語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【野口悠紀雄】ビットコインは地球通貨の夢を見るか?

2014年03月29日 | 社会
 ビットコインを用いれば、ほぼゼロのコストで地球上のどこへでも送金できる。このことの意味はきわめて大きい。これによってどのような変化が生じるか。3つの段階が考えられる。
  第一段階:貿易決済通貨
  第二段階:国際決済通貨(資本取引を含む)
  第三段階:国内でも支払い手段として広く使用

(1)第一段階
 今の貿易決済では、信用状決済の場合はその手数料が、銀行送金の場合は送金手数料などがかかる。ビットコインを用いれば、この部分のコストはほぼゼロになる。
 現実のコストで大きな比重を占めるのは、為替スプレッド(買値と売値の差)だ。ビットコインを使えば、外貨に交換する必要はないので、この部分もゼロになる。
 ただし、現状ではビットコインと現実通貨(円など)との交換比率の変動が大きく、またハッカー攻撃などの危険もある。このため、ビットコイン形態での保有時間をできるだけ短くするほうがよい。そうするには、現実通貨との両替にコストがかかる。
 よって、総コストがどうなるか、一概には言えない。しかし、ビットコインのほうがかなり安くなるのは間違いない。現在の海外送金は銀行がほぼ独占しているため、割高になっている可能性が高いからだ。両替所が多数設立されれば、それらの間で競争が起こり、手数料はさらに下がるだろう。
 かくして、ビットコインを採用した貿易業者は、競争上有利な立場に立つ。そのため、他の業者も導入せざるを得なくなる。導入しなければ競争に敗れて退出を余儀なくされるからだ。また、輸出業者から見ると、瞬時に輸出代金を回収できるメリットも大きい。
 利用者が広がれば、関連サービスも多数誕生するだろう。相手が個人ではなく多額の資金を動かす企業なので、こうしたサービスはビジネスとして成立するはずだ。貿易向けに特化した両替サービスも登場するかもしれない。手数料体系で巨額の送金を有利に扱うコインも登場するだろう。現実通貨との交換比率変動をヘッジするための先物取引もつくられるだろう。
 これまでビットコインの個人利用が注目されてきた。個人はコストにそれほど敏感ではない。企業はコストの差に敏感だ。明白な利益の機会があり、競争圧力が十分に強ければ、必ず採用する。
 銀行にとっては深刻な事態だ。外国為替業務が侵食されることになるからだ。全世界貿易量1,500兆円(2012年)の、仮に為替スプレッドを含めた銀行の手数料がこの2%だと仮定すれば、30兆円になる。この1割がビットコインに移行するだけで、銀行は3兆円を失う。銀行の経営基盤は大きく揺らぐ。

(2)第二段階
 国際間には、貿易決済通貨以外に、巨額の投資資金の流れがある。これも原理的にはビットコインに代替し得る。既にそうしたことが起こっている。2012年には、キプロスや中国から巨額の資金がビットコインに流れ込み、それがビットコインの交換価値を大きく上昇させた。
 ただし、国際的な資本取引の大部分は金融機関を通じて行われていることが問題だ。金融機関は直接ビットコインを扱うことができない。少なくとも日本の場合は(おそらく今後も)。ビット建て債権や株式の登場も、すぐには考えにくい。よって、国際的な資金の流れは、少なくとも当分は今の方法で行われるだろう。だから、短期間のうちに地球通貨が誕生することはない。
 しかし、ヘッジファンドなど規制を受けていない機関がビットコインを扱うことは、十分考えられる。さまざまな金融イノベーションが起こる可能性もある。
 <例1>ビットコインを原資としてデリバティブをつくる。年金基金などがポートフォリオに組み込む。ビットコインの貸借も考えられる。
 <例2>ビットコイン以外にさまざまなコインが登場し、それらの間で競争が起こる。
 <例3>通貨間の両替や関連サービスが成長する。
 <例4>政府が関与する。カナダ政府は、MintChip(新しい通貨)の開発に乗り出した。従来の電子マネーの延長に過ぎないが、ビットコインと同じ分散型通貨になる可能性もある。
 ・・・・かくして、この段階は、かなり複雑で混乱したものになるだろう。しかし、同時に金融技術にとって非常に挑戦的な時代ともなるだろう。

(3)第三段階
 円やドルが駆逐された世界だ。かかる世界はあり得るか?
 今使用されている貨幣のうち日本銀行券や硬貨がビットコインに代替されることは、十分に考えられる。送金コスト、安全性、使いやすさなどの点でビットコインのほうが優れているからだ(ただし、周辺サービスがまだ十分に発達していなくて、これらの潜在的利点は完全には顕在化していない)。
 問題は預金通貨だ。ビットコインの貸借は可能だし、それを業とするビジネスも登場するだろう(ビットコインシステムの外で起こる現象)。ただし、それは準備率100%での貸し出しだ。
 問題は、部分準備制があり得るかどうかだ。たぶん「否」だ。常識的見解によれば、取り付けによるシステム破綻を回避するには、「最後の貸し手」たる中央銀行が必要とされる。よって、分散通貨システムでの信用創造はあり得ない。
 しかし、この点は金融イノベーションで解決できるかもしれない。そもそも信用創造が必要か、という問題もある。多数のコインが登場すれば、経済全体の貨幣供給量は調整できるかもしれない。この問題は、今は確かなことが言えない。
 にも拘わらず、銀行の決済業務の大半が消滅し、ビットコインの周辺に生まれるサービスに移行した世界は考えられ得る。国際決済の大半がビットコインに代替されれば、為替レートは意味がなくなる。日本でも米国でも同じ車はビット建てで同じ値段だ。だから、円安で利益が急増するようなことは起こらない。過去10年、日本経済は為替レートに振り回されてきた。こうした世界は過去のものとなる。

□野口悠紀雄「ビットコインは地球通貨の夢を見るか? ~「超」整理日記No.702~」(「週刊ダイヤモンド」2014年3月29日号)
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 【参考】
【野口悠紀雄】ビットコインに関して政府がなすべきこと
【野口悠紀雄】ビットコインに関する深刻な誤報と誤解
【野口悠紀雄】ビットコインは理想通貨か徒花か?
【仮想通貨】ビットコインは中国経済をどう変えるか?
【仮想通貨】ビットコインは円を駆逐するか?