語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【片山善博】JR北海道の安全管理と道州制特区

2014年03月05日 | ●片山善博
 (1)1月22日付け各紙が報じるところによれば、JR北海道は、レールを点検した際の数値記録を改竄することなど日常茶飯事で、保線担当44部署のうち33部署で改竄していた。しかも、改竄は現場の管理職の指示や本社社員の関与もあるなど組織的で、担当者間で改竄の手口を引き継ぐことも常態化していた。
 レール点検は、事故が起こらないように危険箇所を把握するのが目的で、それを見つけたら速やかに改修することで事故を未然に防止できる。
 ところが、危険箇所の存在を隠蔽し、その改修を怠ってきたのなら脱線事故が起きてもなんら不思議はない。
 いったい彼らは何のために点検していたのか。点検して危険箇所が見つかっても改修しないで放置するだけなら、そもそも点検などしなくてもよさそうなものだが、関係法により点検を義務づけられているからやらざるを得ない。法律で義務づけられていることはやる、という「形式的遵法精神」だけは持ち合わせていた。

 (2)JR北海道に、国土交通省がこのたび幾つかの命令を下した。
 <例1>経営陣が改竄の悪質性を認識するよう、求めている。・・・・JR北海道は、安全検査の数値改竄がいけないことだ、と認識していなかった、ということか。
 <例2>安全部門トップの鉄道事業本部長を安全総括管理者から解任し、安全対策を助言・監視する第三者委員会を設置せよ、と求めている。・・・・JR北海道の安全管理体制もそのための人事もなってない、と国土交通省は言っているのだ。
 
 (3)鉄道事業者にとって一番大切なことは乗客の安全だ、という本来のミッションを再確認するところから(2)に取り組んでもらいたい。
 国土交通省にも猛省を求めたい。
 国土交通省は今になって居丈高にJR北海道を断罪しているが、これまでいったい何をしてきたのか。
 国土交通省には鉄道事業者を監督する権限と責任があり、相次ぐ事故を起こしたJR北海道の安全管理はどうなっているのか、徹底して検査する責務が国土交通省にはあったはずだ。安全管理規定は現場で励行されているか、帳簿書類は適正に整えられているか、その帳簿に記された数値と現場の数値は一致するかどうか、実際に計測してみる。もし実際に計測していたら、その時点で改竄は見抜けていたはずだ。44のうち33、全体の7割の部署で改竄されていたのだから、どこかで帳簿と実地の食い違いが判明していたはずだ。

 (4)国土交通省の鉄道安全管理部門は、これまで十分な働きをしてきたのだろうか。手抜きや遠慮はなかったか。
 かつて原子力発電所の安全をチェックする原子力保安院は、経済産業省資源エネルギー庁に属していた。資源エネルギー庁は原発を推進する役所であって、安全は二の次とまでは言わないにせよ、保安院の地位と士気は低かった。
 それと同じような事情が、国土交通省の鉄道局の中にありはしないか。
 鉄道局の組織図によれば、局の主流は幹線鉄道や都市鉄道の整備を担う課だったり、鉄道運送の振興に当たる課だったりする。鉄道の安全を確保する部門は、一つの課にもなっていない。肩身が狭いだろう。  

 (5)官庁に限らず、組織論では、ミッションが相克する部門を同じ組織内に同居させるべきはない。同居していると、どうしても力の強い側のミッションが、弱い側のミッションを封じ込めることになりがちだ。
 その悪例が、原子力発電を推進するミッションが原子力の安全を確保するミッションを押さえつけていた資源エネルギー庁の失敗だった。
 遅きに失したが、原子力安全部門を資源エネルギー庁から分離したことは間違っていない。
 同様に、鉄道の安全確保部門を鉄道事業推進部門から切り離し、別途の組織編成にするのが、このたびのJR北海道の失敗から得た教訓だ。

 (6)鉄道の安全確保に係る事務と権限は、北海道庁に移してはどうか。
 JR北海道の利用客のほとんどは北海道の住民だ。道庁はその住民の生活を守ることを最大のミッションとしているのだから、この移譲によって、少なくともミッションの相克は解消される。
 しかも、北海道は「道州制特区」になっている。これまでは名ばかりの特区で、実質は何も進んでいない。商工会議所の定款の変更ぐらいだが、こんなものは全国一般の構造改革特区として移譲対象にすれば足りる代物で、道州制とは無縁だ。
 ところが、鉄道の安全管理の権限は、今後道州制を導入するとした場合には、これと深く関係する。というのは、万が一現時点で国から地方への権限移譲を大胆に勧めることになったとしても、鉄道の安全管理の権限はこれになじまない。<例>山陰本線が関係する府県ごとに権限を区切って移譲しても適切に処理できない。
 しかし、北海道の場合、青函トンネルを潜る路線を除けばすべて道内で完結している。この事情を考えると、道州制特区の試みとして、鉄道の安全管理の権限を北海道庁に移譲することは、実に理に適っている。

 (7)住民の安全について国が責任を果たしてくれないのなら、国に代わって自ら責任を持つぐらいの気概を道庁は持ってほしい。さもなければ、望んで道州制特区になった真意を問われるだけでなく、日頃地方分権を唱えている姿勢も疑われる。
 一方、政府も、地方分権のための道州制導入を主張するなら、その前に道州制特区でまず実績を示してもらいたい。鉄道安全管理の権限移譲は、国の姿勢を問う試金石だ。

□片山善博(慶大教授)「JR北海道の安全管理と道州制特区 ~日本を診る 53~」(「世界」2014年3月号)
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