故を間近で経験したが、事故により引き起こされた問題で現在まで解決したものはまったくないと言わなければならない。健康への影響は多くの専門家が認めており、避難指示によるものと自主的なものとを問わず避難者の生活再建は、国がまともに向き合わないため困難に直面している。除染土など廃棄物の処理も困難を極めており、高レベル放射性廃棄物に至っては処分候補地さえ現れる気配がない。
こうした事態は、小委員会をはじめ原発を推進してきた経産省・電力会社が情報を公開せず、隠ぺい・改ざんし、立地自治体との間で不透明な金銭を授受するなど、原発推進に当たって続けてきた姿勢・手法に対する市民の不信が極限にまで高まっていることが原因になっている。不透明で恣意的な金銭の授受は、市民と国・電力会社との信頼関係のみならず、事故後の福島県内では地域住民同士の信頼関係にまで回復不能な打撃を与えた。
このような巨大な犠牲を払ってもなお電力はまったく不足しておらず、
「日本原子力文化財団」の世論調査(2019年11月)でさえ6割の回答者が原発を「(即時または徐々に)廃止すべき」と回答している。危険で、巨大な被害を伴い、市民からの支持もない原発は即時廃止すべきであることを、事故当時の福島県民の1人として訴える。