先週土曜、NHK-BSプレミアムで放送された「あさが来た」のスピンオフドラマは、実に面白かった。「あさが来た」は愛に溢れた素晴らしいドラマだったが、その中でも芸達者だった加野屋の中番頭・亀助にスポットを当てたドラマは、大笑いしっぱなしで時間が経つのを本当に忘れた。
さて、現在放送中の朝ドラ「とと姉ちゃん」である。
まだ1ヶ月足らずなので的を射た感想にならないのは百も承知だが、このところの東京制作はどうもスッと入って来ない。
「あまちゃん」は中毒になるほど面白かったが、去年の「まれ」はこのブログでも再三書いたようにとにかくひどかった。到底理解に苦しむ言動とご都合主義の連続で、まんでしんどかったわいね(→能登弁)。
「花子とアン」も悪くはなかったが、あのドラマほど主人公がどうでもよかった話もない。
途中から仲間由紀恵扮する蓮子ばかり気になっていた私のような視聴者は、少なくないのではないか。
だいいち、村岡花子が「赤毛のアン」の翻訳をしたという史実に触れたのは最後のほんの数回だ。どこが「花子とアン」なのか?タイトルにも問題があったのではないか?
大阪制作が、あの史上最悪と云われる「純と愛」を除けばここ数年では「カーネーション」「ごちそうさん」「マッサン」「あさが来た」と一作もハズしていないのと、対照的である。
話を戻して、とと姉ちゃん。
まず父親の西島秀俊をたった一週間で死なせてしまってオイオイ、である。「あさが来た」で言えばディーン・フジオカがいきなり死んだようなものだ。
キャラクターも新鮮味がなく、デジャヴを感じてばかりである。
向井理扮する伯父さんは、完全に「梅ちゃん先生」の鶴見辰吾、いやそれ以下だ。梅ちゃん先生と言えば、今回片岡鶴太郎はほぼ同じキャラの江戸っ子で登場している。逆に言えば、片岡鶴太郎はそれだけチャキチャキの江戸っ子キャラとして不動の地位を築いたという事か。
ととが務めていた会社からの援助を打ち切られ、浜松の家を引き払って祖母の居る東京・深川に身を寄せるのだが、祖母役の大地真央があまりに若々しく美しいため、ものすごく無理がある。
また大地真央は劇場の隅々まで声を届かせる発声が身に付きすぎているのか、いちいち芝居が大きく観ててしんどくなるのだ。
大地真央が主人公・常子(高畑充希)を見込み、若旦那の清と結婚させて家に入れようとすると母の木村多江が猛反対。大地真央に
「やりたいようにやらせるなんて、自活してから言え!」
と激怒され追い出されて身を寄せたのが、住み込み女中を募集中だった仕出しの森田屋。
その森田屋の厨房の板長がピエール瀧。おいおい、あまちゃんの無頼鮨の二番煎じか?
そしてその厨房に居るのが、これまたいけ好かない連中ばかり。この厨房の雰囲気も「まれ」や先月まで再放送をやっていた「どんど晴れ」と同じで、やはりデジャヴなのである。
私は毎朝7:30からのBSで観ているのだが、とと姉ちゃんの直前に再放送しているのが2003年の作品「てるてる家族」だ。浅野ゆう子と岸谷五朗の明るさ、テンポの良さ、時折挿入されるミュージカル的展開に至るまでとにかく楽しませてくれる。
今のところ、その「てるてる家族」の余韻だけでとと姉ちゃんを無理やり喉に押し込んでいるような感覚だが、そのうち面白くなるのだろうか…?