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令和の米騒動は必ず再発する! しかも、それは早ければ4月には始まる

2025-02-19 22:37:14 | 農業・農政

これを書くのは正直、怖い気もしますが、国民的関心事なので思い切って書くことにします。

農水省が毎月、公表している「民間在庫の推移(速報)」を見て、私は愕然としました。連日、米不足問題が報道されていますが、事態はそれよりもずっと深刻です。

この数字を見た上で、私は今後の展開を以下の通りになると予測します。

・スーパー、米穀店の店頭で「お1人様5kg1袋限り」等の購入数量制限が始まる時期・・・早ければ4月上旬、遅くとも4月中
・店頭からお米が消え始める時期・・・早ければ大型連休前、遅くとも5月中
・お米が完全に姿を消す時期・・・早ければ5月末、遅くとも6月中

8月になって騒ぎが始まった昨年より1か月半程度早く、今年は事態が進行すると予測します。このように考える根拠は、以下の通りです。

●上記「民間在庫の推移(速報)」から見えることは・・・

そもそも、農業問題に少しでも知識がある人であれば、往時より少なくなったとはいえ、現在も年に700万トン程度、米が獲れているという基本的数字が頭に入っていると思います。この収穫量からすると、収穫直後の11~12月でも民間在庫が300万トン程度というのは、半分弱にしか過ぎません。私が最初この数字を見たとき、あまりに少なすぎて何を意味しているのかわかりませんでした。

しかし、表の欄外に「注」として「2 出荷段階は、全農、道県経済連、県単一農協、道県出荷団体(年間の玄米仕入数量が5,000トン以上)、出荷業者(年間の玄米仕入量が500トン以上)である」「3 販売段階は、米穀の販売の事業を行う者(年間の玄米仕入量が4,000トン以上)である」と記載されているのを見たとき、すべての謎が解けました。

この表に掲載されているのは、平たくいえば、食糧管理制度(食管制度)があった時代(1995年以前)に、正規米である「自主流通米」の政府指定集荷団体として認められていた2団体--「農協」と「全集連」(全国主食集荷協同組合連合会及びその加盟集荷業者)が集荷できた量だけです。逆に言えば、農協・全集連を通すことなく出荷された米は、この表には含まれていないということです。

食管制度解体から今年でちょうど30年になりますが、農協・全集連が集荷できているのは、全収穫量の半分弱に過ぎないということが、このデータから見えてきます。

日本の米の年間収穫量は、上でも述べたとおり、ここ数年は700万トン程度で、需給はほぼ均衡しており、いわれているほどの「米余り」は実際には起きていませんでした。計算の便宜上、年720万トン収穫できているとすると、1か月に60万トン消費されていることになります。

つまり、上記「民間在庫の推移(速報)」は、流通量だけでなく、消費量の面でも実勢の半分しか反映していないことになります。農協、全集連が集荷できた年300万トンの米が、月に20万~30万トン程度消費されているということを示した表に過ぎません。

残りの半分は、大きく分けると大口需要者(外食産業など)による直接買い付け、農協・全集連以外の流通業者による集荷分、そして産直などの小口需要ということになります。これら(産直除く)は外食産業に回るほか、病院・学校給食や、いわゆる「中食(なかしょく)」にも回ります。

中食とは、外食と家庭「内食」の中間的形態で、具体的には弁当・総菜を指します。作って食べるまですべてが家庭内である「内食」と、作って食べるまですべてが家庭外である「外食」の中間的形態(作るのは「外」、食べるのは「中」)なので、このように呼ばれるわけです。

これら外食・中食によって米の半分が消費されており、実は、この分野が伸びているため、お米の消費量は言われているほど減っていません。減っているのは家庭で炊飯器で炊いて食べる米だけですが、この分は農協・全集連が多くを扱ってきたため、上記「民間在庫の推移(速報)」では減っているように見えるのです。

●日本では、ウクライナ戦争開始後、農協・全集連が集荷量を大きく減らした

上記「民間在庫の推移(速報)」資料から、クリアに見える点がもう1つあります。近年、秋の収穫期直後の11~12月時点で、おおむね300万トン台で安定していた流通量が、令和4/5年度(2022~2023年度)を境に大きく減少していることです。

この年に起きた大きな出来事といえば、ウクライナ戦争です。同時に、燃料費、資材費の大幅な値上がりが始まりました。この値上がりに耐えきれず、多くの農家が離農したことが、この表から見えてきます。

米生産量全体としても、670~680万トン程度に減っていますが、この減少分(マイナス30~40万トン)が、「民間在庫の推移(速報)」における減少幅とほぼ一致しています。「民間在庫の推移(速報)」は農協、全集連が集荷した米だけを対象にした統計なので、「ウクライナ戦争後の燃料・資材費の値上がりに耐えきれずに離農した農家のほとんどが、農協・全集連に出荷していた農家だった」ことが見えてきます。

●結論=ウクライナ戦争を契機に起きた農協の集荷力の低下が「一般家庭」を直撃した

離農した農家のほとんどが農協・全集連に出荷していた農家に集中していたという私の推測通りだとすると、次のような結論が導き出されます。つまり、ウクライナ戦争後に急騰した燃料・資材費の価格転嫁を、農協・全集連が認めなかったのに対し、それ以外の流通業者は認めた可能性が高いということです。

この結果、農協・全集連に出荷していた農家の多くが農業に希望を失って離農するか、「燃料・資材費の値上がりを加味して買い取り価格を上げてやるから、うちに売ってくれないか」と囁く農協・全集連以外の流通業者に出荷先を切り替えるかのいずれかを選んだと考えられます。こうして、流通量減少の影響が外食、中食には及ばず、農協・全集連が集荷した米を取り扱っているスーパー・米穀店だけを直撃したのです。

元々このような状態がベースにあるところに、「民間在庫の推移(速報)」に戻ると、令和6~7年(2024~2025年)は、令和5~6年(2023~2024年)に比べて、前年同月時点での流通量が、さらに39~50万トンも少なく推移しています。1か月の米消費量が60万トン(うち、一般家庭消費分が半分の30万トン)であることを考えると、平均で1.5か月分に相当します。つまり、昨年は8月に始まった米騒動は、今年は1か月半早まり、6月中旬には始まることになります。

一般家庭で消費されている米(=外食、中食除く)が月に30万トンであることから考えると、21万トンの備蓄米放出くらいではまったく足りません。「令和の米騒動第2弾」の始まる時期を、半月~20日程度遅らせるのが精いっぱいでしょう。備蓄米21万トンを放出しても、令和の米騒動第2弾は、7月上旬までには始まると考えられます。

今後、「米を隠し、売り惜しむ米穀業者」というストーリーで、マスコミによる米穀業者バッシングが激化すると思います。ですが、彼らの名誉のために述べておくと、米穀業者が保管している米は、外食産業など「すでに買い手がついている、売約済のもの」がほとんどであり、いわゆる「売り惜しみ」ではありません。もちろん売約済ですので、外食産業には契約通りの価格で出荷されることになるでしょう。

石破政権は、参院選後まで米不足を繰り延べできるとの腹づもりのようですが、おそらくその当ては外れます。参院選がまさに公示され、運動期間に入る頃に米が完全に消えるという、石破政権的には最悪のシナリオになる可能性が強まってきました。

米不足が原因で、この夏、自公政権が倒れることになるかもしれません。野党もまとまれずバラバラですが、「バラバラなりに非自民政権が成立」した1993年の再来は、十分あり得ます。思えばこのときも、時期を同じくして「平成の米騒動」がありました。やはり歴史は繰り返しているというのが、私の感想です。


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余波続く「令和の米騒動」 日本の歴史的転機になるかもしれない

2024-09-24 20:12:56 | 農業・農政

(この記事は、当ブログ管理人が月刊誌「地域と労働運動」2024年10月号に発表した原稿をそのまま掲載しています。)

 ●反響あった前号

 前号掲載の拙稿「じわり広がる「令和の米騒動」 これは日本の「暗い未来予想図」か」には大きな反響があった。記事をレイバーネット日本に転載したところ、右翼と見られる人物からレイバーネット日本に対し、私をライターから解任するよう要求があったという。「自民党が“保守”“愛国”を標榜しながら、舞台裏では、激しく攻撃している「左翼」以上に亡国的な政策を長年にわたって続け、日本と日本の市民を破滅の崖っぷちに追い込んでいる」実態を暴露されたことが、右翼・保守陣営にとっていかに打撃だったかを余すところなく物語っている。


 フランスの経済学者ジャック・アタリ氏に関する「ウィキペディア」(インターネット百科事典)日本語版の記事には、「日本人はいずれ雑草や昆虫しか食べる物がなくなる」という氏の発言が紹介され、レイバーネット日本に掲載された拙稿が出典として脚注に掲載されるに至った。この発言は「食料自給率が低い日本がこの先、どう生き残れば良いのか」を問うNHKのインタビューに答える形で行われた。アタリ氏は、高齢化が進んでいる農家の実態に触れ、農業が失われないよう農家になりたいと思う条件を整えることや、食生活を変化させ別の食材に切り替えることを提唱。その流れの中から飛び出したのが件の発言だったが、日本社会に与えるインパクトは私の想像をはるかに超えていた。

 ●食料危機の時代の入口か?

 主食の米が手に入らないという事態が現実化し、日本にとって食料危機の時代の入口になるのではないかとする論評も、経済ジャーナリスト荻原博子さんなど一部の識者から出始めている。十数年後に振り返ったとき「いま思えば、あれが飽食の時代から飢餓の時代への最も象徴的な転換点だった」と言われることになる可能性は、それなりに出てきていると思う。


 前号の拙稿で、私は1993年の「平成の大凶作」との比較で論じた。全国の作況指数が75になるとともに、東北の太平洋側では作況ゼロとなり、米が全滅する地域も出た1993年と、作況指数が101(平年並み)の今年ではそもそも比較対象にならないとの主張も多い。

 流通段階から米が不足し、「流通業者はおろか、農家に行っても米が買えない」という状況さえ見られた1993年と今年を比較することは確かに無理筋だろう。だが、前号の拙稿で指摘したとおり、この年でさえ793万トンの生産量を上げられた米を、ここ数年来の日本では700万トン程度しか生産できていないことは紛れもない事実である。人口が当時と比べて横ばいなのに、これだけ米消費を減らしても日本で飢餓が起きていない原因として、米消費の減少分を日本人が麺類消費の増加で補ってきたこともすでに指摘したとおりである。生産をいくら減らしても、それ以上に消費が減少するため余剰となった米の一部は、近年はこども食堂やフードバンク、フードパントリーに無償で提供されてきた。先進国とは思えないレベルでこの国に存在している「貧困のため食事にも事欠く子どもたち」にとって、これらの米が命綱になってきたことは、こども食堂やフードバンク、フードパントリー運動に関わってきた人たちにとっては周知の事実だろう。

 1993年は確かに壊滅的な米の作況だったが、これには前々年、1991年に起きたピナツボ火山(フィリピン)の噴火の影響だったことが今では知られている。20世紀に地上で起きた火山噴火としては最大規模で、噴出物は成層圏にまで巻き上げられた。日照時間が減り、地球全体の気温を0.5度も押し下げる要因となった。

 「平成の大凶作」は、火山噴火という一過性の出来事によるものだったため1993年限りに終わり、1994年の作況は平年並みに回復した。それに対し「令和の米騒動」は水田農業基盤の弱体化がもたらした構造的なものであるため、影響は今後も続くものと見込まれている。危機という意味では今回のほうがはるかに深刻なのである。

 農業危機は日本に限らず世界的なものである。アタリ氏が指摘する農家の高齢化もそのひとつだが、より根本的な問題は日本でも世界でも「農業では食べられなくなっている」ことだろう。農家にも生活がある。食べられなければ農業を辞め、別の仕事に移る。そうした労働移動が世界的に進行した結果、農業人口は減った。国連食糧農業機関(FAO)のデータによれば、2000年に10億人だった世界の農業人口は、2019年に9億人と報告されている。減少といっても20年間で1割であり、たいしたことではないなどと思ってはならない。世界の農業人口の75%は家族農業を中心とした小規模経営であり、しかもそのうちの95%は5ヘクタール以下の農地面積しか持たない零細農家だと報告されているからだ。

 これらのデータは、20年で1割減った農業人口の多くが大規模経営体の労働者であったことを示唆している。農産物価格の変動は、実は大規模経営体ほど大きな影響を及ぼす。資本主義的に大規模化した農業経営体から順に破たんし、その労働者が農業から他産業に移転。同時に、大規模経営体の破たんによって農業人口の減少を上回る規模で農業生産が減少していることも示唆するデータといえる。

 農業の大部分が、子どもを育てる必要がなく自分の老後の生活さえ保障されればよい高齢者によって担われるようになっている。こうした動機で農業を続ける農家は経営規模が小さいため、たいした生産量にならない。しかし、こうした農業者が世界の食料供給を支えてきたことに私たちはもっと着目する必要がある。

 このような実態は長く隠されてきたが、その一端はコロナ禍により明らかになった。農家だけでなく、食品加工、物流などエッセンシャルワークに携わる多くの労働者が不足していた。生活必需品自体は不足していないにもかかわらず、運ぶ人がいないため出荷できない工場が続出した。日本国内でも、製紙工場には天井に届かんばかりにトイレットペーパーが積み上げられているのに、最寄りの店頭にはなく、多くの人がトイレットペーパーを求めて長い行列を作った。あふれかえるコロナ患者を収容できない医療機関の状況を見た多くの有識者が新自由主義の終わりについて語ったが、終わるべきなのは新自由主義にとどまらず、人間の生存にとって真に必要な基幹産業における労働への対価(=賃金)をきちんと測定できず、そのためこれらの基幹産業に適正な労働力の配置もできない資本主義体制そのものではないのか。

 基幹産業とは、言うまでもないが医療、福祉、教育などの公共サービス、物流を含む公共交通、そして農業を含む食料供給などである。社会的に高い意義を持つが低賃金のため、人手不足がもう何十年も続いており、打開もされてこなかった分野である。こうした産業への大規模なテコ入れをこれ以上怠るならば、21世紀は人類にとって最後の世紀になるだろう。

 ●「飢餓の世紀」は予想されていた

 21世紀が飢餓の世紀になることが予測されていたといえば、多くの読者は驚かれるかもしれない。しかしそれは事実である。1995年に日本語版の初版が発行された「飢餓の世紀」(レスター・ブラウン著)は、自然条件の制約に伴う食料生産拡大ペースの鈍化について論じたもので、奇をてらったものではない。ブラウンは、人口大国であると同時に食料消費大国である米中印の三国について論じ、そのいずれも従来の食料生産の拡大ペースを、自然条件の制約のため維持できないと結論づけた。ブラウンが同著の執筆に取りかかった1990年代を起点として40年後の2030年代――それは今から見れば6年後の未来である――には世界に飢餓が訪れると予想していたのである。気候変動による温暖化ももちろん考慮に入れられている。


 ブラウンは、周光召・中国科学院教授(当時)の研究結果から、中国が食料を自給できなくなり、最悪の場合、世界から4億トンもの穀物を輸入しなければならなくなる事態に警告を発していた。現在、世界で7億人程度(世界人口の1割弱)が飢餓に瀕しているが、世界人口の半分が飢えるような破局的事態に至らなかったのは、良い意味でブラウンの予想が外れたからである。中国による2023年の食料輸入量は1億6千万トン。決して少ない量ではないが、ブラウンの30年前の予想に比べれば半分以下にとどまっている。これによって、世界食料危機が始まる時期は幾分、先送りされることになった。

 それでも世界の食料需給は逼迫基調にある。ブラウンが予想もしていなかった新たな食料需給逼迫要因も生まれている。ブラウンが「飢餓の世紀」の執筆を始めた1990年代は、ソ連が解体し、旧ソ連諸国が「独立国家共同体」(CIS)という緩やかな国家連合に再編され再出発したばかりの時期にあたる。かつて同じソ連だった兄弟国家同士が、世界の一大食料生産基盤となっている肥沃な大地の上で戦う事態など想定していなかったに違いない。ウクライナ戦争が今後も長く続けば、中国が作ってくれた「良い意味での誤算によるモラトリアム(猶予)期間」は終わり、世界の食料危機の時代が再び早まることもあり得るのである。

 兆候もすでに出ている。アフリカのナミビアやジンバブエでは、長引く干ばつのため食料が不足し、ゾウ200頭を処分、食料にすることを発表している。ジンバブエ当局は、国内人口の半分が飢餓に直面する可能性があると理由を説明する。

 ●求められる農政の方向性とは?

 エッセンシャルワークといわれる産業分野への適正な労働力の配置も、そこで働く労働者への適正な賃金の支払いもできない資本主義体制は、それが可能な新たな経済体制に席を譲らなければならない。しかしそれが今日明日のレベルで不可能であれば、当面は市場の失敗を踏まえた政府の出番とならざるを得ない。


 令和の米騒動に対し、農林水産省には驚くほど危機感がない。農水省職員の「現場無知」は昔からで、今に始まったことではないが、最近はますます酷くなっている。2010年代に入り、農水省に集中的にかけられた定員削減攻撃のため、農林統計担当職員数は2011年の2365人から、2018年には613人と、わずか7年で4分の1に減らされた。たったこれだけの人数で何ができるというのだろうか。

 実際、食糧事務所と並んで、かつて農水省の中でも花形といわれた統計情報部、地方統計事務所はなくなり、今は農政局の一部署になってしまっている。以前であれば、農政局統計情報部の職員が直接、農家に出向き「今年の作柄はどうですか」などと膝詰めで話しながら、要望を聞き、政策に反映させていたが、組織もなくなり人員も4分の1になった今の農林統計の現場にそのような力はない。そもそも昨年度産米の作況指数「101」(平年並み)自体、きちんとした調査やデータ分析に基づき、実態を反映している数値なのか。そこから検証しなければならないほど、農林統計業務の弱体化は深刻な状況にある。

 減反政策は、少なくとも表向きは廃止されたことになっているが、「生産目安数量」が地方自治体を通じて農業現場に降ろされていることは前号拙稿ですでに述べた。前号での分析を踏まえ、さしあたり、現状の農政で真っ先に改めなければならないのは価格維持政策である。農家が持続可能な水準で農産物価格を設定するなら、農産物価格は大幅に上がることになり、ただでさえ物価高にあえぐ消費者を直撃することになる。一方、消費者が満足する現行水準での価格が続くなら、農家の持続的経営は到底不可能だ。今の制度は、農家の利益と消費者の利益がトレードオフになっており、両方を満足させることはできないからである。

 この問題はかなり前から認識されており、かつては一度、メスが入れられようとした時期もある。2009年に成立した民主党政権は、価格維持政策を取りやめ、豊作によって農産物価格が暴落し、農家の手取り収入が下がった場合、国が農家に直接補償を行う「農業者戸別所得補償制度」を導入した。農産物価格の維持のため、作りたくても我慢しなければならなかった過去の農政からの決別であり、意欲的に生産した結果「豊作貧乏」になっても国から減収分が補償されるこの制度は、足下では農家に好評だった。

 だが2012年、自民党が政権復帰し安倍政権が成立すると廃止され、元の価格維持政策に逆戻りしてしまった。農業者戸別所得補償制度がそのまま残っていれば、「令和の米騒動」は起きていなかったと思われるだけに残念だ。「悪夢の民主党政権」などと安倍元首相は盛んに旧民主党攻撃を繰り返したが、悪夢は一体どちらなのか。こうした制度を作った旧民主党政権の実績はもっと正当に評価されるべきだ。

 令和の米騒動を通じて、価格維持政策よりも農業者戸別所得補償制度のほうが優位であることが示された。ただちに農業者戸別所得補償制度を再導入し、農業経営の安定性、持続性と意欲的生産の保障を通じた安定供給の確保に踏み切る必要がある。

 この場合、農業者への所得保障に税金が使われることになるが、日本以外の諸外国では「食料は軍備と同じ価値を持つ」が常識である。市民を危険にさらす防衛費や国土破壊の象徴である原発に使うカネが何兆円もあるのに、食料安全保障にカネを回さず、市民が主食を買えない事態が起きても放置し続ける自民党こそ最低最悪の反日売国政党であり、左翼を「反日」などと非難する資格はない。

 ●「赤上げて赤上げないで、白下げないで白下げろ?」

 令和の米騒動の背景に、8月8日、宮崎県日向灘沖で起きたマグニチュード7、震度6強の地震をきっかけに発表された「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」の影響を挙げる向きもある。だがこれに関しては、私は、影響は限定的だったと判断する。


 ただ、タイミングとしては最悪だった。仮にこの地震の発生がもう1か月遅ければ、すでに新米が出回り始めていたであろうし、逆にもう1か月早ければ、新米の流通開始まであと2か月近くもあるから、政府は迷うことなく備蓄米放出に踏み切れたであろう。このタイミングの悪さを混乱の背景要因のひとつに挙げる程度なら差し支えないと考える。

 情けないのは政府の対応が後手に回り、しかもちぐはぐだったことだ。南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)が発表された直後は「大地震に備え、生活物資を備蓄しておきましょう」と呼びかけながら、米不足が始まると一転して「無駄な買い占めは控えましょう」と真逆の呼びかけを行った。「赤上げて赤上げないで、白下げないで白下げろ」と言われているようで、これでは混乱が起きないほうがおかしい。

 9月に入り、店頭には徐々に米が戻り始めているが、以前であれば2000円でお釣りが来ていた5kg入り白米1袋が3000円を超えているところも出ていると聞く。鳥インフルエンザの大流行によって鶏が大量に処分された結果、一時は完全に店頭から姿を消し、数か月後に戻ってきたときには価格が倍になっていた鶏卵の前例もあるだけに、今後しばらく価格は戻らないかもしれない。

 「今までが安すぎただけで、これが適正価格だ」とする見方も一定程度正しい。そもそも日本の消費者は米がどれほど安いかご存じだろうか。食管制度時代の古いデータではあるが、茶碗1杯のご飯が標準米で25円、コシヒカリ級のブランド米でもわずか45円に過ぎない。「これが高いとおっしゃるならば、もう勝手になさいと申し上げるしかない」――2022年に死去した農民作家・山下惣一氏の著書の「あとがき」として、作家・井上ひさし氏はこのような言葉を贈っている。

 「令和の米騒動」は日本と日本人の生存基盤の脆弱性を印象づけるまたとない機会だった。農家のためにも消費者のためにもならない農政はもとより、米の複雑な流通実態、政府の情報発信のあり方、デフレに慣れきった結果としての「安ければいい」という消費者意識に至るまで、今まで私たちが常識と考えていたことのすべてをこの際、ゼロベースで見直さなければならない。

<参考資料・文献>
・「飢餓の世紀」(レスター・ブラウン著、1995年、ダイヤモンド社)
・「今、米について。」(山下惣一著、1991年、講談社文庫)
世界の農業が抱える問題と国際報道
ゾウを国民の食料に 飢餓差し迫るジンバブエ

(2024年9月22日)


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じわり広がる「令和の米騒動」 これは日本の「暗い未来予想図」か

2024-08-23 23:01:43 | 農業・農政
(この記事は、当ブログ管理人が月刊誌「地域と労働運動」2024年9月号に発表した原稿をそのまま掲載しています。)

 ●始まった「令和の米騒動」

 大手メディアではなぜかほとんど報じられないが「日本農業新聞」等の専門媒体、またインターネットをここ数か月来、賑わせているキーワードがある。ずばり「令和の米騒動」だ。実際、スーパーやホームセンターなどの量販店では、早いところでは今年春頃から、購入数量を1人1袋に制限するなどの動きが出始めていた。6月頃からこの動きはさらに加速、7月に入ると、ついに流通業者から米が入荷しないため販売を取りやめざるを得ない店も出てきた。

 米の「欠品」は、まず東京都内など生産地から遠い大消費地で始まり、最近は大生産地である北海道、東北、北陸といった地域でも購入数量制限の動きが広がっている。20~30年くらい前までの農業界では、1等米比率の最も高い米どころといえば東北や北陸というのが常識だったが、10年くらい前から1等米比率の最も高い地域は北海道に移っている。今や日本一の米どころとなった北海道で、さすがにそのようなことはあり得ないだろうと思っていたら、先日、スーパーの店頭で実際に1人1袋の購入制限が行われていて衝撃を受けた。北海道でさえこんなことになっているとは……。事態は私たちの考えている以上に深刻だと考えなければならない。



 メディアが食料品高騰などを取り上げる際、取材に気軽に応じることで知られる都内のスーパー「アキダイ」の秋葉弘道社長は「ここまで米がないというのは、僕の記憶でも30年ぶりくらいだ」と話す。30年前といえば、私と同年代かそれ以上の読者には今なお記憶に残る「平成の米騒動」(後述)であり、今年の米不足はそれ以来だというのである。

 ●米不足の背景に気候変動

 今年の深刻な米不足の原因として、私から大きく2点、指摘しておきたい。

 第1点は、2023年夏の記録的な猛暑の影響である。昨年産米が「作況指数に表れない隠れた不作」だったことを多くの農業関係者が指摘している。どういうことか。

 農林水産省が公表した2023年産米の作況指数(確定値)は平年を100とした数値で101であり「平年並み」だ。数字だけを見れば悪くないが、米作りの現場の実感は数字とはまったく異なっていた。

 気温35度以上の「猛暑日」が1か月近く続く地点もあった昨年の記録的な猛暑により、主力のコシヒカリを中心に「白濁」現象などが多発。歩留まり(精米した際に白米として残る部分の比率)の良い1等米の比率は近年になく低かった。作況指数は「10a当たり平年収量に対する10a当たり収量の比率であり、都道府県ごとに、過去5か年間に農家等が実際に使用したふるい目幅の分布において、最も多い使用割合の目幅以上に選別された玄米を基に算出」(注1)した数値であるというのが公式の説明であり、作況指数に歩留まりは反映されていないことに注意を要する。玄米段階では平年並みの収量が上がったが、白米に精米する過程で平年以上に小粒になってしまうことによる「隠れた不作」だったというのが農業関係者の一致した見方だ。

 1993年は、東北地方の太平洋側ではほとんど日照がなく、「やませ」と呼ばれるオホーツク海高気圧からの冷たい風が吹き続けた。作況指数がゼロとなる地域も出るなど壊滅的な作況となり「100年に一度」「父母はもちろん、祖父母も経験したことのないほどの大冷害」といわれた。日照不足が続くと、稲が穂をつけないまま白く濁って倒伏する「いもち病」が発生することがある。この年、私は就職活動のため全国を回っていたが、面接先へ向かう列車の窓から見た水田の光景は今も忘れることができない。いもち病のため、白く濁った稲穂が折り重なるように倒伏した光景は、自分の生きているうちには二度と見たくないと思うほど悲惨なものだった。

 翌、1994年の春先には米不足の噂が広がり始め、人々が先を競うように米を買いだめに走る悪循環が始まった。6月頃になるとどこに行っても米が買えない事態となり、政府は史上初の外国産米の輸入に踏み切った。米の生産、流通を政府と農協が一手に取り仕切る食糧管理制度に、戦後初めて穴が空いた瞬間だった。

 冷害に弱いという重大な問題があるにもかかわらず、食味が良いことから全国で作付けされていたササニシキを見直す動きも出た。コシヒカリを中心に、冷害に強い品種への植え替えがこの年以降、進んだが、皮肉なことに、この年を最後に温暖化の進展で冷害は減った。私の記憶では、明確に冷害に分類できるのは東北地方で梅雨明けが特定できないまま終わった2003年、2009年くらいだろう。

 2010年代に入ると、猛暑の年が急激に増え、今度は暑熱対策が米農家最大の課題となった。1993年の大冷害の記憶もまだ残る中で、暑熱対策は道半ばなのが現状だが、気候変動は農家の対策を越えるスピードで進んでいる。

 2023年産米の不作が起きた原因は猛暑であり、1993年産米の冷害とは正反対だが、今年の米不足が当時と大きく違うのは、作況指数がほとんど崩れていないため、農水省など農政の現場に隠れた不作だという認識がほとんどないことかもしれない。そのせいか、農水省はメディア取材に対しても「在庫は大きく減っておらず、現在の米不足は一時的で、早場米が市場に出始める8月下旬頃から徐々に沈静化する」との回答を繰り返している。

 だが、私が足下の現場を見る限り、事態はそれほど楽観できなくなってきたといえる。農水省がデータを元に、必要な米の量は確保していると繰り返しても、消費者にとっては、馴染みのスーパーやホームセンター、米穀店の店頭で買えなければ「誰がなんと言おうと、ないものはない」ということになり、先を競うように買いだめが始まる。新型コロナ感染拡大期におけるマスクと同じように、長期保存が可能な米も「とりあえず自分が買っておけば、他者が買い占めに走っても走らなくても、自分が敗者になることはない」という事実は、すでにゲーム理論によって証明されている。

 事実ではなかったはずの「米不足」が、多くの人々の買い占めによって現実化する「予言の自己成就」のプロセスが進行しつつある。この段階になってから買い占めを沈静化させるのは、コロナ禍において、マスク転売業者に対して政府が実施したような手法を採らない限り難しいだろう。すなわち、罰則規定を持つ国民生活安定緊急措置法(1973年制定)や物価統制令(1946年制定)などの強制法規を発動することである(物価統制令はマスク転売業者には結局、適用されなかった)。

 今年の夏も、既に猛暑日が1か月以上続いている地点があるなど、昨年を上回る猛暑となりつつある。作況指数ベースではない「歩留まりを加味した真の作柄」が昨年から回復するかどうかは予断を許さない情勢だ。秋になっても米不足が解消せず、買い占め後、高値転売で荒稼ぎする業者が跋扈する事態になれば、マスクと違って主食の米だけに、前述の2法令の本格発動なども視野に入れた重大局面を迎えることになろう。

 新型コロナ感染拡大や、ウクライナ戦争以降の食料需給逼迫を受け、政府は今年、「食料・農業・農村基本法」を約30年ぶりに改定した。その際、関連法案として「食料供給困難事態対策法案」も可決、成立したが、この法律には政府の食料供出命令に従わなかった農業者に対する罰則規定のみが盛り込まれ、食料の買い占め、高値販売を行う事業者に対しては罰則が科されないことになった。販売業者に対しては、前述の2法令により対処可能だという判断に基づいているが、ここで重要な事実を指摘しておく必要がある。

 主食の米をめぐっては、敗戦直後の深刻な食料不足に対処するため、必要と認められる場合に政府が農家から米を強制徴発できる「食糧緊急措置令」(注2)が1946年に制定され、食糧管理法とともに廃止される1995年まで、形式的には存続していたという事実である。それから30年、食糧緊急措置令と名称も内容も酷似した法律が、装いを改め、再び登場することになるとは夢にも思わなかった。これがどれほど重大な意味を持つか、賢明な本誌読者のみなさんにこれ以上説明する必要はなかろう。

 ●真の原因は減反政策~「インバウンドが食べ過ぎ」はメディアの「論点ぼかし」

 大手メディアは、コロナ禍で入国が禁じられていたインバウンド(外国人旅行客)が急激に回復したことによって米の需要が急拡大したことも米不足の背景にあると報道しているが、これは誤りである。インバウンドによる米の消費量は1万トン前後と推計されており、これを日本における米の年間生産量(650~700万トン)と比べると1%にも満たない。統計上は誤差の範囲であり、無視できる数字と言っていい。もちろん米の需給全体に影響を与えるほどのものでもない。明らかに米不足への不満、政府の農業政策の失敗に対する批判を排外主義へ流し込む危険な動きである。

 むしろ、多くの農業専門家が口を揃えるのが国の農業政策の失敗だ。元農水官僚で、キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は、半世紀にわたって続けられてきた減反政策こそ、米の生産基盤弱体化を通じて米不足を引き起こした主因だと指摘する。

 もちろん、現在政府が行っている減反政策は、かつての食糧管理制度の下で行われてきたものと同じではない。食管制度の下では、国が買い上げる「政府米」の他、政府が指定した民間2団体――農協及び「全集連」(全国主食集荷協同組合連合会)――が買い上げる「自主流通米」だけが正規米とされ、これ以外のルートで出荷される米は「非正規流通米」(俗に言う「ヤミ米」)扱いだった。減反に従わず、非正規流通米として出荷した米の数量分は翌年の減反数量に上乗せされることになっていた。認められた数量を超過した分は国にも農協、全集連にも買い上げてもらえないため「誰にも売れない」恐れがあり、減反は事実上強制力を持つ仕組みといえた。

 食管制度廃止後は、国が地方自治体を通じて生産目標数量を農業現場に降ろす形となり、さらに安倍政権下では、政府が「生産目安数量」を示す形にまで弱められた。いわば「これ以上作ると米価暴落のおそれがありますよ」というものだが、戦前の小作制の反省の上に生まれた戦後農業は自作農主義だから、米価はそのまま農家の所得に直結する。そのような制度下で「手取り収入が暴落してもいいから政府が示した目安数量を超えて作りたい」「他の農業仲間などどうでもいいから、自分だけ目安を大幅に超過した数量を生産して出荷し、同業者を出し抜いて儲けたい」などという「勇気ある」行動を取れる農家は多くない。結局は、米消費量が戦後、一貫して減り続ける情勢の中で、手取り収入を維持するため、農家ができることは「生産を減らすこと」だという減反の本質はそれほど変わらなかったと言っていい。

 このようにして生産を減らし続けた結果、最盛期には年間1500万トンも生産されていた日本の米は、現在では700万トンを切るところまで来ている。最盛期の半分以下の生産量にまで減らしたことになる。前述した「平成の大凶作」の年、1993年の米の生産量が、それでも783万4千トンあったことを知れば、たいていの読者は仰天するだろう。ここ最近の米の年間生産量はそれより少ないのだ。数字だけ見れば、もはや米が日本人の主食の地位を維持できるかどうかも危ういところまで来ているのである。

 これほどまでに米を食べなくなった日本人は今、何を食べているのか。それを解き明かすデータがある。総務省「家計調査」によれば、1世帯あたり年間支出額は1985年には米7万5302円に対し、パンは2万3499円で、3倍以上の差があった。それが2011年、米2万7777円、パン2万8371円とついに逆転する。2012~13年には米が一時的に上回ったが、2014年に再び逆転。以降ずっとパンが米を上回っている。

 注意していただきたいのは、パンに対する支出額が1985年と2011年でほとんど変わっていないことである。すなわち日本人が米消費を減らす代わりにパン消費を増やしたわけではないということだ。日本人の人口減少が本格化したのは2010年代に入ってからで、2011年の時点ではまだ人口減少は本格化していないから、米消費量の長期的な減少トレンドを人口減少で説明するのも適切とはいえない。

 日本人の米消費量の長期的減少トレンドを説明できる要因として、当てはまらないものを順に消していくと、最後まで消えずに残るものがある。ラーメン、パスタ、うどんなどの麺類である。日本人は、米消費量を減らした分を、麺類、つまり小麦の消費量を増やすことで補ってきたといえる。

 米と異なり、日本は小麦を自給できない。大半を輸入に頼っている小麦の消費が一貫して上昇トレンドにあることは、食料自給率の低下と直結している。実際、1980年代にはカロリーベースで50%を超えていた食料自給率は今、38%にとどまる。

 農水省は、生産額ベースでの食料自給率が6割近くに達したことを公表している。だが、食料生産が質・量の両面で増えていなくても、今までより高く売ることによって生産額ベースでの食料自給率はいくらでも引き上げることができる。高くなった農産物を食べたからといって、質・量が増えていなければお腹の膨れ方は変わらない。生産額ベースでの食料自給率の数値は、日本の農産物がどれだけブランド化されているかを知る上での指標として、参考程度に留めてほしい。

 ●「日本人は世界で最初に飢える」「コオロギを食え?」

 「日本人はいずれ雑草や昆虫しか食べる物がなくなる」――そんな衝撃的な予言をして日本中を慌てさせたのはフランスの経済学者ジャック・アタリ氏だ。ウクライナ戦争によって世界の食料需給が急速に逼迫の度合いを強める中で、「現代欧州最高の知性」(もちろん半分皮肉だが)の発言は飛び出した。だが、この発言を「日本政府とも日本人とも利害関係を持たないフランス人のエスプリの類」に過ぎないと軽視してはならない。日本政府がこのまま食料自給率の低下を放置し、亡国的農政を続けた場合、確実に訪れるであろう「暗い近未来予想図」である。

 アタリ氏が日本人に向かって「コオロギを食べる」よう勧告したかのような言説も散見されるが、アタリ氏は前述のように発言しただけであり、コオロギとは言っていない。アタリ氏の名誉のために付け加えておきたいと思う。

 いずれにせよ、ここまで本稿を読み進めてきたみなさんは、現在進行形の「令和の米騒動」が今年限りの一過性の出来事でなく、構造的な原因によって引き起こされたことをご理解いただけたと思う。円安の進行で輸入購買力も以前に比べて落ちつつある日本に、いつまでも食料を提供し続けてくれる国や地域があるとも思えない。

 世界の食料事情は、多くの日本人が想像しているよりもずっと厳しい状況にある。日本の政治家、官僚、経済人の多くが危機感も持たないまま、大部分の食料を輸入に頼ってきたこれまでと同じ世界が今後も続くと、根拠もなく信じ続けていることのほうが、私にはとても信じ難く、恐ろしい。

注1)「令和5(2023)年産水稲の作柄について」農水省

注2)食糧緊急措置令、物価統制令はいずれも1946年に制定されたが、当時はまだ日本国憲法の施行(1947年5月3日)より前だったため、旧帝国憲法が効力を持っていた。食糧不足への対処は一刻を争うにもかかわらず、帝国議会を召集できなかったため、両令は、帝国憲法第8条に基づき、本来であれば法律によらなければ制定できない内容(罰則規定等)を、天皇の裁可によって制定する緊急勅令としての施行だった。

 なお、緊急勅令は、直後に召集される帝国議会に提出が義務づけられており、可決されればそのまま法律として存続する一方、否決された場合には制定時にさかのぼって失効することになっていた。両令は可決され、本文にあるとおり、食糧緊急措置令は1995年の廃止まで存続した。物価統制令は廃止されておらず、現在も有効である。

(2024年8月20日)

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農水省組織再編が映し出した日本の食卓の危機

2021-07-16 23:36:24 | 農業・農政
(この記事は、当ブログ管理人が長野県大鹿村のリニア建設反対住民団体「大鹿の十年先を変える会」会報「越路」に発表した原稿をそのまま掲載しています。)

 ●日本の「食卓」象徴する組織再編

 2021年7月1日、農林水産省で大きな組織再編が行われた。輸出・国際局新設や大臣官房に設置される環境バイオマス政策課の他、約20年ぶりに農産局、畜産局が復活することなどが大きな特徴だろう。これらはどのような意味を持つのだろうか。

 中央省庁の組織は、大きいほうから順に省-庁-官房・局-部-課・室-班-係であり、当然ながら大きな組織ほど予算も人員も大規模となる。筆者は農業・農政関係者としてこの30年近く業界の内外情勢を見つめてきたが、農水省の組織の変遷について語るとき、避けて通れないのは日本人の主食のはずだったコメの地位の著しい低下である。

 食糧管理法が廃止され「新食糧法」に移行する1995年まで、日本のコメは強い政府統制下にあった。食糧管理制度の実行部隊として食糧庁が置かれ、全国津々浦々に食糧事務所があった。1980年に廃止されるまで、都道府県食糧事務所の地方支所の管轄下に出張所があった。出張所を含めた食糧事務所の数は郵便局より多いといわれたほどだ。

 食管制度廃止と同時に食糧庁は食糧部となった。局を飛ばして庁から部へ、一気に「2階級降格」は中央省庁の組織としては戦後初といわれ、当時は農業界全体がひっくり返るほどの騒ぎとなった。それが今回の組織再編ではついに農産局穀物課となる。今後、農水省はコメ、麦、大豆などの「耕種作物」をまとめて穀物課で担当する。かつての庁から課へ「3階級降格」されたコメは、日本の主食としての面影すらない凋落ぶりだ。

 実際、最もコメ消費量の多かった戦前、日本の人口は8千万人で今の3分の2だったにもかかわらず、年に2000万トンものコメを食べていた。戦後は食の多様化、洋風化で日本人がコメを食べなくなったといわれるが、それでも1990年代初頭にはまだ1億2千万の人口で1000万トンの消費量を誇った。1993年、「100年に1度」「祖父母も経験したほどがないほどの大冷害」といわれた平成の大凶作が起こり、日本は200万トン近い外米の緊急輸入に追い込まれたが、この年ですらコメは800万トン近い生産量をあげていた。

 ところがここ数年来、日本のコメ生産量は毎年800万トン程度で推移している。驚くことに、平成の大凶作の頃と同程度の生産量しかあげられていないのである。それでも当時のような騒ぎにならないのは、この30年間で日本人のコメ離れがさらに進んだからだ。

 コメを食べなくなった日本人は今、何を食べているのか。それを解き明かす2つのデータがある。総務省「家計調査」によれば、1世帯あたり年間支出額は1985年にはコメ7万5302円に対し、パンは2万3499円で、3倍以上の差があった。それが2011年、コメ2万7777円、パン2万8371円とついに逆転する。2012~13年にはコメが一時的に上回ったが、2014年に再び逆転。以降ずっとパンがコメを上回っている。

 もっともこれは金額ベースの比較なので、最近の「高級食パン」ブームなども考えると、単純にパン消費量の拡大ではない可能性もある。だが若い世代ばかりではなく、GHQ(連合国軍総司令部)が敗戦直後に普及させたパン食中心の学校給食で育ってきた高齢世代にもパン派が多いとの指摘もある。パンと同様、右肩上がりで消費量が増えている品目としては、ラーメンやパスタなどの麺類がある。

 もうひとつのデータは農業生産額だ。9兆円あまりの日本の農業総生産額のうち、コメは1兆7千億円。食管制時代には米価審議会を通じて政府がコメ価格を統制してきたという事情はあるとしても、茶碗1杯のご飯がわずか数十円では農家は収入どころか作れば作るほど赤字になってしまう。

 これに対し、今、稼ぎ頭になっているのが畜産で、2018年のデータでは総生産額はなんと3兆2千億円に上る。コメのほぼ2倍であり、畜産だけで農業総生産額の3分の1を叩き出している。畜産が「局」になる一方、コメが麦や大豆とまとめて「課」扱いになった事情が理解できる。今や日本人の主食はコメではなくパン・麺・肉。マクドナルドのハンバーガーこそ日本の食卓の象徴なのだ。

 ●あるべき食卓の姿とは

 「そんな状況になっているとは知らなかった。でもウチはお金がなくて、牛肉なんて年に数回も食べられればいいほうなのに」と思っている読者がいるとしたら、おそらくその「肌感覚」は正しい。今、日本の畜産は極端な高級路線にシフトしているからだ。日本の牛肉は、おいしさなどの品質を基準にA1からA5まで5等級に区分されているが、農畜産業振興機構の調査によると、2018年にはついに最高級のA5区分が生産量全体の4割を占めるに至っている。こうした実態はメディアでも報道されず隠されてきたが、新型コロナ感染拡大という思わぬ事態でその一端が露呈した。多くの高級料亭が閉店や営業時間短縮要請の対象となり、売れ残った大量の高級牛肉がスーパーなどで安く買えるとして話題になったからである。日本の庶民には手が出ない高級肉ばかりが大量生産される歪な畜産業の構造が明るみに出たことは数少ないコロナの「功績」かもしれない。

 捌ききれないほどに大量生産されたA5等級の高級牛肉は、その大半が金に糸目を付けず「爆買い」を繰り返す外国人観光客の胃袋に入っていた。こうした外国人富裕層の需要に応えるため、国は食料輸出を基本方針に掲げるようになった。この役割を担うのが「輸出・国際局」なのだというのが、筆者の現在の見立てである。こうした農業・農政が日本の市民・労働者を幸せにする方向と正反対のものであることは改めて述べるまでもなかろう。この先、日本の農業・農政が向かう先を思うと、深い憂いを抱かざるを得ない。

(2021年7月1日)

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アキタフーズ事件から分かる日本の後進性とアニマルウェルフェアの展望

2021-02-27 11:54:35 | 農業・農政
農政、募る疑念 鶏卵大手との癒着露呈(時事)

鶏卵業者「アキタフーズ」から農水省幹部らが接待を受けていた問題で、幹部6人が懲戒処分を受けた。この問題に関し、レイバーネット日本に以下のとおり寄稿したので、転載する。

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アキタフーズ事件から分かる日本の後進性とアニマルウェルフェアの展望

アニマルウェルフェアは、日本語では動物福祉と訳されることもありますが、この訳語が適切かどうかの論議もあり、英語がそのまま使われているのが現状です。

日本の厚生労働省の英語表記は"Ministry of Health,Labour and Welfare"で、アニマルウェルフェアのウェルフェアもWelfareです。Ministry of Health,Labour and Welfare は直訳すると「健康労働福祉省」で、英語圏にはそうしたニュアンスで伝わっていると思います。英語表記には福祉と入っているのに日本語でそれを名乗らないのには、何か意図があるのかと勘ぐってしまいます。(労働がLabourとイギリス英語の表記なのが面白いと思います。アメリカ英語ではLaborで、uの文字は入りません。)

アニマルウェルフェアについては、EUではもう20年近く前に委員会指令が出され、加盟国は推進に向け努力しなければならないとの方向性が示されています。EU議会が制定した「法律」ではなくEU委員会「指令」(日本でいう政令に近いです)のため、直接的に加盟国政府を拘束するものではなく、加盟国政府はこの指令が示す方向性に沿って、各国の実情に応じた立法措置を講じるように、という程度のものです。しかし、立法措置を講じる国が増えてくると、自分の国も同じ基準を適用しなければ自国の動物や畜産物を輸出できなくなるので、現実は多くの国が立法措置を講じていると聞きます。

パリに本部を置くOIE(国際獣疫事務局)という国際機関があります。加盟国が家畜伝染病の清浄国(=非汚染国)か非清浄国(=汚染国)かを決定する権限はこの機関が握っています。清浄国は清浄国にも非清浄国にも動物や畜産物を輸出できますが、非清浄国は清浄国に動物や畜産物を輸出できません。だからどの国も清浄国の地位を得ようと一生懸命になります。

どの国がどちらのグループに属するかは、家畜(牛、豚、鶏など)ごと、病気の種類ごとに決められるので一様ではありません。動物の病気が発生し、それが一定規模、一定の期間続けば非清浄国となります。

OIEは、アニマルウェルフェアに関する基準も策定しています。今回、吉川貴盛元農相らに賄賂を渡していたアキタフーズは、この基準を緩和するよう働きかけ、一定の成果を収めたわけですが、今の段階では、OIEの定めるアニマルウェルフェアの基準を守っているかどうかは、清浄国、非清浄国の判定とはリンクしていません。守らなかったからといって、直ちに非清浄国認定となるわけではありません。

しかし、欧米諸国はこうしたことに敏感なので(というより、日本が鈍感すぎるだけといったほうが正確ですが)、いずれこの2つはリンクするようになるでしょう。衛生基準を守れる国=健康な国というのは、ヒトの医療の世界では疑う余地のないほどの常識なので、当然、今後は動物の世界も同じような考え方で臨もう、というのが国際基準になるはずです。アニマルウェルフェアの基準を守れない国は非清浄国として扱われる時代が、遠からず必ず訪れます。賄賂を渡した業界団体もそのことは理解していて、「だからこそ」基準自体のハードルを今のうちに下げておこうという動きに今回、出たのです。


(写真提供:北穂さゆりさん(レイバーネット写真部))


アキタフーズ事件は、森暴言などと同様に、日本の後進性を明らかにするものだといえます。乱暴な言い方かもしれませんが、家畜がどのような飼われ方をしているかは、その国で「人間がどのように飼われているか」すなわち人権状況を現す映し鏡のようなものだと、長年、この世界に身を置いてきて思います。鶏が狭いケージにぎゅうぎゅう詰めにされ、「密」状態が作り出される中で、鳥インフルエンザが拡大しているのと、東京のような大都市に人間がぎゅうぎゅう詰めにされ、「密」状態の中で新型コロナ感染が拡大している状況は表裏一体のものであり、決して偶然などではありません。アキタフーズが、できるだけ狭いケージに多数の鶏を押し込む効率的経営しか考えなかったように、日本政府もできるだけ狭い都市部に多くの人間を押し込んで「効率的に管理」することしか考えていません。その「新自由主義的人間の飼い方」の帰結が新型コロナ拡大なのです。

人間も霊長類ヒト科という動物なので、防疫の基本は他の動物と変わりません。OIEは、豚熱について、発生から2年経っても沈静化できなければ非清浄国に格下げすると定めていますが、日本は豚熱を2年以上沈静化させられなかったため、豚熱については非清浄国に降格されました。動物の病気を沈静化させられない国が人間の病気を沈静化させられるとは私はまったく思いません。残念ですが、自民党政権が変わらなければ新型コロナもあと数年は続き、日本は豚熱がそうであったように、いずれ「後進国」扱いになると思います。

悲観的な話ばかり続きましたが、逆転の目はあります。実は、北海道・十勝地方では、アニマルウェルフェアに目覚めた一部の先進的農家が、独自にアニマルウェルフェアの基準を策定し、満たした農家に認証マークを交付する試みが始まっています。少しくらい価格が高くても、家畜に苦しみを与えない形できちんと経営している農家のものを買いたいという「エシカル消費」的ニーズは消費者の間に確実に存在しています。そこに商機、ビジネスチャンスがあるとにらんだ先進的農家が取り組みを始めています。今後は、そのようなエシカル消費路線と「アキタフーズ的安かろう悪かろう」路線に二極化していくだろうと私は予測しています。OIEがアニマルウェルフェアの基準を清浄国認定要件とした場合、後者はいずれ海外への輸出はできなくなると思いますが、国内で貧困層だけを相手に商売をする限りはそれでいいと居直る業者も出てくるかもしれません。

人間も動物も、特効薬はワクチンではなくソーシャルディスタンスです。北海道・十勝の先進事例が日本でも標準になるような畜産のあり方を目指すべきだと思います。

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TPP交渉中止を求め市民、国会議員らが提訴

2015-05-19 21:38:14 | 農業・農政
TPP 交渉中止求め提訴 山田元農相ら(日本農業新聞)

日本のTPP交渉への参加の中止を求めて、「TPP交渉差止・違憲訴訟の会」の1063名が原告となって東京地裁に提訴した。原告には山田正彦・元農相、山本太郎参院議員ら国会議員も加わっている。

なお、当ブログ管理人もこの訴訟に原告のひとりとして参加している。訴訟に当たって提出した「陳述書」の内容を以下、ご紹介する。

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 私は、鉄道ファンとして、これまで、鉄道を初めとする公共交通機関の安全問題に重大な関心を持ってきました。とりわけ、2005年のJR福知山線脱線事故では、原因調査などを通じて、速度照査型自動列車停止装置(ATS)の不備などの実態が見えてきました。

 公共交通機関で安全性が確保されるためには、各国政府がその国の公共交通の発展の歴史、投入されている技術の水準や内容などの実情に応じて、その国にふさわしい適切な安全基準や規制を確立し、適切に実施する必要があります。例えば、ATSの作動方式や条件などは、国ごとにそれぞれ異なります。

 ところが、TPP参加によりISD条項が適用されるようになった場合、このような各国の実情に応じた安全規制までが、多国籍企業により「非関税貿易障壁である」として訴えられる恐れがあります。公共交通に関する安全規制も、国際間で合意を得た最小限のものしか実施できなくなります。

 このような事態になった場合、TPP加盟各国では、社会の実情に合わない安全基準の下で、公共交通機関の事故が続発し、安心・安全な社会が根こそぎ崩壊することになるでしょう。

 私は、このような理由から、日本のTPP参加に強く反対を表明します。

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TPP交渉参加・締結を阻止しよう~札幌で山田正彦さん報告会開催

2015-02-07 21:00:53 | 農業・農政
(以下の文章は、当ブログ管理人が「レイバーネット日本」に発表した内容をそのまま掲載しています。)

「TPP(環太平洋経済連携協定)交渉差止・違憲訴訟」を準備中の山田正彦さん(弁護士、民主党政権時代の農水相)によるTPP交渉の現状についての報告会が1月29日、札幌市内で開催され、約20人が集まりました。少し遅くなりましたが、以下報告します。

 ●山田正彦弁護士の報告内容

 半年間、膠着状態だったTPP交渉は、ここに来て急に動き出した。首席交渉官会合は「次が最後」と言われており、一気に決まる可能性がある。決まるとしたらシンガポール(での首席交渉官会合)になるだろうか。

 米国内の状況を言えば、共和党など右派陣営ほどTPPに反対で、その理由は「関税は引き下げではなくゼロでなければならない」というもの(つまり、より原理主義的な自由貿易体制を、という意味)。年齢層で言えば若手議員ほど反対している。米国民は7割がTPP反対で、かつてNAFTA(北米自由貿易協定)を締結後、多くの米国人が失業、賃金は43年前の水準にまで戻ってしまった経験で懲りている。米国以外に目を向けると、カナダ、マレーシアは交渉から抜けたがっている。

 TPPはこの3~4月が山場。米国では連邦議会が貿易協定の締結権限を持っており、オバマ大統領がTPPを締結するには大統領に貿易協定締結の権限を授権する法案を成立させなければならないが、3~4月まで法案を成立させられなければ、米国は大統領選モードに入り、TPPどころではなくなる。3~4月を乗り越えるなら締結阻止の展望が開ける。

 もし日本がTPPを締結したらどうなるか。それには、かつてのレモンの輸入自由化の時に何が起きたか思い出してみればいい。レモンは自由化前には、広島や瀬戸内海地域では広く作られる地場産業だった。当時の国産レモンの価格は1個50円。ところが自由化後、(米国の大手資本の)サンキストが入り、レモンを1個10円で売るようになった。国内のレモン産業が壊滅に追い込まれたタイミングを見て、サンキストはレモンを1個100円に値上げ、ぼろ儲けした。米国の農業資本はこのような怖ろしいことをする。

 レーガン政権当時の農務長官は「食糧はミサイルと同じだ」と発言した。これはとりわけ食糧自給率の低い日本には決定的な影響を持つ。米韓FTAを締結した韓国の農業はメチャクチャになった。EUは遺伝子組み換え食品を決して域内の市民には食べさせない。一方、米国の遺伝子組み換え食品が多く流通するメキシコは今、米国を上回るほどの肥満大国になった。肥満と遺伝子組み換え食品との関係は明らかではないが、影響がないとも言い切れない。

 現在、TPP反対運動の中心だった農協グループは、安倍政権に農協改革を仕掛けられ、TPP反対運動でまったく動けない。安倍政権成立後、日本医師会も自民支持に戻ってしまい動かなくなった。国民にまったく経過が知らされないまま進む秘密交渉は知る権利を定めた憲法21条に違反する。

 ●報告を受けて

 サンキストが日本のレモン産業を壊滅させた後に値上げをした話は衝撃でした。グローバル資本主義、新自由主義の恐ろしさを示しています。TPP反対派の「急先鋒」である鈴木宣弘東大教授は、TPP交渉は聖域(重要5品目)死守の国会決議すら風前の灯火で、国民向けに「踏みとどまった感」を演出しつつ際限ない譲歩が求められているのが現状だと指摘しています。北海道内では牛肉関税の大幅引き下げ、米国産米の輸入枠拡大などの報道が続いており、重大局面を迎えていることは間違いありません。

 昨年秋以降、農協改革が急浮上した裏にTPPがあるに違いない、と私はにらんでいましたが、山田さんの話を聞いてやはりそうだったかと思いました。農協グループの中でも、これまでTPP反対運動の「司令塔」となってきた全中(全国農業協同組合中央会)を狙い撃ちするような改革案が政府側から出てきた背景を、TPPなくして説明することはできません。そこに安倍政権の「抵抗勢力つぶし」の狙いがあることは、はっきりと指摘しておく必要があります。

 日本国憲法21条は集会、結社、言論、出版及び表現の自由、検閲の禁止とともに通信の秘密を侵してはならないと定めた条文であり、国民の知る権利について直接言及した条文ではありませんが、弁護士でもある山田さんがそのことを知らないはずはありません。国民の知る権利を保障するための根拠として、この条文を使いたいという山田さんなりの積極的な憲法解釈として受け止めました。国民の立場に即したこのような「解釈」はよいことだと思います。

 その上で、山田さんは、「日本は三権分立国家。国民は裁判で司法の判断を仰ぐことができる。TPP交渉差止・違憲訴訟を提起し、北海道だけで1万人の原告を集める集団訴訟にしたい」と意気込みを見せました。TPP交渉が山場を迎える3月に合わせて、北海道でキャンドルデモをやりたいとの方針も示しました。

 これを受け、会場参加者、ツイキャス中継視聴者を交えて議論。集団的自衛権関連法制に反対して1月に国会周辺で行われた「女の平和キャンペーン」に倣ったテーマカラーによるアピール、札幌市営地下鉄に通じる地下歩道での集会開催、北海道新聞の記事や意見広告でアピールする、「フラッシュモブ」(不特定多数の集団による踊りなどによるアピール行動)を行う、などのアイデアが出されました。

 事務局からは、「TPP反対運動が農家だけの運動と捉えられるのでは前進はないし、そのようにはしたくない。もっと国民のいろいろな階層にTPPの影響を訴えなければならない。そのために、国民生活のあらゆる領域に影響があることをもっと示していく必要がある」との発言もありました。この日の報告は、元農水相という山田さんの経歴もあり、話の内容が農業分野に偏ることはある程度やむを得ませんが、TPPは単に農業分野のみならず、労働分野、医療分野、著作権などの知的所有権、中国やベトナムとの関係では国有企業「改革」(という名の解体、民営化)に至るまで様々な影響があります。企業が「非関税貿易障壁」に関して相手国政府を訴えることのできる「ISD条項」が発動すれば、各国政府による市民のための規制措置そのものが無意味となってしまいます。国民を守るための「遺伝子組み換え食品の禁止」や食品表示の適正化、私がライフワークとして取り組んでいる公共交通の安全規制までが「非関税障壁」として撤廃を迫られるという恐るべき未来が待ち受けているのです。

 会場には、労働組合の支援もなくひとりでブラック企業との労働裁判を闘った若い女性も参加していました。この女性は「裁判は普通の人にはなじみのない場所だけれども、自分の意見を法廷で堂々と主張するうちに楽しみに変わった」として、多くの人に訴訟参加を呼びかけました。一方、スーツ姿のサラリーマンとおぼしき男性からは、「連合がTPPをどのように考えているのか見えない」との質問も出ました。連合本体はTPP推進という体たらくで、山田さんからその旨の発言がありましたが、加盟組織の中には、食品産業の労働者で作る「フード連合」(日本食品関連産業労働組合総連合会)のように明確にTPPに反対し、運動方針に明記しているところもあります(参考:TPPに対するフード連合の考え方)。その旨は私から補足として説明しておきました。

 会場からは「こんなことで世の中が変わるのか」と訴訟に懐疑的な意見も出ました。山田さんは「ひとりでも本気になれば社会は変わる。あなただって本気になれば、キャンドルデモに10人誘うことはできるはずだ」と答えました。山田さんは政治家、閣僚より運動家のほうが向いていると思います。

 TPP交渉差止・違憲訴訟の会では、これから訴状を作成し、提訴の準備に入ります。訴状は、農家の訴え、食の安全、医療問題を「3本柱」とすることが山田さんから明らかにされましたが、TPP交渉の山場が1ヶ月後に訪れるという中で、これから訴状作成という現状からは「準備の遅れ」の感は否めません。これから山場に向けて提訴を急ぐ必要があります。現在、原告参加を表明した人は700人程度です。訴訟の会による準備作業を後押しする意味でも、もっともっと多くの市民の訴訟参加が必要です。

 なお、私、黒鉄好はこの集会において「原告参加」を表明しました。これから委任状の作成、陳述書の提出もできることならしたいと思います。私の拙い知識で陳述書に書けるのは公共交通の安全規制がISD条項で撤廃されかねないということの他は、若干の知識がある農業分野程度になると思います。しかし、会場で宣言した以上「有言実行」あるのみです。もっともっと多くの方にこの訴訟に加わっていただくよう、私からもお願いします。

 原告募集は「TPP交渉差止・違憲訴訟の会」で行っています。原告には誰でもなれます。訴訟の会への加入はひとり2千円です。

 (文責:黒鉄好)

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【転載】安倍政権のTPP交渉参加表明に関する「STOP TPP!!官邸前アクション」の抗議声明

2013-03-16 22:31:30 | 農業・農政
すでに報道されているとおり、安倍政権は、大半の国民の意思と自民党の公約に反し、TPP交渉への参加を一方的に表明した。これに対する「STOP TPP!!官邸前アクション」の抗議声明をご紹介する。

----------------------(以下転載)----------------------

<安倍首相のTPP交渉参加表明に最大の怒りをもって抗議する>

 2013年3月15日午後6時、安倍首相は記者会見にて「TPP交渉参加」を表明しました。多くの国民の反対・不安の声を裏切り、説明責任もまったく十分に果たされていない中での参加表明です。何よりも、先の総選挙における「TPP参加のための6項目」という公約を、自民党は裏切りました。つまり、それを信じて自民党議員に投票した有権者をだましたのです。

 交渉に遅れて参加する国が圧倒的に不利な条件を飲まなければ交渉に参加できないことは、交渉参加国の間でも明らかな事実であり、日本政府もそれを把握しているはずです。にもかかわらず、安倍首相と自民党政権は、日本にとって侮辱的であり、不平等・不正義である条件を受け入れ、国を売り渡してもいいと判断したのです。

 以下、私たちはすべての力を振り絞って猛抗議します。

1.アメリカや日本の多国籍大企業の利益のために、国民のいのちとくらし、雇用も地域も犠牲にするTPPへの参加は、絶対に許されるものではない。

2.安倍首相の参加表明は、幾重にも国民を愚弄している。そもそも公約したことを「公約ではない」と言い逃れ、影響試算を示して国民的な論議に付すと言いながら、参加表明後に影響試算を示すなど、国民を馬鹿にするにもほどがある。

3.私たちは、今回の参加表明に当たっては、まだまだ国民に公表されていない日米の「合意」などが存在していると確信している。私たちはこのような非民主的で反国民的な行為を許すわけにはいかない。

4.私たちは、TPPの危険性を国民と共有できるようさらに運動を広げるとともに、参加表明に至ったさまざまな非民主的な行為の暴露、さらには参議院選挙での国民的な審判も通して、安倍首相の参加表明を撤回させることをめざす。

2013年3月15日
STOP TPP!! 官邸前アクション

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【管理人よりお知らせ】3月15日(金)、STOP! TPP! 官邸前アクションにご参加ください

2013-03-13 23:48:31 | 農業・農政
管理人よりお知らせです。

安倍政権が、自民党の公約を破り、TPP(環太平洋経済連携協定)交渉参加へと大きく梶を切ろうとしています。TPPは農業の他、医療、雇用など国民生活に密接に関わるすべての分野で原則として規制を撤廃し、自由化を行おうとするもので、国民の安全・安心を守るために合理的な規制まで「自由競争に反する」として全面的撤廃を迫られるおそれがあります。

こうした中で、2012年夏に始まった「STOP! TPP! 官邸前アクション」が15日、経産省前で行われます。当日は金曜日であり、官邸前での首都圏反原発連合による抗議行動とあわせ、反原発、反TPPの直接行動が合流する面白い展開になりそうです。この機会にTPP反対を訴えたい方は、ぜひ経産省前にお越しください。

詳細は、「STOP! TPP! 官邸前アクション」サイトをご覧ください。


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日本社会を滅亡に導くTPP~菅直人よ、ふざけるのもいい加減にせよ!

2011-02-25 22:34:26 | 農業・農政
(当エントリは、当ブログ管理人が月刊誌に発表した原稿をそのまま掲載しています。)

 菅内閣は、昨年11月、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への参加に向け協議を始めるとの方針を閣議決定した。10月の菅首相の参加表明からわずか1ヶ月あまりでのスピード決定である。

 内閣改造では、TPPに積極的でなかった大畠章宏経産相を推進派の海江田万里に交代させ、菅首相は「平成の開国」などと異様にはしゃぎ回っている。

 しかし、TPPは経済界をぼろ儲けさせる「究極的自由貿易システム」として日本農業ばかりでなく、農村の生活と文化、さらには雇用も破壊する危険きわまりないものだ。

 ●TPPとはなにか?

 TPPは、シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイの4ヶ国が2006年に発足させた環太平洋地域のEPA(経済連携協定)の一種である。その後、アメリカ、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアが参加を表明し、拡大してきた。原則として全ての品目について関税を撤廃し、例外なく自由化に移行させる。他の貿易協定が重要品目については高関税を認めるなどの例外を含んでいるのに対し、TPPはそうした例外を一切認めない点に大きな違いがある。

 この時期になってTPPが浮上してきた背景には、WTO(世界貿易機関)の失敗がある。1995年に発足したWTOは、自由貿易によって損失を被る発展途上国の猛反発を受け、13年間の協議は決裂を繰り返した。そして、ついに2008年7月、最後の交渉といわれたドーハ・ラウンドも決裂、解体した。

 この失敗を打開し、よりいっそうの新自由主義を推し進めるため、経済界が持ち出してきたのがTPPなのだ。

 ●自給率は14%、失業者340万人

 TPP参加となった場合、最も深刻な影響を受けるのが農業である。現在、「重要品目」として自由化の例外となっている米は、700%を超える関税によって内外価格差を埋める措置がとられており、なんとか自給体制を維持している。農水省の試算によれば、TPP参加で食糧自給率(カロリーベース)は現在の40%から14%に低下。関連産業を含めた実質GDPは1・6%(7・9兆円)、雇用は340万人も減少する。

 それだけではない。この試算には、数字には現れない環境保全や保水などによる水害防止、地域社会の維持といった農業の「多面的機能」の価値は含まれていないのだ。こうした多面的機能は年間8兆円にもなる(日本学術会議による2001年の試算)。TPPはこうした多面的機能をも崩壊させる。雇用喪失もさらに大きなものになるかもしれない。

 農水省のこの試算発表に慌てた経済界の忠犬・経産省は、なんとかこれを否定するため「TPP参加でGDPは0.65%、3兆2000億円押し上げる」という試算を発表した。しかし、林業の前例を見れば、1955年時点で94.5%あった日本の木材自給率は、1964年に輸入が自由化されて以降、急激な低下が始まり、2004年には18.4%に低下した(林野庁「木材需給表」による)。日本がTPPに参加するなら、農業と食糧は木材と同じ運命をたどるに違いない。

●食糧危機前に自由化の愚

 世界的な干ばつにより20ヶ国が穀物輸出を禁止するなど深刻な不作に見舞われた2008年、小麦、トウモロコシなどの穀物が高騰し、日本でも小麦製品の値上げなどの大きな影響が出た。近年の環境破壊の進行に伴う異常気象のため、食糧危機の危険は以前よりも増大している。世界的食糧危機に適切に対処するには、各国が地理的・気候的条件に最も適した農産物をできる限り自給することが大切だ。

 日本のTPP参加はこれと全く逆の結果をもたらす。世界の食糧需給がひっ迫しているときに、日本の農業を解体させながら食糧危機と自給率低下が同時進行する。現在でも世界で約10億人が栄養不足に直面しているが、TPPは食料の収奪を強める先進国・多国籍資本によって、発展途上国の女性や子どもたちの飢餓を加速させるだろう。

 菅政権がTPP参加を打ち出した直後、2010年10月に内閣府が実施した「食糧供給に関する世論調査」によれば、「将来の食料輸入に不安がある」86%、「食糧自給率を高めるべきだ」91%という結果が示されている。菅政権のTPP参加は、こうした圧倒的民意を踏みにじるものだ。

 結局、TPPは政府によるあらゆる産業保護政策を撤廃させることで、弱肉強食の新自由主義を隅々まで貫徹させる「自由貿易協定の最終的形態」というべきものだ。

 農業に限らず、この協定が発効すれば、グローバル企業は安い原材料と人件費を求めて海外に移転し、いっそう多くの利益を得るようになる。先進国ではいっそうの失業と賃下げ、発展途上国においては環境破壊と先進国資本による経済的植民地化が推し進められ、労働者や社会的弱者は破滅の底に突き落とされる。

●一方的なマスコミ報道

 新自由主義を推し進めようとする政府・経済界の意を受けた商業メディアは、TPP参加に世論誘導するため、一方的な報道を繰り返している。「TPPに参加しないと日本は世界の孤児になる」などと恫喝し、国民を際限のない自由競争原理に従わせようとしているのだ。

 多くの商業メディアは、参加者が800人に過ぎない経済界主催のTPP推進の集会(2010年11月1日)は大々的に報道する一方、全国農業協同組合中央会(全中)と全国農業者農政運動組織連盟(全国農政連)が主催し、TPP反対を決議した全国集会(2010年10月19日)には、参加者が1000人だったにもかかわらず一言も触れなかった。経済界の利益のためならなりふり構わない、呆れた「偏向報道」といえるが、これには、TPPの真実が暴かれることに対する経済界の恐れも反映されている。

●燃え上がる反対

 メディアの一方的偏向報道とTPP推進キャンペーンにもかかわらず、TPP反対の声は急速に拡大している。2010年10月19日の全中、全国農政連主催の集会では「自由化と食料安全保障の両立は不可能だ」「TPP参加を検討すること自体が許せない」などと激しい反発の声が相次いだ。全中は、茂木守・会長名で「TPP交渉への参加には反対であり、絶対に認めることはできない。断固反対していく」とする談話を発表。11月10日、全中と全国漁業協同組合連合会(全漁連)が共催した集会は、農業者たちが会場の日比谷野音を埋め尽くした。

 全国の都道府県・政令指定都市66の議会のうち、46議会がすでにTPPに関する意見書を議決した。そのうち、北海道、沖縄県など14が反対、秋田県、神奈川県など32が「慎重な対応」を求めるもので、合計で7割に上る。和歌山県議会の意見書は、「1次産業は壊滅的ダメージを受け、関連産業は衰退し、地域経済は崩壊する」と指摘している。

 2011年1月18日、農水省が行った市町村長との意見交換では、TPP参加反対一色となった。水沼猛・北海道別海町長は、1次産業だけでなく、地域の商業や観光、建設業などもTPPに反対していることを報告した。加藤秀光・群馬県昭和村長は「TPP参加は、(農業を地域産業とする)村の将来ビジョンを根本から覆す」と反対姿勢を強調した。

 全国農業会議所は、TPP参加反対を訴える1000万人署名に2月から取り組むと発表した。

●途上国の市民と手を取り合って

 チュニジアのベンアリ政権崩壊に端を発した中東のドミノ革命はエジプトに波及し、1981年以来、30年続いたムバラク政権をなぎ倒した。商業メディアのほとんどは、一連の独裁体制崩壊の原因を「フェースブック革命」などとネットの普及に求めようとしている。もちろんそれもひとつの要素には違いないが、中東政変の背景には食料価格の高騰があることを指摘しておかなければならない。

 昨年11月頃から始まった食糧高騰によって、途上国の市民を中心に生活は苦しさを増す一方だった。そんな中、2010年末にチュニジアで若者の焼身自殺事件が起きた。チュニジアでは若者に職がなく、その若者も、野菜や果物を街頭で売り、1日わずか500円程度の収入を得てなんとかぎりぎりの生活をしていた。しかし、この若者の露店が無許可営業だったことから、警官が商売に必要な機材を押収し、「返してほしければ賄賂をよこせ」と要求したため、怒った若者がこの警官の目の前で自分の身体に火をつけたのだ。

 結局、この焼身自殺がネットを通じて市民の知るところとなり大規模な反政府デモに発展。ベンアリ大統領一家は国外に逃亡し政権は崩壊したが、こんな若者からさえ賄賂をむしり取るような政権は倒れて当然だろう。

 「日本農業新聞」も次のように報じている――『穀物をはじめとした世界の食料需給動向が、再び緊迫感を強めている。シカゴ穀物相場は、食料危機が叫ばれた2008年以来の高値水準に達した。国連食糧農業機関(FAO)の調査によると、世界の食料価格は08年水準をさらに上回り、2カ月連続で過去最高を更新した。世界の食料需給は高騰前の05年以前とは大きく変化し、逼迫(ひっぱく)、価格高止まりの様相を色濃くしている実態を直視しなければならない』(2011年2月9日付論説)。

 このような事態を迎えているときに、TPP参加を検討するよう指示した菅首相、「GDPの1.5%しかない農業のために他の98.5%が犠牲になっている」と発言した前原外相は、冗談抜きで一度病院に行った方がいいのではないか。

 元内閣府大臣政務官を務めた田村耕太郎氏は、最近の食料高騰について、米国FRB(連邦準備制度理事会;日本銀行に相当)が大量のドル紙幣を増刷してばらまいたため、余った投機マネーが食料に流れ込んだことが原因だと指摘する(日経ビジネスオンライン)。いま日本がなすべきことは、食料高騰に苦しめられている途上国の市民と手を取り合って、食料に流れ込んでいる投機マネーを規制し、食料品取引に秩序を取り戻すことだ。

●時代錯誤の経産省と経団連は博物館へ

 TPPに反対する闘いは、農業を「産業」とし、ビジネス=儲けの道具としか捉えてこなかった農政を民主化する闘いでもある。農業は有史以来、文化として地域社会と結びつき、健康で文化的な社会生活のあり方を規定してきた。人間が人間らしく生きるための社会基盤として、もう一度農業を国民の手に取り戻すことが必要である。

 時代の役目を終えたグローバリズムにしがみつくことでしか生きることができない経産省、経団連、自民党、民主党、みんなの党などの始末に困る粗大ゴミは、まとめて博物館にでも展示しておけばいい。

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